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ミチルの右手の指先が、俺の右手に絡んだ。俺は包み込むように握って応え、笑ってみせる。「なんてことない」という顔をしたいのに、やはり、眉間が寄って寂しさが滲んだ表情になっているのが、鏡を見ずともわかった。
「ん、そうか」
「うん」
先程俺と体を重ねておいて、何てことを言うんだ、とも思ったが、俺は全くもってミチルに甘い。全てを、ミチルにおける全てを許してしまう。それに気付いているミチルはあざとく、それが何とも愛おしかった。そんな愛おしい彼は一度、布団の中を向いて頷くと、ゆっくり上げられた顔は、本当に、本当に心から満たされているようにはにかんでいた。
「よかった。ほんまに、もう、幸せになれるんやね。ミチル。嬉しい」
「ほんとに言ってんの。寂しいくせに」
「寂しいに決まってるやんか。こんなに愛しい相手に、もう、会えへんなんて」
言って微笑み、右頬を撫でると、ミチルは、くふ、と目を細めて笑った。脇の下から腕を通して抱き着かれ身を寄せ合い、肌と肌が重なる。ミチルは、可笑しそうに問いかけてくる。
「執着、してる」
「今更やろ。アホやなあ」
くしゃくしゃ、と額の髪を撫でた。
「だよな。じゃなきゃ俺とまた会ってくれる訳ねえもん。二年越しだったのにさ」
スリスリ、と肩甲骨のあたりを撫でられると欲情が始まるが、ここでは抑えることができるので欲には無視を決め込むことにする。ただただ、愛撫が嬉しい。
「俺、幸せになるんだ」
布団の中に視線を落として、染み入るようにミチルは言った。乱した髪を耳にかけてやると、ミチルは顔を上げた。目元を赤らめ、目を細めている。
「扶養に入るよ、俺。村瀬の」
「そうなんや、なんでまた。そんなことできるん。いや……できるのはわかってるけど……婚約者は」
「それがさ」
はーっ、と溜め息をついてから、面白そうに笑った。
「理江子さん……あ、村瀬の婚約者な。その人が、別にいいって言ってきたんだ」
「え、もしかして、婚約破棄になったん」
「いーや、そういうんじゃなくてな……」
ミチルは、話の整理を付けようと宙を見詰めて小さく唇を開いた。その唇そのものも小さく、ああ、もうこれを貪ることも、今この瞬間から許されなくなったんだ、と胸が痛んだ。
そしてミチルは、目を合わせてから「待たせてごめん」と言いたげに眉尻を下げて笑った。
「理江子さん、村瀬のこと、好きらしいんだ。すごく愛おしいって。でも、理江子さん、元々男性に興味がないというか……三十年間生きてきて、恋愛に興味を持ったことがないらしくって。マイノリティっての、身近に居るもんなんだな」
「ああ……でもその、理江子さん、の村瀬くんに対する想いは」
「人として。人間として、ビジネスパートナーとして愛してる、真っ直ぐと。でもその愛と、俺と村瀬の愛とは形が違いすぎて勝てっこないから。許してくれるんだって」
「認めてくれたんや」
俺の鍛え切れていない横っ腹の肉を軽く揉んでいたミチルの手が止まる。きょとんとしているので、俺もきょとんという表情が移ってしまった。
「ああ、そう。……だめだな、今まで……村瀬と俺の、関係はさ、『許してもらえない』って気持ちが強くて……『認める』とか、そういうの、ちゃんと受け止められてなかったかも」
何気ない俺の言葉に、ミチルはほんの少し声を弾ませ、口元を綻ばせた。まるで救われたような、純粋な笑顔だった。
「村瀬を愛して、それでいて俺を認めてくれるなんてさ。全く、あんなに真っ直ぐな人間、いないよ」
可笑しそうに笑う目尻の皺には、村瀬のみではなく、村瀬の婚約者に対する愛しさも乗っているような気がした。




