27 - 1 【精算】
自分は、至って何もない人間だと思っていた。「無個性」という言葉が最も俺の個性に相応しい単語だと。特に「好き」とか「お気に入り」とか「趣味」と言えるものもなく、周りに合わせていれば、何でも楽しめた。
しかし、その「周り」の人間を気に入って、交友に発展することもなかった。ただ、誰にでも気に入られることばかり、考えていた。
自分には、意思というものがなかった。「無関心」だとか、「心がない」とかではなく、本当に、「自分の気持ち」がなかった。
と、思っていた。違った。間違いだった。
人は無意識ながら「大切」を持っていて、俺にとっては「人との繋がり」がそのうちの一つだ。人の動きに対して敏感なのは、自分に対しての好意に敏感である故ではあるまいか。その他人の好意を敏感に感じ取る「感情」こそが、「個性」を作るのだ。
それを気付かせてくれたのは、彼の他ならない。
少し離れた席に、彼は居た。といっても、こちらの席からでは顔が見えず彼である確証はないが、あの、白いTシャツとデニムのスキニーだけの装い、肉付きの薄さと少し曲がった背中、身振り手振りの動線、そして慌てたように鼻を触る癖からして、きっと彼だ。
その彼は、テーブルを挟んで向かい側の男に何やら言い聞かせられているらしかった。男は至って普通の体型、俺よりも二、三歳上かそれとも同い年だろうか。あの胡散臭そうな笑顔に見える細目には見覚えがあった。
その男が目を丸くしたかと思うと、彼は小さく右下を見遣った。盗み見えたのは悔しそうな、苦虫を噛み潰したような顔。その凹凸の深い横顔はやはり、加地恭介だった。向かいの男は両手を広げて顔の横に掲げた。汚い手付きだ。
話の内容こそ気になるが、あまり他人のいざこざに首を突っ込むような下品な真似はしたくないし、そもそも大方見当は付くのでそれから注視することもなく手元にあるコーヒーを啜った。舌を包む苦みと舌の腹を転がる甘みが落ち着く。
カップを持っていない方の手でスマホを触り、いくつかの有名なSNSサイトで自分の名前や自分に関する単語で検索をかける。大衆の、お茶の間での自分の評価を知るには、これが一番手っ取り早い。
普段からわざわざマイナスなことを書く人間は少なく、テレビやラジオに出演している際にリアルタイムで厳しい言葉を見かけることが多い。今は至って平和な時間。こうして自己承認欲求を満たせる時間がどれだけ至福か。勿論、批判的な発言も、自分の他の可能性を確かめるために大切に取り扱っていきたいのだが。
だがしかし、やはり気になった。加地の様子が。何と言ったって、会話の内容に大方見当が付いているばっかりに、自分が全くの無関係ではないとわかるのだ。誰かに顔を押さえられているかのように決してそちらには顔を向けず、しかし、聴こえるはずのない会話へ耳をそばだてようとしてしまう自分に気が付いた。そんな姑息な自分に良い気がしない。でも、聴こえないものは聴こえないもので。
「おののの昨日の髪型ヤバくなかった? 前髪微妙に切っててかわいかったんですけど!!」という書き込みに口元を綻ばせていると、その離れたテーブルで、胡散臭そうな男が立ち上がった。薄汚いショルダーバッグを肩にかけ、トントン、とテーブルを右手の指先で叩くと加地に薄ら笑いを投げかけて出口へ向かっていった。
気のせいかもしれないが、そちらに目を向けたわけではないのでわからないのだが、横を通りすがったついでに俺を見てきたような気がした。雰囲気で分かったが、彼はアイドルのスキャンダルを専門に撮っている、雑誌記者のようだった。




