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まさか、今日、自発的に一人で来ようとした場所へ辿り着くとも思わずにぼけっとしている間に小野上がドアを開けると、やはり前と同じ、ゴロン、と分厚いベルの音が頭上で聴こえた。カウンターの向こうに見えるマスターと小野上が目を合わせると奥のバーテーブルを勧められた。
「ゴッドファーザーで」
「カンパリで」
「かしこまりました。……カンパリをご提供させていただくなら、柑橘系が好きならネグローニとかもおすすめなんですけど、どうされますか」
注文を取りに来たマスターに勧められた未知のカクテルに少し戸惑うが、
「どんな感じの……すか」
マスターに聞くと、
「オレンジのスライスとか、ジンとかが入ってるんよ、柑橘系、好きやったんや」
と、マスターからの目配せを受けた小野上が穏やかな口調で教えてくれた。
「じゃあそれで」
「かしこまりました」
マスターが離れると、一息ついて肩肘を突き辺りを見回してみた。カウンターの出入り口側に男性が一人、隣のバーテーブルに女が三人いた。
今日は来ていないのか。無意識にあの肌の白い男を探してしまうが、今日は小野上と来ているのだからよそ見しすぎるのも失礼だ。小野上の方へ顔の向きを戻した。
「加地くんはさ、同級生に勧められて事務所に履歴書送ったらしいけど」
「え、あ、そうです。ご存じでしたか」
「有名人やからね、君も。色んな番組観てたら、自然と」
「ありがとうございます……。正式には、同級生の女子がカサイに入れるんじゃないかって言いはじめて。そしたら俺の友達……男なんすけど、その友達が俺の母親に言ったみたいで……その後、両親と兄と姉にゴリ押しされたんです」
そういやそんな発端だった、と思い出しては、ふふっ、と小さく吹き出した。小野上もクス、と笑って、
「そんなことがあったんや……いやしかし、その友達も家族も、えらい加地くんの顔に自信があったんやねえ」
と、意地の悪い物言いをしてくるがそこには悪意や皮肉は見えず、
「そうですよ、俺の顔に俺以外が自信持ってるんすよ、ほんと。意味わかんないですよ」
と、笑わされてしまった。
「小野上くんは。小野上くんもご両親の勧めでしたよね」
「そうそう、『顔はそこそこやけど悪くはないし、歌うとか踊るとか好きやろ。アイドルとか持ってこいやんか』言うてな」
「『そこそこ』って言われたんですか」
「そう、『そこそこ』。でも今は悪くないやろ。今やテレビで見いひん日なんかないし」
「自分で言うんですか。もう酔ってたりします」
「いやいや、まだお酒来てへんから」
あまり一緒に飲みに来ないわりには意外と弾むもんだ、と安心して気が緩み、頬も緩んだ。
しばらくして、マスターがトレーにグラスを乗せてこちらにやってきた。
それから三杯目が終わりそうになったそのとき、ドアベルが乱暴に鳴るのを聴いた。少しはびっくりしたが、ちら、とそちらを目に向けただけで、小野上と話を続けた。
しかし、男の声は腹から出されたようにはっきりとしていて、耳に声が真っ直ぐ入ってくるので、つい耳をそばだててしまった。男は平均身長に細身ながらも、グレーのスーツの下に筋肉質の体が潜んでいるのがわかった。色黒だ。
「戸塚くん、ミツここに来てないか」
「え、来てないですよ。まだ」
「まだ……そうか、まだ……。わかった、ありがとう」
若いバーテンとそれだけやり取りを交わすと、チラ、とこちらを一瞥してから、また大きなベルの音を鳴らして外へ出ていった。
「知り合いですか」
「ん、いや、知らんよ」
何となく、自分ではなく小野上を見たのだろうかと問うてみると目を丸くして首を横に振るので、そうか、と、先ほどの会話の続きに戻った。




