第16話 帰らなかった三人
「……死んだ」
男の言葉が、すぐには頭に入ってこなかった。
「三人……って」
聞き返す。
男が苦しそうに息をする。
「俺……以外……みんな……」
「喋らないで!」
ミアが男の鎧を外そうとしている。
「ルカ、手伝って!」
「……あ、うん」
身体が少し遅れて動いた。
男を横たえる。
鎧の留め具を外す。
ひどい傷だった。
脇腹。肩。脚。
血で服が濡れている。
「布!」
「これ!」
「セリアさん、押さえてください!」
「分かった」
セリアが傷口を押さえる。
ミアは荷物から薬と布を取り出した。
手が速い。
俺が怪我をするたび、何度もやってきたことだから。
「水は?」
「ある」
「少しだけ」
俺は水筒を渡す。
何かしなきゃ。
そう思う。
でも何をすればいいのか分からない。
「ルカ」
「何?」
「周り見てて」
ミアだった。
「また襲ってくるかもしれない」
「……分かった」
剣を握る。
クウも周囲を警戒している。
セリアはミアを手伝いながら、ときどき森へ視線を向けていた。
俺だけ。
何を見ればいいのか分からなくなっていた。
「……そうだ」
【???】。
男を見る。意識する。
分かる。
身体の状態。傷。出血。
右脚。肩。脇腹。
「ミア」
「何?」
「右脚も怪我してる。服の下」
ミアが確認する。
「……本当だ」
「あと脇腹。たぶんそっちが一番ひどい」
「分かった」
ミアが処置する。
今は、この力が役に立つ。
「……助かる?」
俺が聞く。
ミアは答えなかった。
「ミア?」
「分からない」
手を動かしたまま言う。
「でも、できることはする」
「……うん」
それ以上は聞かなかった。
しばらくして、男の呼吸が少しだけ落ち着いた。
「すぐには動かせない」
ミアが言った。
「少なくとも、もう少し休ませないと」
「ここで?」
「……できれば」
セリアが周囲を見る。
「安全とは言えない」
「でも運んだら傷が開くかもしれません」
「分かった。じゃあここで守る」
迷いがない。
セリアは立ち上がった。
「私が周りを見る」
「俺も行く」
「遠くには行かないよ」
「分かってる」
俺たちは男から離れすぎない範囲を確認することにした。
◆
すぐに、見つけてしまった。
「……ルカ」
セリアが立ち止まる。
「何?」
答えは聞かなくても分かった。
地面に、槍が落ちていた。
見覚えがある。
長い槍。ギルドでガイルが背負っていたものだ。
「…………」
折れてはいない。
でも柄には傷がいくつもついている。
その先。
草が倒れている。
血。さっきより多い。
「……行く?」
セリアが聞いた。
俺はすぐに答えられなかった。
男の言葉を思い出す。
『俺以外……みんな……』
「確認した方がいい」
やっと言えた。
「生きてるかもしれない」
セリアは何も言わなかった。
「……まだ、分からないだろ」
「うん」
二人で進む。クウもついてくる。
少し離れたところから、ミアが見える範囲。
木の裏。
大きな根を越える。
そこに、一人いた。
「…………」
女の冒険者。
ギルドで、
『ガイル、そろそろ行くよ』
そう言っていた人だった。
倒れている。
動かない。
「……おい」
近づく。
「大丈夫か?」
返事はない。
しゃがむ。
「おい」
肩に触れようとして、手が止まった。
怖かった。
魔物なら、今まで何度も確認してきた。
牙猪。鎧蜥蜴。
倒したあと、本当に死んだのか、【???】を使って確かめた。
同じことをすればいい。
ただ、それだけなのに。
「ルカ」
セリアが俺を見ている。
「……分かってる」
女を見る。意識する。
【???】。
情報が入ってくる。
身体。傷。骨。呼吸。心臓。
そして。
最後に、分かった。
「…………」
「ルカ?」
「……死んでる」
自分の声が、変に聞こえた。
「分かるの?」
「うん」
俺はもう一度、女を見る。
でも、何度見ても変わらない。
生命活動――停止。
鎧蜥蜴を倒したときと同じ。
ただの状態。それだけ。
なのに、全然違った。
「……そっか」
セリアが目を閉じる。
俺は立ち上がった。
「他の二人も探そう」
「ルカ」
「確認しないと」
「……うん」
少し先。
二人目。
知らない男だった。ギルドではガイルの後ろにいた。
剣が折れている。その手は、まだ柄を握っていた。
動かない。
確認する。
生命活動――停止。
「…………」
さらに、木の根元。
ガイルがいた。
「…………」
昨日、笑っていた。
『お前が鎧蜥蜴倒した新人か?』
『新人じゃない。一か月やってる』
『それを新人って言うんだよ』
ほんの少し前だ。
それなのに。
「ガイル」
呼ぶ。
返事はない。
「……帰ってきたら教えてくれるって言っただろ」
何を言っているんだろうと思った。
分かっている。返事なんてない。
それでも。
「未踏区域……どんなだったんだよ」
返事はない。
俺はガイルを見る。
使いたくなかった。
もう分かっていた。
それでも、もしかしたら。そんなことを考えた。
【???】。
傷。身体。
そして。
生命活動――停止。
「…………」
目を逸らした。
初めてだった。
この祝福を使って、分かりたくなかったと思ったのは。
◆
俺たちは三人のところから使えそうなものだけを持ち帰った。
武器。水。薬。
そしてガイルの槍。
遺体を今すぐ運ぶことはできない。
生きている一人を連れて帰るだけでも難しい。
「……置いていくの?」
自分で言ってから、変なことを聞いたと思った。
セリアは少し黙った。
「まず、生きてる人を帰す」
「……うん」
分かってる。
分かってるけど、嫌だった。
◆
戻ると、男は目を覚ましていた。
ミアがそばにいる。
俺が槍を持っているのを見て、男は目を閉じた。
「……見つけたか」
「うん」
「……そうか」
それだけだった。
しばらく誰も喋らなかった。
「何があったの?」
セリアが聞く。
男の表情が変わった。
「……奥だ」
「未踏区域?」
「ああ」
男がゆっくり話し始める。
「最初は……何もなかった」
新しい植物。
見たことのない魔物。
地図にない川。
調査は順調だった。
「二日目に……変な場所を見つけた」
「変な場所?」
「森の奥……木の間に……何かあった」
俺は顔を上げる。
「何かって?」
「分からねえ……」
男は首を振る。
「岩じゃない。建物でもない。黒くて……妙に滑らかな……」
隣で、セリアの指が動いた。
首元。服の中に隠しているものへ触れる。
「それで?」
「近づこうとした」
男の呼吸が少し速くなる。
「そのとき……」
震えた。
「いた」
「何が?」
「蛇だ」
「蛇?」
「でかい……」
男が木々を見る。
「最初は木だと思った」
俺も周囲を見る。
巨大な木。蔓。枝。影。
「気づいたときには……もう一人、巻かれてた」
息が詰まる。
「ガイルが槍を刺した。俺たちも攻撃した。でも……森の中に消えるんだ」
「消える?」
「木に紛れる。上から来る。横から来る。どこにいるのか分からねえ」
セリアが聞く。
「毒は?」
「分からない。少なくとも俺は噛まれてない」
「他には?」
「……振動」
「え?」
「たぶん……」
男は頭を押さえる。
「分からねえ。俺たちが動くと……あいつも動いた。止まると……見失うことがあった」
セリアと目が合った。
まだ確証はない。
「ガイルたちは?」
俺が聞く。
男の目が揺れた。
「逃げろって言われた」
「…………」
「俺が脚をやられた。ガイルが……俺を引っ張って……」
男が拳を握る。
「三人で止めた」
「…………」
「俺だけ行けって」
それ以上、聞けなかった。
「……分かった」
俺は立ち上がる。
「帰ろう」
ミアを見る。
「この人、運べる?」
「できればもう少し休ませたい。でも……」
ミアも森を見る。
「ここにずっといる方が危ないと思う」
「担架を作る」
セリアが言った。
「枝と布があれば作れる」
「分かった」
やることがある。
それが少しだけ助かった。
俺は近くの枝を探す。
セリアが使えるものを選ぶ。
ミアが男を診る。
クウは――。
「クゥ……」
低く鳴いた。
「クウ?」
耳が立っている。
俺たちではない。森の奥。
「何かいる?」
クウが答えない。
ただ、じっと上を見ている。
俺も見る。
木。枝。葉。蔓。
何もいない。
「……クウ?」
セリアも短剣を抜いた。
クウの毛が逆立つ。
「全員、動かないで」
セリアが小さく言った。
俺たちは止まる。
風が吹く。
葉が揺れる。
ざああああ――。
その中で。
一本だけ、風とは違う方向へ動いたものがあった。
「……え?」
木の幹だと思っていた。
太く、暗い緑色で、蔓が巻きついているように見えたもの。
それが、ゆっくりと――動いた。
「…………嘘だろ」
巨大な頭が、木々の間から降りてくる。
二つの目が開いた。
俺たちを見ていた。
最初から。ずっと。
「蛇……」
男の顔から血の気が引いた。
「……あいつだ」
巨大な蛇の身体が、木の幹から離れる。
どこからどこまでが身体なのか、まだ分からない。
俺は剣を握った。
逃げなきゃいけない。
戦うためじゃない。
生きている人を、ここから連れて帰るために。
なのに――。
俺たちと帰り道の間へ。
巨大な蛇の身体が、音もなく降りてきた。




