マス・ドライバー
途中2か所で推進剤補給を行い、あわせて34ホップを繰り返して、赤道のマス・ドライバー基地に到着する。
マス・ドライバーは8時間後には、地球軌道への発射に適した位置になるとのことだった。4日ほどの飛行になるそうだ。
二匹を地球軌道の『ヒュギエイア』ステーションまで運ぶために、チタン製のカプセルが用意されていた。円筒形で、薬のカプセルと同様真ん中の所で二つに分けることができる。
カプセルをホッパーに持ち込む。
二匹の入っているアクリルケースは、中の動物が死なないように酸素ボンベが取り付けられており、ケース内の空気は排気フィルターを通って外へ排出されている。
フィルターを通しているが、ホッパーもローバー3と同様に、帰還後には徹底的に除染しなければならない。パイロットと医師が宇宙服のままなのは、ホッパーが汚染されているかもしれないからだ。
なかに二匹の入った二つのアクリルケースと、カプセル内の温度と湿度を4日間一定に保つ装置をいれてみたが、きちんと収まった。
ふたたびケースをとりだして、出発の時間まで二匹を観察することにした。
出発まで1時間を切った頃に、ウズラがしきりに首を振り始めた。よく見るとわずかに鼻水を垂らしている。
”発症し始めたな”医師がそう思った。
アカゲザルの方はまだ、なんともない様子だが、こちらもいずれ発症する可能性が高い。
医師がカプセルに二匹を入れて密封した。
まだ月面開発の初期段階だったので、この基地のマス・ドライバーの長さは10kmと短い。この長さのレールで地球まで送る場合には29Gの加速になる。
ウズラとアカゲザルはこのGに耐えられないだろう。加速の瞬間に即死する。
暗闇のなかで病に苦しみながら数日間を過ごすことはない。
二匹は死んでしまうが、彼らの細胞は数日間生き続ける。特に気道や肺胞の粘膜細胞は生き残るだろう。ウイルスはそこで感染性を保ったまま生き続ける可能性が高い。
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4日間の飛行で、『ヒュギエイア』に届けることができる。
医師がカプセルを持ってマス・ドライバーの始点に近づく。基地の技師が宇宙服を着て待っていた。その男が指でカプセルを置く場所を指定した。二人とも真空の月面上に立っている。
医師がカプセルをカートの上に置いた。このカートが電磁力でレール上を走る台車になっている。
技師がカプセルの前部、レールが延びている方の側、に減速スラスターを装着し、後部に航法コンピュータと姿勢制御スラスターの入った装置を取り付ける。
『ヒュギエイア』ステーションに接近した際に、ステーションからの指示で姿勢を整え、減速するための装置だ。
作業を終え、二人が100メートル程離れた退避ピットに移動する。もし失敗した場合、ペイロードやレールの破片が飛んでくる可能性がある。
「発射は自動で行われます。地球まで最も効率のいい位置にレールが向いたら、自動発射です」
技師が秒読みを開始する。
その瞬間、医師には何が起きたかよくわからなかった。
レールの一部が赤黒く光ったように見えた。直後に月面のレゴリスが薄く舞い上がる。それだけだった。
「無事、打ち上がりましたよ」技師が言い、ドライバーの始点を写すモニターを指さした。ペイロード・カプセルは無かった。
「そして、カプセルは今ここです」発射体の位置を表すフレームワーク・モニターに白い点が動いていた。
医師がモニターの数字を読む。
カプセルは月面から遠ざかりながら、時速8600キロメートルで飛翔していた。
発射10秒後だった。




