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29 - 1

 いつもはお見送りされる身なのだが、撮影が長引いてしまい終電の時間もとうに過ぎてしまったために、番組協力の人たちがスタジオから全員出ていくのを見送ることになった。


「ありがとうな」

「またねー、ありがとうございますー」


 隣では、事務所こそ違うがほぼ同期のアイドルの男が扉の向こうまで見るように背伸びして右手を振っていた。俺は顔の横で両手を振って見送った。


「っしたー。っした、ほんまにありがとう。今日はありがとうな」

「お疲れさまでしたー」


 隣の男も関西出身のため、昔から一貫している関西弁に安心する。上京すると二十代のうちに関西弁を矯正してしまう人も多い中、変わらない様子に、まるで仲も変わらず良い距離感でいられているような錯覚に陥った。

 彼と一緒に俺も、色んな方向に向けて頭を下げた。腰からしっかりと。これは、カサイのタレントに代々伝わる礼儀作法だ。

 壇上から降りながら正木は背中を叩いてくれた。


「お疲れさんやで、今日は来てもらえて嬉しかったわ。楽しかった」

「『お疲れさんやで』言うて、相変わらずコテコテやな」

「いやあ、ほんま、自分の言葉が、普段使うてる関西弁かビジネス関西弁か、分からんようになってるわ。素のつもりなんやけどなあ」

「マッキーはいちいち動きが大きいからなあ。言葉も大袈裟になってまうんかもな」

「やかましいわ」

「やかましいのはどっちや。にしても、俺もマッキーの番組来れてよかったわ。何年ぶりや」

「最後に会ったのは三十二の夏くらいやから……四年ぶりか。一緒に仕事したんはいつやっけ」

「それこそこの番組始まって一年後くらいやろ。俺ら三十やったから、六年ぶりか」

「結構前になるなー」


 狭い通路を、そこそこの大きさの男二人が通っているので尚更狭くしてしまうようだ。スタッフや他のタレントとすれ違うたびに、気を遣って前後入れ替わり立ち替わりと一列になったり横並びになったりして歩いていると、なんだか可笑しくて二人して笑ってしまった。


「あっは。でも、昔の話とかしはじめると、俺らも若くなくなったんやなーって思うわ」

「ほんまやなあ。そろそろ落ち着かなあかんやろか」


 そんなつもりは毛頭ないが、こういう話になると出てくる決まり文句がのんびりと口からこぼれた。


「落ち着く、お前が」


 ちょうど俺の部屋の前で立ち止まり、正木が目を丸くした。そりゃそうだ、と自分でも可笑しくなり、ふふっ、と思わず唇が緩んでは耐え切れずにドアの横に左腕を突いて笑った。


「せやんなあ、俺はないやんなあ」

「お前、仕事が友達で仕事が恋人やんか」

「それ言うたら、マッキーもやんか」

「それはそうや。だから、しばらくは俺も落ち着くつもりはないで」


 正木も右手をドアの横に突いて、左手は腰に添えて歯を見せて笑った。かと思うと、ゆっくり顔色を曇らせた。どこか寂しそうに。


「でも道也の場合な、その、『恋人』ってやつ。後々自分を苦しめるようなことにならんと、ええな。本気で思てるやろ。仕事が、恋人て。ほんまに、ファンから大切に愛されてるから……お前にはほんまに、幸せになってほしいから」


 眉尻を下げて微笑むと、「また一緒に仕事しよな。じゃあな」と言ってから俺の部屋の前から離れていった。



 部屋に入って一番に目に付くものは、部屋の片隅に置いてあった。黒のクラッチバッグだ。この間、加地と遭遇した時に持っていたものと同じである。

 マネージャーは日付が変わる前に帰らせたため、このたった六畳ががらんどうであることを意識してしまい寂しくなる。家でひとりぽっちでいるのとは訳が違うのか。

 普段誰かが居る空間に誰も居ないという状況に、一人ぽかんと虚無を見詰めるしかなかった。

 一分ほどそうしていると、収録で緊張していた気持ちが解れたのでプライベートの域に入ろうとクラッチバッグを引き寄せた。スマホを取り出すと、一番に目に入る待ち受け画面には、メール、動画アプリ、ゲームなどの通知のバナーの中に、SMSのものが一件混ざっていた。

 ミチルからだった。とりあえず開いてみる。


〈ねえ、暇? 時間ある? 会いたい〉


 そういう、端的なメッセージが来た場合は、決まってミチルが寂しがっているときだ。しかし、今、ミチルは寂しいのだろうか。村瀬との未来が決まり、満たされているところではないのだろうか。

 ……そうだ、利用されているのだ。俺がミチルの今後を知っていようがいまいが関係ない。寂しさを抱いているのを装って、どうしても俺に会いたいのだ。でも、きっと、その理由は。

 その理由は、村瀬との話をするためなのだろう。そのために、きっと、最後の時間を作ろうとしているのだろう。

 でも、村瀬のあの連絡は何だ。俺は、村瀬と一対一で会って、これからの話をするのだろうか。ミチル抜きで、ミチルの話をするのだろうか。そもそも、ミチルは金曜のことを知っているのだろうか。

 しかし、そんなことはどうでもよかった。寂しそうなミチルの文体を目にしただけで、俺の心は疼いた。会って慰めてやりたくなった。自分の腕で包み込みたくなった。


〈遅くなってごめん。今、仕事終わった〉

〈これからなら暇やで。明日まで時間空いてる〉


 現在、真夜中の一時過ぎ。昨日の二十二時台のメッセージに返事を送ったのだが、すぐにメッセージは返ってきた。

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