↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の果てを、この目で  作者: 亜蓮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/29

第7話 初めての野営

初めての依頼を終えてから、数日が経った。

 俺たちは毎朝ローデンの町へ通い、冒険者ギルドの依頼板を眺めるのが日課になっていた。

「薬草採取……これは近いな」

「いいんじゃない?」

「畑を荒らす魔物の追い払い……」

「それもいいね」

「倉庫の荷物運び……」

「安全そう」

「……なんか普通だな」

「仕事なんだから普通でいいでしょ」

 ミアに呆れられながら、依頼書を一枚ずつ眺めていく。

 もちろん仕事を選り好みするつもりはない。

 ……ないんだけど。

 せっかく冒険者になったんだから、もう少しこう、知らない場所へ行ったり、見たことのないものを見つけたり――。

「お」

 一枚の依頼書で手が止まった。

『月灯草の採取及び群生地周辺の状況確認』

「月灯草?」

 知らない名前だ。

 それだけで少し興味が湧く。

 依頼書を読む。

 月灯草は日中ほとんど花を閉じているが、日が沈む頃になると白い花を開く薬草らしい。

 薬の材料として使われるが、ローデン周辺には自生しておらず、街道を半日以上進んだ先にある丘陵地帯まで行く必要がある。

「これにしよう」

「決めるの早くない?」

「だって知らない草だぞ」

「それだけ?」

「十分だろ」

 ミアが依頼書を覗き込む。

「……これ、今日中には帰ってこられないんじゃない?」

「え?」

 もう一度読む。

 片道、半日以上。

 月灯草が花を開くのは夕方から夜。

 採取してから戻れば、完全に夜になる。

「ということは……」

 俺は顔を上げた。

「野営?」

「なんでそんなに嬉しそうなの」

「野営だぞ!?」

「聞こえてるよ」

 野営。

 冒険者が旅の途中、焚き火を囲みながら食事をして、そのまま星空の下で眠る。

 父さんから何度も聞いたことがある。

 子供の頃、ミアと庭に毛布を持ち出して真似したことだってある。

 結局、夜中に寒くなって家へ戻ったけど。

「これにする!」

「月灯草より野営が目的になってない?」

「そんなことない」

「目を見て言って」

「月灯草を採りに行こう!」

「逸らした」

 受付へ持っていくと、ジャンは依頼書と俺の顔を交互に見た。

「これか」

「ああ!」

「やけに嬉しそうだな」

「初めての野営なんだ」

「……依頼の方を楽しみにしろ」

 ジャンまでミアと同じことを言う。

 依頼そのものは難しくないらしい。

 ただし、月灯草によく似た別の草があるため注意すること。

 夜になると周辺には小型の魔物が出ること。

 そして何より、帰りを急いで夜の街道を無理に歩かないこと。

「野営するなら、場所を選べ。水辺に近すぎる場所は避けろ。獣道の上にも張るな。火の始末は絶対に忘れるな」

「分かった」

「食料は?」

「買う」

「水」

「持っていく」

「毛布」

「持っていく」

「火を起こす道具」

「……買う」

 ジャンがため息をついた。

「先に準備してから依頼を受けろ」

「これからする!」

「ルカ」

「なんだよ」

「俺が十五の頃にも、お前みたいな奴がいた」

「本当か!?」

「ああ。俺だ」

「ジャンさんも!?」

「だから心配してんだよ」

     ◆

 昼前。

 必要なものを買い揃えた俺たちは、ローデンの町を出た。

 いつもなら夕方までにはリベル村へ帰る。

 でも今日は違う。

 背負い袋には一晩分の食料と毛布。

 今日は帰らない。

「……いいな」

「また始まった」

「だって今日、家に帰らないんだぞ」

「普通なら不安になるところじゃない?」

「なんで?」

「聞いた私が悪かった」

 クウが俺たちの前を歩いている。

 街道の左右には畑が広がり、その向こうには低い山々が見えた。

 何度も振り返る。ローデンの町が少しずつ小さくなっていく。

 それだけなのに、不思議な感じがした。

 今までなら、どこかへ行っても必ずその日のうちに帰っていた。

 今日は違う。この道の先で夜になる。

 それだけで、いつもの街道が知らない道に見える。

「ミア」

「何?」

「俺、今すごく冒険してる気がする」

「歩いてるだけだけどね」

「雰囲気って大事だろ!」

「はいはい」

 しばらく歩き、昼を過ぎた頃には畑もほとんど見えなくなった。

 代わりに草原と低い丘が増えていく。

 風が強い。

 父さんからもらった首元の布が何度もなびく。

 丘を一つ越えたところで、思わず足が止まった。

「……うわ」

 視界が一気に開けた。

 遠くまで続く緑の丘。

 その間を細い川が銀色に光りながら流れている。

 もっと遠くには、薄青く霞んだ山々。

 知らない景色だった。

「すげぇ……」

「そんなに?」

「リベル村からじゃ見えないだろ、これ」

「まあ、そうだけど」

 俺は背負い袋から冒険ノートを取り出した。

「描くの?」

「忘れたくない」

「帰りにも見られるよ」

「帰りに同じ景色とは限らないだろ」

 雲も動く。

 光も変わる。

 風も変わる。

 今見ている景色は、今しかない。

 上手くはないけど、丘と川の形を簡単に描き込む。

 ページの隅に一言だけ書いた。

『ローデンの東。名前の知らない丘。風が強い。景色がすごい。』

「最後だけ感想が雑」

「伝わればいいんだよ!」

     ◆

 月灯草の群生地に着いたのは、太陽が傾き始めた頃だった。

「……どれ?」

「まだ花が開いてないから分かりにくいね」

 丘の斜面には様々な草が生えている。

 依頼書には特徴も書かれていた。

 細長い葉。

 葉の裏側に白い筋。

 夕方になると白い花を開く。

「これじゃないか?」

「葉の裏は?」

 ひっくり返す。

「……筋がない」

「違うね」

「じゃあこれ」

「それもない」

「これ!」

「ルカ」

「なんだよ」

「全部抜く前に確認しようね」

「……はい」

 危なかった。

 似た草があるというジャンの忠告を思い出す。

 それから三人で――正確にはクウは匂いを嗅いでいただけだけど――斜面を探して回った。

 しばらくすると、ミアが声を上げた。

「あった!」

「どれ!?」

「これ」

 指差された草を見る。

 葉の裏に一本の白い筋。

「月灯草?」

「たぶん」

「【???】で見てみる」

 意識を集中する。

 ――分かる。

 植物。

 状態は良好。

 葉や根に異常はない。

 それ以上は――。

「……名前は?」

「分からない」

「じゃあ確認になってないじゃん」

「健康なのは分かった!」

「よかったね……」

 やっぱり【???】は何でも教えてくれるわけじゃない。

 便利だけど、妙なところで役に立たない。

 結局、依頼書の絵と特徴を見比べながら確認することになった。

 そして日が沈み始めた頃。

「あ」

 ミアが声を漏らした。

 目の前の草の先で、固く閉じていた蕾がゆっくりと開いていく。

 一つ。

 また一つ。

 白い花が次々と開く。

 夕暮れの丘に、小さな白い点が増えていく。

「……すげぇ」

 思わず採る手を止めた。

 まだ太陽の光が残る空の下。

 白い花が風に揺れている。

「月灯草って、こういう意味なのかな」

「夜に咲くから?」

「たぶん」

 クウが花へ鼻を近づける。

「食うなよ」

「クゥ?」

「その顔は食おうとしてただろ」

 必要な分だけ採取し、残りはそのままにする。

 全部採ってしまえば、次に来たとき何も残らない。

 それもジャンから教えられたことだった。

「よし」

 袋の中を確認する。

「依頼完了!」

「まだ帰って報告するまでが依頼だからね」

「分かってるって」

「じゃあ帰る?」

「……今から?」

 空を見る。

 もうすぐ日が沈む。

 ミアも空を見る。

 そして俺を見る。

「野営したいだけでしょ」

「……駄目?」

「最初からその予定だったでしょ」

「よし!」

「切り替え早っ」

     ◆

 野営場所は、少し離れた丘の中腹に決めた。

 近くに水場はある。でも近すぎない。

 獣道らしきものもない。

 風も丘の反対側より弱い。

「完璧だな」

「まだ何もしてないけどね」

「ここからだ!」

 荷物を下ろす。

 まず火。

 乾いた枝を集め、小さく組む。

 父さんがやっていたのを何度も見た。

 やり方は分かる。たぶん。

「……」

「……」

「…………」

「ルカ」

「待て」

「まだ何も言ってないよ」

「今つくから」

 火花は散る。

 でも、火がつかない。

 もう一度。

 つかない。

「……おかしい」

「何が?」

「父さんがやるとすぐついてた」

「おじさん、元冒険者だからね」

「俺も冒険者だぞ!」

「三日目の」

「それ言うの禁止!」

 もう一度。

 火花。

 煙。

「おっ!」

 小さな火がついた。

「ついた!」

「やった!」

「クゥ!」

 三人で喜ぶ。

 そして。

 ふっ。

「……消えた」

「消えたね」

「クゥ……」

「クウ、その目やめろ」

 結局、火が安定するまでかなり時間がかかった。

 火がついた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

「野営って大変だな……」

「まだ寝てもないよ」

「え?」

「寝床」

「……」

「食事」

「……」

「夜の見張り」

「……」

「楽しい?」

「楽しい!」

「そこは変わらないんだ」

     ◆

 夕食は、硬いパンと干し肉。

 そこにローデンで買った野菜を小さな鍋で煮込んだだけの簡単なものだった。

「……うまい」

「そんなに?」

「なんか家で食べるよりうまい」

「同じ干し肉だよ」

「外で食うと違うんだよ」

「そういうもの?」

「絶対そう」

 クウにも肉を少し分ける。

「ほら」

「クゥ!」

「俺の分より大きくない?」

「気のせい」

「絶対大きい!」

 食べ終える頃には、完全に夜になっていた。

 街の明かりもない。

 家の窓から漏れる光もない。

 あるのは焚き火だけ。

 少し離れれば、何も見えない。

「……夜って、こんなに暗いんだな」

「村だって夜は暗いでしょ」

「でも、家があるだろ」

 ここにはない。

 焚き火の外は全部、知らない世界だ。

 風が草を揺らす。

 どこか遠くで、何かの鳴き声が聞こえた。

「……今の何?」

「知らない」

「魔物?」

「知らない」

「見に――」

「行かない」

「まだ最後まで言ってない!」

「言わなくても分かる」

 クウが俺とミアの間で丸くなる。

「クゥ……」

「クウは眠そうだな」

「一番働いてないもんね」

「クゥ!?」

「分かった分かった。ちゃんと働いた」

 俺は焚き火へ枝を一本放り込んだ。

 ぱち、と火の粉が上がる。

 何となく空を見上げた。

「……うわ」

「今度は何?」

「上」

 ミアも空を見る。

「……きれい」

 星があった。

 リベル村からだって星は見える。

 でも、こんなに多いと思ったことはなかった。

 空いっぱいに、小さな光が散らばっている。

「世界って、広いな」

 口から勝手に出た。

「急にどうしたの?」

「今日だけでも、知らない景色見て、知らない草見つけて、初めて外で飯食って」

「火をつけるのに苦戦して」

「それは忘れろ」

「無理」

 笑い声が夜の丘に小さく響く。

 しばらく三人で火を見ていた。

「なあ、ミア」

「何?」

「俺、本当に世界の果てまで行くからな」

「……知ってる」

「父さんが見たところも、見てないところも。知らない町も、森も、山も、海も。全部見たい」

「全部は無理じゃない?」

「やってみないと分からないだろ」

「ルカなら本当にやろうとしそう」

「するよ」

 即答すると、ミアが少しだけ笑った。

「じゃあ私も見てみたいな」

「何を?」

「世界の果て」

 焚き火がぱちりと鳴った。

「一緒に行く?」

「……一人じゃ心配だから」

「なんで俺の心配が理由なんだよ」

「今日だって私がいなかったら、火もつけられなかったでしょ」

「最終的につけたの俺だろ!」

「一時間かけてね」

「時間は関係ない!」

「クゥ!」

「ほら、クウも行くって」

「今ので分かったのか?」

「分かった」

「絶対適当だろ」

 クウが俺の膝へ前脚を乗せる。

「クゥ!」

「……まあ、いいか」

 頭を撫でる。

 白い毛が焚き火の光を受けて、少しだけ橙色に見えた。

「じゃあ三人だな」

「うん」

「クゥ!」

 いつになるかは分からない。

 どれだけ遠いのかも知らない。

 そもそも、本当に辿り着けるのかだって分からない。

 でも、その夜。

 俺たちは初めて、世界の果てへ行く約束をした。

     ◆

「……眠れない」

「私も」

 毛布に包まりながら、俺は真っ暗な空を見ていた。

 地面は硬い。

 草はちくちくする。

 さっきから知らない虫の声がずっと聞こえる。

 何より寒い。

「父さん、野営ってもっと楽しそうに話してたんだけどな」

「楽しいんじゃなかったの?」

「楽しいけど、寝るのは別だ」

「私は明日、絶対宿で寝たい」

「賛成」

 そのとき。

「クゥ……」

 隣を見る。

 クウが俺たちの毛布の間で、気持ちよさそうに丸くなって眠っていた。

「……こいつだけ快適そうだな」

「毛皮あるからね」

 少し考える。

「クウ」

「クゥ……?」

「こっち来い」

 抱き寄せる。

「……あったかい」

「あ、ずるい」

「早い者勝ちだ」

「半分こ」

「俺が先に――痛っ! 引っ張るな!」

「そっちが取りすぎ!」

「クゥ!?」

 初めての野営は。

 思っていたより寒くて。

 思っていたより大変で。

 思っていたより眠れなくて。

 それでも――。

 たぶん、ずっと忘れない夜になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。