第3話 ???の正体
「だから何なんだよ、コレ」
石碑に浮かんだ三つの記号を前に、俺は腕を組んだ。
【???】
見れば見るほど意味が分からない。
右から見ても【???】。
左から見ても【???】。
一度手を離して、もう一度触れてみる。
淡い光が石碑の表面を走り――。
【???】
「変わらないな」
「変わらないね」
「もう一回やってみるか」
「何回やっても同じじゃない?」
「三回目なら変わるかもしれないだろ」
「なんで三回目だけ変わるのよ」
言われてみればその通りだ。
それでも試してみた。
【???】
「……ダメか」
「だから言ったでしょ」
ミアが呆れたようにため息をつく。
足元ではクウが退屈そうに大きなあくびをしていた。
「もしかして、壊れてるんじゃない?」
「俺の祝福が!?」
「石碑の方よ!」
「ああ、そっちか」
「なんでちょっと安心してるの」
安心もするだろ。
十五歳になれば、誰もが一つだけ祝福を授かる。
それがこの世界では当たり前だ。
剣を扱う助けとなる【剣術】。
作物を育てる助けとなる【農耕】。
珍しいものなら、物の性質を見抜く【鑑定】。
何を授かるかは分からない。
でも、何かは授かる。
俺だってそのはずだ。
なのに――。
【???】
「……よし」
「その顔、嫌な予感しかしないんだけど」
「試してみよう」
「何を?」
「全部」
「全部?」
「何の祝福か分からないなら、できることを片っ端から試せばいい」
我ながら完璧な作戦だ。
ミアはしばらく黙って俺を見ていた。
「……まあ、ルカにしてはまともか」
「一言多い!」
◆
「まずは【剣術】!」
俺は父さんからもらった剣を構えた。
振る。もう一度振る。さらに振る。
「どう?」
「……分からん」
「でしょうね」
「いや、待て。なんかさっきより上手くなった気がする――かも?」
「三回振っただけで?」
「気持ち的には」
「次いこっか」
「早い!」
続いて魔法。
右手を前へ出し、意識を集中する。
「――風よ、押せ」
ふわりと風が吹いた。
俺の髪と、首に巻いた父さんのスカーフが揺れる。
ミアの短い髪も揺れた。
「いつも通りね」
「いつも通りだな」
「じゃあ魔法系でもなさそう」
「まだ分からないぞ。火とか水とか――」
「全部試すつもり?」
「そのための『全部』だろ?」
「日が暮れるわよ」
仕方ない。次だ。
俺の視線がクウに止まった。
「……そういえば【使役】ってあるよな」
クウの耳がピクリと動いた。
「あるけど」
「魔物とか動物と意思を通わせやすくなる祝福だろ?」
「まさか……」
俺はクウの前にしゃがんだ。目と目を合わせる。
「クウ」
「クゥ?」
「お座り!」
「…………」
クウは俺を見た。
俺もクウを見る。
しばらく見つめ合う。
「お座り!」
もう一度言ってみる。
クウは立ち上がった。
「おっ!」
そのまま俺の横を通り過ぎた。
そしてミアの足元で座った。
「…………」
「できたね」
「違う!」
「クゥ!」
「なんで得意げなんだよ!」
ミアが吹き出した。
「やっぱり私の相棒なんじゃない?」
「絶対違う!」
クウの頭を撫でるミアを見ながら、俺は頭を抱えた。
剣術じゃない。
魔法でもなさそう。
使役でもない。
「本当に何なんだよ……」
結局、石碑の前では答えが出なかった。
◆
「まあ、帰ってから父さんにも聞いてみるか」
「それがいいかもね」
俺たちは来た道を戻っていた。
石碑から離れても、俺の頭の中は【???】のことでいっぱいだ。
十五年間待ち続けた祝福が、まさか名前すら分からないなんて。
「珍しい祝福だったりして」
「珍しい?」
「ほら。すごく珍しい祝福には変わったものもあるっていうでしょ?」
「ああ……」
確かに聞いたことはある。
俺が知っている祝福なんて、世界に存在するもののほんの一部だ。
「じゃあ、ものすごく強い祝福かもしれないってことか!」
「どうしてそうなるのよ」
「珍しいんだろ?」
「珍しいと強いは別でしょ」
「夢がないなあ」
「ルカがありすぎるの」
そんな話をしながら歩いていると、前方に見覚えのある場所が現れた。
「あ」
地面に倒れた牙猪。
さっき俺たちが倒した個体だ。
「そういえば、帰りに回収しようと思ってたんだった」
「持って帰れる?」
「二人ならなんとかなるだろ」
「クウもいるよ」
「こいつ絶対手伝わないだろ」
「クゥ」
「ほら」
「今の返事だったの?」
俺は苦笑しながら牙猪へ近づいた。
改めて見ると、でかい。
さっきは必死だったから気にする余裕もなかったけど、こんなのが本気で突っ込んできたのか。
「よく避けたな、俺……」
「本当にね」
「そこは褒めろよ」
しゃがみ込み、牙猪を見る。
ミアの矢が刺さった右前脚。俺の剣がつけた傷。
初めて倒した魔物。
その姿を眺めていると――。
「……ん?」
妙な感覚がした。
何かが見えたわけじゃない。
声が聞こえたわけでもない。
なのに。
――分かる。
「牙猪……成体」
「え?」
「右前脚に損傷。出血……」
「ルカ?」
ミアの声が遠く感じる。
俺は牙猪から目を離せなかった。もっと知りたい。
そう思った瞬間、さらに何かが頭の中へ流れ込んでくる。
傷。
身体の状態。
そして――
「……腹の中に、何かある」
「は?」
「小さい……種? 3つある」
そこで感覚が途切れた。
俺は瞬きをする。
「……何だ、今の」
「それ、こっちの台詞なんだけど」
ミアが隣にしゃがみ込んだ。
「急にどうしたの?」
「分からない。でも、こいつの状態が……分かった」
「状態?」
「右前脚を怪我してる。出血してる。それから腹の中に何かある」
ミアが牙猪を見る。右前脚には矢傷がある。
「怪我してるのは見れば分かるけど」
「だよな」
「お腹の中は?」
「……分からん」
「分からないのに、あるって分かるの?」
「だから俺も分からないんだって!」
二人で牙猪の腹を見る。
当然、外から見ても何も分からない。
ミアが俺を見る。俺もミアを見る。
「……確かめる?」
「確かめる」
◆
「本当にあった……」
ミアが呟いた。
俺たちの前には、牙猪の体内から取り出したものが置かれている。
小さな赤い実の種。
三つ。
どうやら迷宮内に生えている赤実草を食べていたらしい。
「三つだ」
「三つだね」
「俺、知ってた」
「……なんで?」
「分からん」
「またそれ?」
「だって本当に分からないんだから仕方ないだろ!」
俺は自分の手を見る。何も変わっていない。
頭も身体も、いつも通り。
でも確かにさっき、俺は知らないはずのことを知った。
「……待って」
ミアが何かに気づいたように顔を上げた。
「ルカ」
「なんだ?」
「それって……【鑑定】じゃない?」
「鑑定?」
「ほら、さっき話したでしょ。物とか魔物のことを調べられる珍しい祝福」
「……あ」
そうだ。
俺自身、石碑へ向かう途中で名前を出していた。
「じゃあ俺の【???】って……」
「変わった【鑑定】なのかも」
「おお……!」
急に【???】がものすごくいいものに見えてきた。
「【鑑定】って冒険にめちゃくちゃ役立つんじゃないか!?」
「まあ、珍しい薬草とか素材を見分けられるなら便利そうね」
「遺跡で見つけたお宝とか!」
「できるかはまだ分からないでしょ」
「魔物の弱点も!」
「だからまだ――」
「すげえ! 大当たりじゃん!」
「さっきまで【剣術】がいいって言ってたくせに」
「過去の俺は見る目がなかった」
「数時間前の自分を過去扱いしないで」
ミアが呆れた顔をする。
でも、その口元は少し笑っていた。
「よし!」
「今度はなに?」
「もっと試そう!」
「牙猪を持って帰るのが先!」
「あ」
「忘れてたでしょ」
「……ちょっとだけ」
「完全に忘れてた顔だった!」
クウが俺たちの周りを走り回る。
俺はもう一度、倒した牙猪を見る。
意識を集中してみる。
さっきよりぼんやりとしていたけれど、やっぱり分かる。
傷ついている場所。
今の状態。
俺の知らないはずのこと。
「【鑑定】か……」
悪くない。いや、むしろ最高じゃないか。
世界中を旅するなら、知らないものなんて山ほどある。
知らない植物。
知らない魔物。
知らない遺跡。
その正体を自分の目で確かめられる。
俺は自然と笑っていた。
「なんか、面白くなってきた!」
「最初からずっと楽しそうだったけどね」
「クゥ!」
俺たちは牙猪を担ぎ、迷宮の出口へ向かって歩き出した。
まだ名前すら分からない、俺だけの祝福と一緒に。




