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8 - 2

「脇田ごめん、迷ってて。なんか、最近パンのラインナップ、少なくね」


 後部座席へ乗り込みながら運転席の脇田へ声をかける。いつもはスグルが座っている場所にコンビニ袋を置き、シートベルトを締めるとワゴンはゆっくりと動きはじめた。


「あれじゃないですかね。夜遅いと仕事帰りの人が良いのばっかり取っていったりして」

「そっかな……でも普通に昼に行っても無いときは無いよ」

「うーん……じゃあ、もう原点回帰の傾向にあるんじゃないですか、皆。王道ばっかり求められる時代になったんだと思いますよ」

「たしかし。一理あるな」

「その『たしかし』って言うの、まだ流行ってるんですね」


 くす、と小さく笑う様子に、そういえば、あがり症の割にはよく喋りよく笑うな、なんてことに気が付いた。


「まあ、メンバー間でな。そのうちよ、そのうち」

「『そのうち』がいつまで続くかはわからないですけど、インフルエンサーですからね、S@Hは。ファンの間ではかなり続くと思いますよ」


 脇田の口から出るこういった言葉の端々には、妙な明確さが見えた。これには他のメンバーも気付いていて、歳もあまり変わらないのに付いていこうと思えるのも頷ける。それによってグループの方向性を確かめることもできるし、それに気が付く度、脇田は、心底アイドルが好きで、だからこそ客観的に見る目があるのだという熱意が伝わった。「ファンの向こう側」に居るのが得意なのだ。


「脇田さあ」


 言いながら後ろから脇田の顔を覗き込むと、脇田はぎょっとこちらを一瞥してから、また前を向いて運転を続けた。耳が赤い。こうやって露骨に動揺するのが面白く、やめることができない。


「なん、ですか」


 声を詰まらせる様子がおかしく、つい口元が綻びそうになるのを我慢して一旦結び、助手席の肩に手を突いて続けた。


「脇田はさ、そこまでアイドルが好きでさ、そんで……そこそこ、顔が良いじゃん」

「そう……ですかね」


 問いを問いで返されてしまい、もう可笑しくて口元が綻ぶのを我慢することを諦めた。そして、照れ臭いような、しかし満更でもなさそうな脇田の表情に感心した。


「そうだよ、イケメン……か、どうかはまあ、伸び代として」

「そこは嘘はつけないんですね」


 照れながらもしっかり指摘してくるので、んっ、と声が出てしまい、気付いた脇田も俺につられて小さく吹き出して笑った。


「まあ、まあね。でもさ、なんで、そこまで熱心なのにアイドルになろうとしなかったんだ」


 問うと、苦い顔をするのが見えた。驚いた。てっきり、「不意を突かれてびっくりするだろう」と思っていたのだが、どうやら「訊かれたことはあるが、どう説明をすればいいのかわからない」という表情だ。


「いやー……よく、言われたんですけどね。……いや、申し訳ないんですけど。自分みたいなのがそういう、手が届かない存在というか、キラキラした人間になるのを勧められるなんて、思ってもみなかったので」


 真面目に言葉を紡ぎはじめたので、運転を邪魔しないようにと後部座席のシートに背を預けた。ヘッドレストとシート本体を繋ぐシャフトの間から、脇田のうなじが見えた。


「中学生の時、勧められたこと、あるんですよ。カサイ入らないかって。無理やり履歴書書かされようとしたりして。でも俺、こんなだし、まずテレビ画面の向こうやステージの上にいるなんて考えられなかった。それに、そんなに顔に自信があるわけでもなかったですし。今もないですけど」


 うなじを見つめながら、詰まりながらもぽつりぽつりと溢される言葉に耳を傾けた。


「それでも、言われてから、少し興味は湧いてきたんです。カサイに対して。そういえば、テレビで見ない日はないなって。毎日毎日見かけるので、わかってはいたんですけど、それまで意識という意識をすることはなかったんです。なんというか、『当たり前』というか。ひいては、タレント自身に興味が出たりして、このグループにはこういう層のファンがいる、とか、こういう顔立ちだからこういう役を演じることが多い、とか、こういう歌声は返ってこういう歌を歌うと人の気を引く、とか。分析するのが趣味になってきたんです」


 とてもわかる。俺たちアイドルがアイドルをやってきて、経験を重ねるたびに意識してきたことだ。たぶん脇田も、「アイドルを見詰める」という経験を続けてきて得た見解なのだろう。


「それで、マネージャーになろうと思ったんです。もう、天職ですよ。俺にとったら」


 そう言い終わるとちょうど赤信号にひっかかり、車を止めるとバックミラー越しに目を合わせてその目を細めた。


「まあ、カサイのタレントの顔を見すぎてしまって『イケメン』を好きになってしまったから、一緒に仕事をできて天職、みたいなところもありますけどね」


 冗談交じりの照れ隠しを乗せる声色は、幸せそうだった。

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