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31 - 1

 一本の木を想像して創られたのだろうか、緑のモニュメントを眺めながらスペースに入ると、意外と入ってすぐの場所に村瀬は居た。こちらの姿を認めると、「おそい」と唇の動きだけで言う。村瀬はカップを手にしていた。


「……」

「……」


 俺が向かいの席に座ろうとするも、村瀬は挨拶のアの字をする素振りも見せず、コーヒーを飲み干した。俺も一言も発さずに向かいに腰を下ろす。村瀬が店員に手を挙げてみせた。


「あの、これ。ボロネーゼ」


 村瀬が指を指した写真は立派なトマトが丸ごと麺の上に乗っている。そんなにきちんと昼食をとる気なら、こちらも体型調整のために控えていた食事をしっかりとらせていただこうではないか。


「この……Bセットの。ヘルシーランチで」

「かしこまりました。お飲み物は」

「あー、水だけで大丈夫です」


 スタッフの問いに村瀬は一瞬天井を眺めて間延びした声を出したが、すぐに返答して少量の水が溜まったグラスを傾けた。


「失礼しました。そちらのお客様は」

「じゃあ……うーん……紅茶をアイスで。一緒に持ってきて」


 村瀬はきっと食べ合わせのために何もいらないのだろう。長居するつもりがないのを察すると俺も食べ合わせのための紅茶を注文した。

 スタッフはコーヒーが入っていたカップを下げて頭を下げ離れると、他のスタッフとすれ違いざまにこちらへアイコンタクトを送った。俺の水を持ってきて村瀬のグラスに補充してほしい旨を伝えるためだろう。案の定、すぐにグラスと水の入ったピッチャーを持ってきた。受け取ってすぐ、グラスに口を付けた。レモン水だ。


「……」

「……」

「……」

「……」


 村瀬は俺が席に着いてから注文以外で一つも声を発さなかった。俺も、「何を言われるのだろうか」という緊張で頭が埋め尽くされたために、何も言えなかった。

 このピリついた沈黙から分かるのは、主導権は村瀬にあるということだ。何もかもが。現に、指図されるがまま、こんなところに来てしまっているのだ。


 緊張から渇く喉を少しずつ潤わせつつ、煽るグラス越しに村瀬の顔を見た。呼んでおいてこちらに目もくれず、周りを見渡している。店員の様子を伺って注文したものが待ち遠しいのだろう。

 組まれた手足は長く、薄い水色のYシャツの上から伺う体格も均衡が取れているのがわかる。眉間に皺を寄せていても、正しく整った眉は瞳の存在を引き立たせ、鷲鼻は高い。自信ありげに口角は上がっているのはいつものことだ。人相が物を言っているようだ。


 「ん」と不思議そうにこちらを向く目と目が合ってから、無意識にまじまじと見詰めてしまっていたことに気が付いた。眉間に皺が寄ってはいたものの、眼に厭味の色は見えない。村瀬の素の性格を知れたような気がした。


「ご、ごめん」


 慌てて謝るも、村瀬は何も言わず、ふい、と横を向いてまた店内の様子をゆっくりと眺める。仕方ないので、俺もゆっくりと店内を見渡すと、ちょうどそこでスタッフがトレーを手にこちらへ近付いてきた。


「お待たせいたしました」


 小さく顔だけでお辞儀をすると、目の前にプレートと紅茶が置かれた。穀物中心の美味しそうなセットだ。このスープの具は何だろう。箸を手に取る前からもう楽しい。村瀬の前には、くっきりとした赤のトマトが乗ったパスタが置かれた。麺が白い。どうやらこれも穀物で出来ているのだろう。

 いつもならここで、こちらには何がある、そっちのそれも美味しそう、と言い合うのだが、この雰囲気で、しかもこの相手とそういう会話をしようとするのは相当勇気が要った。美味しそうなものを目の前に、誰かといるのに、この喜びを共有できないのは非常に寂しかった。

 村瀬が皿の端で丁寧に麺を巻きはじめたのを見て、俺も雑穀米を箸で摘まむ。それからも会話が始まることはなかった。

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