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8 - 1

 二月も終わりを迎えようとしているのに、外へ出ようとドアを開けた途端、容赦なく冷気が俺を包んできた。いつになったら外せるのだろうか、紺のスヌードを折り曲げ直して首を防衛し、はーっ、と手のひらに息をかけて耳を覆い暖を取っていると、後ろから背中を手で押されたような感覚がした。思わず前によろけ、びく、と肩を跳ねあげて振り返ると、そこにはどこか見覚えのあるダウンジャケットを着たカンタがいた。


「どしたの、ジロジロと」

「ああ、いや……最近どっかで見たことあるなと。そのダウン」

「えーこれ。この冬買って初めて着たんだけどー、限定ものだよ。キョウちゃんの知り合いとかかな」


 二人して首を捻っていると、歩いて十数歩先にある白のワゴンから脇田が顔を出した。


「何してるんですか、早く帰りますよ」


 寒いでしょう、と乗るのを急かされ俺たちはのそのそと乗り込んだ。大人数で乗る時とは違い、ワゴンが沈んで揺れることはない。


「今日はホントきつかったー、明日筋肉痛だなこれ」

「筋肉痛て。歌って踊れるアイドルが」

「だってー、それとこれとは違うじゃん。動かす筋肉が違う」


 ジムで鍛えてる筋肉もちょっと違うし、とひとりごちるカンタに俺は渇いた愛想笑いを浮かべた。言いながら、余裕そうだ。運動慣れしていない他のメンバーが周りの目に悪く映らないように、フォローしているのだろう。本人らがいなくてもこうして、俺やマネージャーにまで彼らを労わるのだ。つくづく不器用だなあと思う。


「最近さ、マサシが美味い苺大福オススメしてくれたから食べてんだけどこれがもうホントに美味いの。『美味い苺大福』なの」

「あーセブンのやつ」

「そう、気ぃ抜いたらもう売り切れてるからさ。マサシの目に狂いはねえなーって」

「ちょっと食ったけどあれは美味しかったわ。俺でもちゃんと美味しいと思う」

「だろ。万人受けっての。すげーなセブン。帰りに寄ろっかな。脇田、セブンで止めてよ。俺ん家の近くの」


 バックシートから運転席を覗き込んで問いかけるカンタに、はい、と小さく会釈しながらも顔はしっかりと前を向いていた。しっかりしているな、と思いながらシートに背を預け脚を組んでスマホの画面を立ち上げた。

 無言でしばらく車が進んだのち、カンタの家の近くにあるセブンに着いた。夕食の支度が面倒なので俺も降りることにした。


「ちょ、カンタお前」

「何」

「そのダウンに半ズボンはナシだろ」


 どうして今まで気が付かなかったのだろうか、カンタを追ってワゴンから出ながら見下ろした地面のやや上を見ると、カンタの膝小僧の裏が見えた。アイドルさながら、かさついてもおらず黒ずんでもおらず、綺麗な色だ。紺の膝丈ズボンを履いているのだ。笑ってしまった。


「やー、なんとなく。ほら俺、ファッショニスタだから」

「何がだよ、お前の体温調節の基準がわかんねえよ。脇田ごめん、ちょっと待っててね。ほんとごめん」


 そう言ってゴーッ、と重い音を立ててドアを閉めると、カンタに続いてコンビニへ入った。


「カンタは晩飯何にすんの」

「俺はほら、今制限してるから。家で適当に作ってやってる。ビニ弁はきついわ」

「あー、大変な。明日も昼から」

「そ、昼に新幹線乗ったら十八時過ぎになるかな。そっから3日いるからさー」

「だから特番休むんだ」

「そーそ、体動かす系なのになんで俺いないんだよっつー話よな」

「いいじゃん、お前は前撮りのマラソン企画で目立ってんだから」

「やー、あれはキツかった。でももっかいやりたいよね。Mなのかな、俺。負荷かけるん好きなんだわ」

「はは」


 カンタが適当なことを言うので思わず渇いた笑いが漏れた。確かに、気まぐれに行くジムでたまたま会う度に負荷のレベルが上がっているような気がする。にも関わらずアイドルらしからぬ「重厚なムキムキ」になることもなく、そこは食事などの管理が行き届いているのだなと思うと感心する。見習わなければ。まあ――


「キョウちゃんなんか踊っててたまーにジム行くだけでその体だもんな」


 言いながら、冷蔵庫の扉を閉じて振り向きついでに黒烏龍茶で俺の腹を叩いてきた。そう、それだけで済んでしまう、と言うのもおかしいが、痩せやすく筋肉がつきやすい体質なので思わず怠慢を働いてしまうのだ。少食なせいもあるのだろう。


「それじゃ俺行くわ。あんまり脇田待たせんなよ」


 ソイジョイを数本とポカリスエット、そして黒烏龍茶を手に取ってレジカウンターに向かうカンタに、コンビニ弁当のコーナーを眺めたまんま背を向けて右手を挙げ「じゃ」と短く言った。

 セブンに来ると必ず買うミートパスタの上にボルビックを乗せて、夜に口寂しくなったとき用に、とパンのコーナーをウロついていると、


「え」


 唐突に聴こえた声に棚の隙間を覗き込んだ。見覚えのある女をそこに見付けた。呆然としたキョウコとぱちりと目が合うと、反射的にパッ、と視線を逸らし、相手も気不味そうに目を背けた。そして、向こうの棚の方へ消えていった。キョウコが俺を避けようと時間を稼いでくれている間に会計を済まそう、とパンを選ぶこともできずにレジへ向かい、「おしぼりとフォークいらないです」と店員に告げてスマホをレジへかざしてからモノを受け取ってコンビニを出た。

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