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世界の果てを、この目で  作者: 亜蓮


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第15話 帰らない調査隊

「四人とも――戻ってきてない」

 その言葉を聞いた瞬間。

 俺の頭に、昨日までとは違うものが浮かんだ。

『帰ってきたら教えてやるよ』

 ギルドで笑っていたガイル。

「……いつ戻る予定だったの?」

「昨日の夕方だ」

 走ってきた冒険者が答える。

「一日遅れてるだけじゃないのか?」

「その可能性もある」

 男は頷いた。

「未踏区域だ。予定通りに進まないことくらいある。だから今まで待ってた」

「じゃあ――」

「だが、連絡地点にも来てない」

 セリアが反応した。

「連絡地点?」

「未踏区域の入口近くに、調査隊が途中経過を残す場所を決めてある。そこに昨日の分がない」

「……なるほど」

 俺は森の奥を見る。

「探しに行くの?」

 ミアが聞いた。

 男は首を振った。

「俺一人じゃ行かない。入口まで戻って報告する。捜索隊を組む」

「今すぐ行かないの?」

 思わず聞いていた。

「ああ」

「でも、怪我してるかもしれない」

「だからだ」

 男が俺を見る。

「四人の経験者が戻ってこない場所に、一人で突っ込んで五人目になったら意味がない」

「…………」

 何も言えなかった。

 ジャンさんと同じだ。

 父さんとも。

 セリアとも。

 冒険者を長くやっている人は、みんな似たようなことを言う。

「お前らも戻った方がいい」

 男が俺たちを見る。

「既知区域でも、昨日から魔物の動きがおかしい」

「おかしい?」

「普段もっと奥にいる奴が出てきてる。未踏区域の発見と関係あるかは分からん」

 俺たちの依頼。

 生態状況確認。

 まさに、その異変を確認するためでもある。

「分かった」

 俺は答えた。

「俺たちも戻る」

 ミアが俺を見る。

「……何?」

「ううん」

「なんだよ」

「ちゃんと帰るって言ったなと思って」

「俺だって成長するんだぞ」

「知ってる」

 セリアが少し考えていた。

「セリアは?」

 俺が聞く。

「私は……」

 森の奥を見る。

 未踏区域。探し物があると言っていた場所。

「一度戻る」

「いいの?」

「よくはないけど」

 セリアが腰の短剣を確認する。

「状況が変わった。何が起きてるか分からないまま進む方が危ない」

「そっか」

 少し意外だった。

 セリアなら、そのまま一人でも行くのかと思っていた。

 でも考えてみれば。

『怖いから準備するし、怖いから周りを見るし、危ないと思ったら逃げる』

 昨日、自分でそう言っていた。

「じゃあ一緒に戻ろう」

「うん」

 俺たちは大森林迷宮の入口へ向かうことにした。

     ◆

 異変に最初に気づいたのはクウだった。

「クゥ……」

 低い声。

「どうした?」

 耳が前を向いている。

 俺たちも足を止めた。

 少し先。

 森が妙に静かだった。

「……鳥がいない?」

 ミアが言った。

 昨日まで、あれだけ聞こえていた鳴き声がない。

 風が葉を揺らす音だけ。

「何かいる」

 セリアが短剣に手を伸ばした。

 俺も剣を抜く。

 ゆっくり進む。

 そこで見つけた。

「……何だこれ」

 地面が荒れている。

 大きな足跡。

 何本もの木に傷。

 草が踏み潰されていた。

「魔物?」

「たぶん」

 セリアがしゃがみ込む。

「新しい」

 俺も地面を見る。

 足跡は一種類じゃない。

 大きなもの。小さなもの。いくつも重なっている。

「喧嘩したのかな」

「それにしては……」

 セリアが周囲を見る。

「同じ方向に向かってる」

「どっち?」

「こっち」

 セリアが指したのは――。

 俺たちが戻ろうとしていた方向だった。

     ◆

 さらに進むと。

 理由が分かった。

「……嘘だろ」

 道がなくなっていた。

 昨日まで通れたはずの場所。

 巨大な木が何本も倒れている。

 地面も抉れていた。

 倒木だけなら越えられる。

 問題は、その向こう。

 魔物がいる。

 一頭。二頭。

 違う。もっと。

 何種類もの魔物が、森の一角に集まっていた。

 普段なら互いに近づかなさそうな奴らまでいる。

「なんでこんなに……」

「分からない」

 セリアの声が低くなる。

「でも、あそこを通るのはやめた方がいい」

 俺も同意した。

 戦えないとは言わない。

 でも戦う理由がない。

「迂回しよう」

「うん」

 地図を広げる。

 現在地。入口。川。既知区域。

「こっちから回れない?」

 ミアが指す。

 セリアが見る。

「行けると思う。でも……」

 指が止まる。

「未踏区域に近い」

 俺も見る。

 境界ぎりぎり。正確には、まだ既知区域だ。

 でもジャンさんに指定された調査範囲からは外れる。

「他は?」

「南へ大きく回ればある」

「どれくらい?」

「今日中には入口まで戻れないと思う」

 空を見る。

 まだ昼前。食料もある。無理をする必要はない。

「じゃあ南から――」

「クゥ!」

 クウが突然吠えた。

 次の瞬間。

 遠くで木が倒れる音。

 ドォン――。

 続いて、魔物の鳴き声。

 一つじゃない。いくつも。

 セリアが地図から顔を上げた。

「南」

「え?」

「今の音、南から」

 俺たちが回ろうとしていた方角だった。

「……どうなってるんだ?」

 森全体で、何かが動いている。

 そんな感じがした。

 セリアがもう一度地図を見る。

「こっち」

 未踏区域に近い迂回路。

「ここなら?」

「少なくとも、今聞こえた魔物の群れからは離れられる」

 ミアが俺を見る。

「どうする?」

 少し前なら。

 未踏区域に近い、それだけで飛びついていたかもしれない。

 でも今は違う。

「……行こう」

 俺は地図を指した。

「未踏区域には入らない。境界沿いを通って、入口に戻る」

「うん」

 セリアも頷いた。

「それがいいと思う」

 俺たちは進路を変えた。

 未踏区域へ行くためじゃない。

 帰るために。

     ◆

 景色が少しずつ変わっていった。

 地図に残された目印が減る。人が歩いた跡も少ない。

「この辺まで来ると、ほとんど人が通らないんだね」

 ミアが言う。

「境界が近いから」

 セリアが答える。

「この先は?」

「未踏区域」

 俺はそちらを見る。

 見た目は同じ森だった。

 線が引かれているわけじゃない。柵もない。

 でも。

 ここから先は、地図がない。

 誰も何があるのか知らない。

 いつもなら、それだけで胸が高鳴る。

 今も高鳴っている。

 ただ。

 少しだけ違った。

 その先には今、帰ってきていない四人がいる。

「……ガイルたち、無事かな」

 ミアが呟く。

「分からない」

 俺は答えた。

 大丈夫だ、と言いたかった。

 でも。

 分からないものは分からない。

「クゥ?」

 先を歩いていたクウが止まった。

「また何か?」

 クウが地面の匂いを嗅いでいる。

 そして森の奥へ数歩進んだ。

「クウ?」

「クゥ!」

 俺たちを呼んでいる。

 近づく。

「……これ」

 ミアが最初に気づいた。

 草の中、何かが落ちている。

 拾う。

 革製の水筒だった。

「誰かの?」

 セリアが受け取る。

「新しい」

 表面には泥。

 横に、小さな傷が入っている。

 俺はそれを見たことがあった。

 いや。正確には――。

「……ガイル」

「え?」

「これ、ガイルが持ってた」

 ギルドで話したとき。

 腰に下げていた。同じ傷があった気がする。

「本当に?」

「たぶん」

「たぶん?」

「でも……」

 俺は周囲を見る。

 草が踏まれている。

 一本の枝が切られていた。

 自然に折れたんじゃない。刃物で切られている。

 セリアが触れる。

「人が通った跡」

「調査隊?」

「可能性は高い」

 足跡。四人分。

 森の奥へ続いている。未踏区域の方向へ。

「……ここを通ったんだ」

 俺は水筒を握った。

「でも俺たちは――」

 追えない。追ってはいけない。

 戻って報告する。それが正しい。

「場所を記録しよう」

 俺はノートを取り出した。

 現在地。

 水筒。

 足跡。

 切られた枝。

 方向。

「入口に戻ったら伝える」

「うん」

 ミアも頷いた。

 そのときだった。

「クゥ!」

 クウが走り出した。

「クウ!」

 数歩先。茂みの前で止まる。

 耳を立てている。

「何かあるの?」

 俺たちは慎重に近づいた。

 そこで。

「……血」

 葉についていた。赤い。

 一滴。その先にも、もう一滴。

 そして。

 折れた矢。

 ミアが拾う。

「これ……」

 冒険者が使うものだ。

 さらに先。

 木の幹に、深い傷があった。

「でかい……」

 俺の剣じゃ、こんな傷はつけられない。

 横に長い。何か巨大なものが擦ったような跡。

 セリアがそれを見上げる。

「…………」

「セリア?」

「これ」

 指で傷をなぞる。

「かなり高いところまである」

 見上げる。確かに。

 俺の頭よりずっと上まで、樹皮が剥がれている。

「大きい魔物?」

「たぶん」

 俺は森の奥を見る。

 さっきまで、ただの知らない場所だった。

 今は違う。

 誰かがここを通った。

 そして何かに襲われた。

「……戻ろう」

 俺は言った。

「これも報告する」

 ミアが頷く。

 セリアも異論はない。

 俺たちは引き返そうとした。

 そのとき。

「…………ぅ」

 小さな音。

「待って」

 セリアが止まる。

「何?」

「今、何か聞こえた」

 全員が黙る。

 風。

 葉の音。

 遠くの水音。

「……気のせいじゃ――」

「……だれ……か……」

 今度は、俺にも聞こえた。

「人だ!」

「ルカ、待って!」

 走り出しかけて止まる。

 深呼吸。剣を抜く。

「……一緒に行こう」

「うん」

 ミアが弓を構える。

 セリアも短剣を抜く。

 クウの耳が声の方向を向いている。

 血の跡を辿る。

 一つ。二つ。奥へ。

 ここが既知区域なのか、未踏区域なのか。

 もう地図だけでは分からなかった。

 そして。

 大きな木の根元。

「いた!」

 人が倒れていた。

 男。

 鎧は壊れ、身体中に傷がある。

 それでも――。

「生きてる!」

 ミアが駆け寄る。

 男が薄く目を開けた。

「……お前……ら……」

「喋らないで!」

 ミアがすぐに傷を確認する。

 俺も顔を覗き込む。

 見覚えがある。

 ギルドにいた四人のうちの一人だ。

「ガイルは?」

 聞いた瞬間、男の顔が歪んだ。

「……逃げろ……」

「え?」

「ここから……離れろ……」

 セリアが周囲を見る。

「何がいるの?」

 男の唇が震えた。

「……三人……」

「何?」

「俺以外……」

 呼吸が乱れる。

 ミアが手を握った。

「今は喋らなくていいです!」

 でも男は。

 どうしても伝えなければならないように、絞り出した。

「……死んだ」


 俺は…………


 今はまだその言葉の意味を。

 理解できなかった。

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