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15 - 1

 牛だ。牛がいる。この文具店の中に。牛が真っ平になってこちらを見つめている。


「何、ミチル、どないしたん」

 道也に声をかけられ現実に意識が帰ってきた。気がつけば、買う気もないメモ帳を手に取ってボーッとしていたのだ。


「いや……これ……」

「ああ、牛。可愛らしいやんか」


 可愛らしい……普通の人間の感覚ならそうなのだろうか。いや、そうに違いないからこういう風に商品化されているわけで。でも。


「でもさ、こいつ、こんな、革の絨毯にされてるみたいな格好なのに、目え開けてこっち見てるんだよ。どんな気持ちなんだろう」

「おお、そこに目が行くか。そうやなあ……」


 目を丸くしながら腕を組み、右手を顎に当てて寄ってきた。肘を支えている左手には紙袋がぶら下がっており、それは存在を強調するように白い。


「確かに、わからんな。そう言われてみると、作った人の気持ちもわからんようになってくるわ」


 くつくつ、と喉を鳴らして笑う道也につられて笑ってしまう。何気なしに紙袋の中を覗き込んでみると、そこには黒く細長いものが一箱と、何やら随分と分厚い本が二冊入っていた。背表紙には「3」と「10」の文字が見られた。


「何買ったの」

「ああ、なんか、日記帳と、先行販売やっけ、の、万年筆。この万年筆、世界地図が印字されとって綺麗で、滲み方もまた綺麗なんや」

「滲むの……って綺麗なの」

「そういうのもアリ、って感じなんかな。詳しくないけど、聞いたことがあるんよ」


 へえ、と声を漏らし、電車の顔から運転席の後ろの窓までをぶつ切りにした大きなものが二台あるのを気にしながら、慣れない店の中で出口を探した。


「詳しくないってことはまた共演者とのネタ作り。大変だな。その日記帳も使わないんだろ」

「そうそう。――あ、あった。あっち」


 案外近くにあったようで、顔を見合わせて笑うと道也が指をさした方向へ一緒に足を進めた。


「中身が綺麗やし、これ知っとったら話も膨らむやろ、取り敢えず」

「そんなもんかねえ」


 どうでもいいと思いながら感心した声を出してみると、道也は可笑しそうに笑った。



 その後レコードショップに寄り、次の目的地の店の最寄り駅に着くと、ロッカーにそれらを預けた。緑の交通系ICカードを翳すとロッカーの番号が書かれたレシートが出てきた。


「いやあ、今や便利なもんやで。わざわざ百円玉ようさん用意せんでも、ロッカーが使えるんやもん」


 道也は本革の茶色いボディバッグをかけているのを整えて、歩き始めた。後を追う。


「荷物とかあんまり預けないから知らなかった。でも、自販機でカード使って飲み物買えるのは便利だよな。小銭受け取んのめんどくさいし」

「そうそう。キャッシュレスの時代やね」


 いくら夏でもこの時間になると当たり前に暗く、するともう少し距離を縮めてもいいかな、と思えてきた。久しぶりに会って気分が上がっているのもあって、調子に乗って肩同士を触れ合わせてみた。道也は恥ずかしそうに、それでも悪い気はしない、と言いたげに笑みを浮かべた。

 しばらく歩いていると人通りも減ってきて、安っぽいホステスや居酒屋の通りを抜けると、物静かな住宅街に出た。しかし、そこにも居酒屋やバーは点々としていた。そのまま右を向くといつもの店が見えた。二股の中心で静かにネオンサインを光らせていた。


「戸塚くん、まだおるかな」

「いるよ。村瀬と通ってたけど、最近までいたし」


 更に調子付いて手首を引っ張って店の方へ誘導すると、拒否こそされないものの、不意に道也の顔色がほんの少し曇った。しくじったのかもしれないと察知すると俺は手を離した。


「へえ、村瀬くんとまだ続いてるんや」

「まあな」


 まずった、と発言の粗相に気がついても既に取り消すことはできず、嘘をついて塗り替える意味もないだろう。曖昧に笑みを作って木製のドアを開くと、ゴロン、と重い金属の音が頭上で鳴った。頭の上でピアノの音が転がりはじめた。

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