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10 - 1

 少しずつ靄が晴れるように意識が起きて目を開いていくと、奥のベッド越しに縦長の窓が見えた。空は白く、天気が曇りであることを知らせた。ミチルさんの姿が見えないので反対側に寝ているのだろうかと寝返りを打つと、そこには誰もおらず、シーツの冷たさを感じた。

 帰ったのか。もうこれ切りだろうな。しっかり男の骨格をしていながらも皮膚の下が柔らかく、抱きしめる腕に力を加える度に心地好かった。首筋からはムスクの香りが立ち込めて彼のことで脳が侵されていった。初めて知る胎内は窮屈で、揺さぶる度に飲み込まれていくようだった。


「痛っ」


 手を突いて起き上がると手のひらに何かが突き刺さった。摘まんでみると斑に塗られた付け爪が光った。ミチルさんが着けていたものだろう。ゴミ箱を覗いてみると、そこにはくしゃくしゃにされたティッシュの間から何個かの付け爪が見えた。わざわざ外したのだろう。

 顔を上げると窓が異様に白いことに気が付いた。昨日着いたときは夜景がくっきりと目に映ったのに。いくら寒くてもここまで白いのは気味が悪い。近付いてよく見てみると、街はぼやけていた。窓が白いのではなく、外が白いのだ。

 気になって、窓際にあるテーブル横の椅子に座ってスマホを弄ってみた。ツイッターを開くとそこでは何人かが「霧が濃くて歩くのが怖い」と言っていた。怖いくらいか。そう思って再び外を確かめようと窓に触れると、指先が凍りそうなほど冷たかった。

 思わず飛び上がって手を離すと、テーブルの上のキーに目が行った。その下には、「またね。」と書かれたホテルの名前が印字されたメモと、千円札が五枚、敷かれていた。メモには携帯電話の番号が書かれており、その番号を「M」という名前で登録した。






 飲むのはできないがブラックコーヒーの香りは好きだ。飲むのはできないが。しかし、「コーヒーを飲めばカフェインの作用から目が覚める」とは聞くが、香りだけを味わっていると、俺は、俺だけの体質のせいなのだろうか、眠くなる。


「あらまあ、大きなあくびですこと」

「るせ」

「昨日はお楽しみで」

「ちげえよ。納得いくまでギターとおしゃべりよ」


 カンタに弄られ思わず不機嫌な態度を取るが、それは態度、ムーブなだけであって、実のところふざけていることに気づいてくれているだろうか。「そっか」と目じりに一本ずつ皺を寄せて笑う顔の造形は甘く中性的で、そういうところが彼の人気の理由だ。


「データ見たけどすげえな。イントロとサビに力入れてさ。ライブとか本番すげえことになるんじゃねえの」


 普段物静かなスグルが息巻いているのが気持ちいい。


「かなり練習したからな。練習からもっと慣れるのに時間かかりそう。とりあえずレコーディングだろ」

「そうだな。俺もちょっと厳しそうになるけど絶対楽しいやつだわ」


 マサシが楽しそうに頬を綻ばせているので、俺も釣られて微笑んでしまった。他の三人にもほんわかとした空気が伝染した。ドラムを叩いて場の熱気を上げているときとは違う、普段のまったりした雰囲気がこれまたギャップで、ファンどころか俺たちまで和んでしまうのがマサシの良いところだ。


「取り敢えずまあ、聴いとけよ。結構楽しい歌になってるだろうしさ」

「ミッチに全然似合わない曲だけどねー」

「お前が作ったんだろ」

「わざとでーす」


 きゃっきゃっとミチヒサとカンタが脇腹をつつき合いながらガラス張りの向こうに入っていった。俺含め残りの三人はスタッフと目を合わせ、頭で会釈してから後ろの壁際のソファに腰をかけた。歌詞カードには、いかにも幼児向け、みたいな言葉たちが並んでいる。


「ぶりっこ商法か」


 スグルが溢した言葉にマサシと俺は、ふふっ、と笑みを漏らした。


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