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世界の果てを、この目で  作者: 亜蓮


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第2話 始まりの迷宮

 【始まりの迷宮】へ続く道を歩くのは、初めてじゃない。

 村の誰かが十五歳になるたび、俺も何度かついてきた。

 初めて来たのは、たしか八歳の頃だったと思う。

 そのときは父さんに「絶対に勝手に走るな」と何度も言われた。

 まあ、走ったけど。

「ルカ」

「なんだ?」

「今、昔ここで迷子になったこと思い出してたでしょ」

「……なんで分かった?」

「顔」

 隣を歩くミアが呆れたようにため息をついた。

 その少し前を、クウが尻尾を揺らしながら歩いている。

 見慣れた道。見慣れた森。

 そして、その先にある見慣れた迷宮。

 だけど――今日は違う。

 今日は、俺の番だ。

「なあミア」

「なに?」

「何が出ると思う?」

「まだそれ言ってるの?」

「だって気になるだろ!」

 十五歳になった者は、【始まりの迷宮】の最奥にある石碑から、一つだけ祝福を授かる。

 父さんは【剣術】。

 村の鍛冶屋のおっちゃんは【鍛冶】。

 去年ここへ来た村長の息子は【農耕】だった。

 ほかにも【弓術】や【採掘】、珍しいところでは【使役】や【鑑定】なんてものもあるらしい。

 何を授かるかは、石碑に触れるまで誰にも分からない。

「やっぱり【剣術】かな」

「どうして?」

「父さんと同じだから」

「じゃあ【農耕】」

「なんでだよ!」

「畑仕事してるルカ、ちょっと見てみたい」

「俺は冒険者になるの!」

「冒険する農家」

「新しい職業を作るな」

 ミアがくすくす笑う。

「でも、何が出てもルカはルカでしょ」

「そりゃそうだけどさ」

 俺は腰に差した剣へ手を添えた。

 今朝、父さんから受け取った剣だ。特別な力なんてない。

 だけど、俺にとってはどんな名剣より特別だった。

「できれば冒険に役立つやつがいい」

「私は【治癒】がいいな」

「ミアはまだ一年先だろ?」

「分かってるわよ。言ってみただけ」

 そんな話をしているうちに、木々の向こうに岩山が見えてきた。

 その麓に、大きな亀裂のような入口がぽっかりと口を開けている。

 【始まりの迷宮】。

 俺がずっと待ち続けていた場所だ。

「よし!」

 思わず駆け出そうとして――

「待って」

 ミアに服の裾を掴まれた。

「ぐえっ」

「何度来てても迷宮は迷宮。ちゃんと周りを見る」

「分かってるって」

「本当に?」

「……たぶん」

「その返事、一番信用できない」

 クウまで俺を見上げ、

「クゥ」

 と鳴いた。

「なんだよ。クウまでミアの味方か?」

 クウは当然のようにミアの足元へ移動した。

「お前、誰の相棒なんだよ」

「私でしょ?」

「違う!」

 いつものやり取りをしながら、俺たちは迷宮へ足を踏み入れた。

     ◆

 中は薄暗い。

 岩壁のところどころに淡く光る苔が生えていて、松明がなくても足元くらいなら見える。

 何度か来たことがあるとはいえ、俺は思わず周囲を見回した。

 天井から落ちる水滴。奥へ続く道。

 地上とは少し違う、ひんやりとした空気。

 やっぱりいい。

「……何ニヤニヤしてるの?」

「してない」

「してる」

「だって迷宮だぞ?」

「何回も来たことあるでしょ」

「今日は見学じゃないんだよ。俺が主役だ」

「まだ祝福もらってないけど」

「細かいことはいいんだよ!」

 そのときだった。

 少し前を歩いていたクウが、ぴたりと止まった。

「クウ?」

 大きな耳がピクリと動く。

 右。

 左。

 そして――前方。

「クゥ……」

 低い声。俺とミアは同時に足を止めた。

 岩陰の向こうから、ガサッ、と何かが動く音がした。

 次の瞬間。

「ブゴォッ!」

「来た!」

 飛び出してきたのは、大きな猪だった。

 いや、ただの猪じゃない。

 普通の猪より一回り大きな身体。口元から突き出した、太く鋭い二本の牙。

「牙猪《ファングボア》……!」

 初心者向けの迷宮に生息する魔物。

 何度か遠くから見たことはある。

 だけど――。

「本物だ……!」

「感動してる場合じゃない!」

 牙猪が地面を蹴った。

「ブゴオオッ!」

「うおっ、速っ!?」

「ルカ!」

 想像していたよりずっと速い。

 俺は咄嗟に地面を蹴る。

 同時に風をイメージした。

「――風よ、押せ」

 足元から吹き上がった風が、身体を横へ押し出す。

 直後。

 牙猪がさっきまで俺がいた場所を突っ切った。

「あっぶな……!」

「だから油断しない!」

 ミアがすでに弓を構えている。

 弦が鳴った。

 放たれた矢が牙猪の肩へ突き刺さる。

「ブギィッ!」

 効いてる。

 だけど、倒れない。

 牙猪がこちらへ身体を向ける。

「ルカ、来る!」

「分かってる!」

 俺は父さんの剣を抜いた。重い。

 いや――違う。

 今朝まで練習で握っていたときと、重さそのものは変わらない。

 でも。

 今、目の前にいるのは本当に俺を傷つけようとしている魔物だ。

 その事実だけで、剣が少し重く感じた。

「…………」

 怖くないと言えば嘘になる。心臓がものすごい速さで鳴っている。

 それでも。それ以上に――。

「すげぇ……」

「ルカ?」

「これが、本当の冒険なんだな」

「今それ言う!?」

 牙猪が再び地面を蹴った。

 今度はちゃんと見える。

「ミア! 右から撃って!」

「え?」

「いいから!」

「もう!」

 ミアが走りながら弓を引く。俺は牙猪ではなく、その矢を見る。

 放たれる。

 その瞬間――矢の後ろへ風を送った。

 矢が加速する。

「ブギィッ!」

 右前脚。矢を受けた牙猪の身体が大きく傾いた。

「今!」

 地面を蹴る。風が背中を押す。

 一歩。二歩。

 一気に距離を詰める。

「うおおおおっ!」

 振り下ろした剣が、牙猪を捉えた。

 巨体が地面を転がる。

 土煙が上がった。

「…………」

 静かになった。

 俺は剣を握ったまま、その場に立ち尽くす。

「……倒した?」

「たぶん」

「本当に?」

「……たぶん」

「近づかないでよ」

 ミアが矢をつがえたまま警戒する。

 しばらく待っても牙猪は動かなかった。

 ようやく俺は息を吐いた。

「倒した……」

 剣を見る。それから牙猪を見る。もう一度、剣を見る。

「倒した!」

「声大きい!」

「俺、初めて魔物倒した!」

「私も撃ったんだけど?」

「分かってるって!」

「私の矢で体勢崩したんだけど?」

「だから分かってるって!」

「クゥ!」

「クウも見つけたって言いたいのか!?」

 クウが胸を張った。

「……じゃあ三人で倒した!」

「最初からそう言えばいいのよ」

 ミアが笑う。俺も笑った。

 初めての魔物。初めての実戦。

 格好よく一人で倒したわけじゃない。

 危うく牙で吹き飛ばされるところだった。

 それでも。

 俺は父さんからもらった剣を握りしめた。

 ――一歩目だ。

 世界を見るための、本当の一歩目。

     ◆

 それからしばらく進み、俺たちは迷宮の最奥へ辿り着いた。

「あった」

 何度も見た場所だった。

 円形に開けた石室。その中央に、一枚の巨大な石碑が立っている。

 古いもののはずなのに、不思議なくらい表面は滑らかだった。

 俺はこれまで何度も、ここで誰かが祝福を受けるところを見てきた。

 石碑に触れる。

 光が現れる。

 そして、その人に授けられた祝福の名が浮かぶ。

 ただ、それだけ。

 なのに今日は、妙に緊張する。

「ルカ」

 振り返るとミアが笑っていた。

「行ってきなよ」

「ああ」

 石碑へ歩く。一歩。また一歩。

 さっき牙猪と戦ったときより緊張してるかもしれない。

 俺は石碑の前に立った。

「……よし」

 十五歳。

 今日から冒険者になる。

 世界中を旅して。

 父さんが見たものも。父さんが見られなかったものも。

 いつか――世界の果てだって……全部、この目で見る。

 俺は右手を伸ばした。

 石碑に触れる。ひんやりとした感触。

 次の瞬間――。

 淡い光が、石碑の表面を走った。

「来た……!」

 後ろからミアの声が聞こえる。

 光が集まっていく。俺は息を止めた。

 【剣術】か。

 それとも【探索】みたいな、知らない祝福か。

 何でもいい。俺の冒険に役立つものなら――。

 やがて光が文字を形作った。

 俺は、それを読んだ。

 そして――

「…………は?」

 思わず声が漏れた。

 石碑に浮かんでいたのは、たった三つの記号。

【???】

「……なに、それ」

 ミアの声。

「俺に聞くなよ」

「だってルカの祝福でしょ?」

「そうだけど!」

 もう一度見る。やっぱり変わらない。

【???】

 これまで何度も、この儀式を見てきた。

 【農耕】も。

 【剣術】も。

 【採掘】も。

 変わった祝福があるという話だって、いくつも聞いた。

 だけど。

 こんなものは――。

 一度だって、見たことがない。

「だから何なんだよ、コレ」

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