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「でも、学校行く時間なくて、辞めた。片手間でやりたくなかったしな。家から東京に通う毎日だったんだけど、流石に時間も交通費も馬鹿になんねえし、けじめつけるためにも上京したんだ。荷物は可愛がってもらってた先輩に軽トラで運んでもらってた」

「なるほど」

「でもさ、俺、普通に賃貸借りて、そっから頑張ろうってときに仕事が少なくなってきて。あのときは焦った。このタイミングでかよ、って。それでも頑張ろうって思えたのは、家族の存在が大きかったかな」

「心配とか、迷惑とか、かけまいって」

「うーん、それもあるんだけど……。なんだろうな。うち、あんまり干渉しない家庭で。ううん。干渉してくれなかったんだよ。興味がないわけじゃない。授業参観も運動会も文化祭も、来てくれてたように思う。記憶は。でもなあ」


 一息ついて、またモスコミュールに口を付けた。ピリリとした中にライムの香りが華やかで美味しい。


「学校辞めるにも、家を出るにも、止めたりしなかったんだよ。『そう、行ってくれば』って。『行っておいでよ。応援するよ』じゃなくてさ。なんか、『ああ、そう』みたいな。『自由にしな』って」

「良いじゃないですか。自由にさせてもらって。躊躇いなく夢を追えるじゃないですか」

「そう思うだろ」


 俺は片肘を突いて、戸塚を見上げた。戸塚は手元を動かしていた。グレープフルーツの匂いだ。俺の持ったグラスの中がもう空になりかけているからかもしれない。おすすめか。こちらを見て頷いた。


「はい」

「でも俺、干渉されてる周りが羨ましかったんだよ。ちょっとくらい、若干不自由でも、親に大切にされているように見えた周りの同い年の人が、羨ましかった。それでも、あっちはあっちで、夢追って無責任に生きてる俺が羨ましかったりしたんだろうなあ」

「そうですね。俺もちょっと、それ聞いて加地さんのこと羨ましいって思いますもん。俺は、止められた側だから」

「そうなんだ」

「はい」

「でもその視線があったから、無責任だからこそ、無責任に生きることに責任を持とうって思えた。まあ……頑張ろうって思えたのは、家族を見返すためだったのかもな。あの頃は」

「それはなんとなく、わかる気がします」


 見つめ合って、ふっ、と微笑み合った。残りのモスコミュールを氷に溶けた分まで煽るとグラスを差し出し、入れ替わりにまた縦長の細いグラスがやってきた。


「ソルティドッグです。ウォッカとグレープフルーツのお酒ですよ。塩、舐めながらお飲みください」


 いかにも業務用の柔らかな笑みを残すと、戸塚はグラスをもってシンクの方へ向かっていった。その隙を狙ってまたこっそりと後ろを見てみると、ミチルさんと見知らぬ男は肩を並べてバーテーブルから離れ、コートを着て出て行った。指先をぶつけ合いながら。相変わらず、ドアに打ち付けられるベルの音は分厚かった。

 この間、俺はあの指先で指を撫でられた。今その指先は、他の人のものだ。

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