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「この人に俺のこと言ってどうする気だよ」
苛立ちで思わず驚くほど低い声を軽く張ってしまい、二、三人がこちらを見た。咳払いして、キッと明を睨みつけた。
「どうしたいんだよ……どこまで言ってんだよ……写真まで見せてさ、こんなこと……」
呼吸が上がって肩が上へ下へと動いてきた。胸が苦しい。こんなところまで来て、ただ揶揄うつもりが。
「さっきから周りキョロキョロ見渡してさ、結局周りの目気にしてんだろ。……俺だって気にしてるけど。でも、それくらい気にしてるなら赤の他人に言わないでくれよ……」
喉が締まり、情けない声が出るようになってきた。下唇を噛んだ。
「赤の他人じゃないよ」
俺がやっと黙り込むと、明は語気を強めて言った。
「は」
どういうことだろうか。どういう心づもりなのだろうか。
「理江子さんは、赤の他人じゃない。お前にとっても。俺の……婚約者、でもあるけど」
「その、婚約者ってのが、俺にとってどれだけつらいと思う」
周りに聴こえないように、二人にしかわからない声で恨めしく言った。明らかに理江子は驚いて、傷付いた顔をしていた。どうしてそんな顔ができるんだ。俺が勝手に傷付いているだけなのに。何故、あなたにそんな顔ができる。
「結局お前はさ、世間体のために結婚するんだよ。出世のために、できた人と結婚して幸せになるべきだ。理江子さんみたいな人と」
俺は右手を腰に当て左手をぶらりと垂らし、伸ばした左足でトン、トン、とアスファルトを叩いて苛立ちを表現してみせた。
「結婚って、男は女としかできないわけ。逆もまた然り」
ほら、ここまで言われても何も言い返せない。何も言わない。言ってくれない。それどころか、可哀想な目をしてこちらを見ながら、やはり挙動不審にちらちらと周りを見たり、理江子と目を合わせたりしている。
「もういいよ。いいわ。……じゃあな」
はあ、と溜め息をついてからガツッ、と右足で明のむこうずねを蹴ってやり、駅へ向かった。
明のあんな顔、見たくなかった。理江子の、笑いながら口元に当てた手の指先も、見たくなかった。そこには、女性のシンボルでもあるネイルが、上品に施されていた。
ハッ、と飛び起きると辺りを見回した。ここはどうやらラブホテルらしい。丸裸でベッドに潜っていたため、突然上半身を起こすと少し寒かった。右隣を見ると、道也が鼾をかいていた。そうだ、あの後――道也の後輩の舞台の楽屋に寄った後――結局道也と二人でパラレルに行って、そのままここに来たのだ。
「んん、何、ミチル……」
しまった。瞼を擦りながら体を起こそうとする道也の両肩を優しく押さえてから、再び布団に入った。
「ごめん、起こして。変な夢見て」
「夢。どんな」
「むかむかして、もやもやする夢」
「そう。嫌やな、それは」
「うん」
道也が布団の上から、ぽん、ぽん、と優しくお腹を叩いてくれるので安心して、道也に寄りかかった。柔らかな皮膚が暖かい。
「やっぱり太っただろ、これ。我が儘ボディってやつか」
じゃれて抱き付き脚を絡めてみたが、道也は一瞬肩を上げて息を止め、絡めた脚を解いて少し距離を置かれた。
「あかんよ、また、したくなってまう」
額の髪を上げられ、硬い唇が寄った。あまりに優しくて、眠気がやってきそうだ。
「悪い夢見たんは、ちゃんと眠れてない証拠やから。ゆっくり寝よな」
「うん」
俺が頷くと、開けた距離を縮めてくれて、それに甘えるように抱き付いた。気持ちが好い。
しかし、あれは夢ではなかった。一、二ヶ月ほど前に起きたこと。記憶に少しはズレがあるかもしれないが、胸糞が悪くなる出来事だった。
あの後、どうやってまた明と会うようになったのだろうか。覚えていない。思い出そうとしたら、意識が落ちた。




