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バード・フル(H5N1)  作者: 弥一


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ムーン・ホッパー

 月面のマス・ドライバーは赤道付近に多く置かれている。ただ、月の場合自転速度が非常に遅いので、自転による速度の上乗せはほとんど利用できない。


 もっとも積極的な理由は打ち上げた発射体の軌道の管理が簡単になる、ということだ。


 月の赤道面と、月が地球の周りを回る公転面のなす角度は約6.7度しかない。


 つまり、月の赤道上で真東に打ち上げれば、ほぼ月が地球の周りを回る平面に乗るということだ。




 月面を移動する場合、近距離であればローバーを使う。しかし南極から赤道までは約2700kmもある。時速15kmのローバーで休みなく移動しても、1週間以上かかってしまう。


 そのような場合にはホッパーを使用する。


 水を電気分解した水素と酸素を推進剤としている。垂直離陸して進行方向に向けて斜めに進む。ある程度上昇したら噴射を停止して、弾道軌道に近い軌道で飛翔する。


 地上が近づいてきたら、再度燃料を噴射することを繰り返す。


 1ホップで約80km前進できる。その所要時間は8分くらいだ。


 医師が二つ並んだ後部座席にアカゲザルとウズラのケースをシートベルトで括り付ける。そして、前席に乗り込んだ。宇宙服のままだ。


 パイロットがオーバー・ヘッド・パネルのバッテリー・スイッチをオンにする。次いで隣にある『慣性基準装置(IRS)』のスイッチもオンにする。


 IRSと呼んでいるが地球上の旅客機に装備されているものとは原理が異なる。


 航空機のIRSは、ジャイロと加速度計によって機体の姿勢や位置の変化を検出する


 ところが月では自転速度が非常に遅い。初期のアライメントに自転による角速度変化を利用した方位決定は困難だ。


 そこで、ホッパーのIRSは、月周回軌道上の LunarNet 衛星群から送られてくる電波を元にして姿勢や位置情報を決定する。


 IRSがアライメントを完了するまでには数分かかる。その間にパイロットがフライト・マネジメント・システム(FMS)の座標情報をチェックする。

 2か所の燃料補給地点と、目的地であるマス・ドライバー基地の緯度・経度が正しいことを確認する。大丈夫だ。


 パイロットが画面右下の『ACTIVATE』と表示されている場所の右脇のボタンを押す。すると、すぐ下の『EXEC』と書かれたボタンが緑色に光るので、それを押す。

 これで飛行経路がセットされた。


 ホッパーの操縦は定期航路であれば、ほぼすべてがオート・パイロットで行われる。


「準備はいいですか、出発しますよ」パイロットが言った。


「はい、おねがいします」


 座席はほぼ水平の位置に置かれている。窓から前を見ると月面の地平線が見える。


 座席の下から振動が響く。底部にあるノズルから燃焼炎が噴き出しているのだろう。医師の位置からは見ることができないが、ほとんど見えない炎で、縁のところが青白く光る。


 最初は垂直上昇だ。窓から見える地平線が薄くなる。


「前に傾きます、いいですか」パイロットが言う。医師が答えた。


 見ていると、月面がせりあがって来る。斜めに月面を見下ろしているのだ。空気がないので地表の遠くまでくっきりと見て取れる。


「すごいですねぇ」医師が思わず言った。


「良い眺めでしょう。ホッパーは最高ですよ」


 少ししてパイロットが言った。


「エンジンを停止して準弾道軌道に入ります。ほぼ無重量状態なりますから注意してください」


「了解です」


 そしてエンジンが自動的に停止する。一瞬で静かになり、体が浮いたような感じがした。体を動かすのが楽になったので、後部座席を見る。


アカゲザルは片手でケージの柵をつかみ、何事が起こったのかと、左右を見回している。


 ウズラも驚いて羽ばたいているが、無駄な試みだった。ケージの中で鳥の体が反転する。


「ふたりとも、あわててますね」医師がそう言って笑う。


「まあ、動物を載せたのは初めてですが、そんなもんでしょう」




 ホッパーが斜めに自由落下していき、月面が近づいてくる。エンジンが再点火する。その繰り返しだ。


「次は途中の燃料補給地点です。今回の降下は、機体をすこし上に向けて、のけぞるような姿勢で着地しますから、あわてないでくださいよ」パイロットが注意する。そしてホッパーが少し上を向いた。


 窓には夜空しか見えなくなる。


 パイロットが下向きのカメラ画像をメインディスプレイに表示する。カメラ画像には着地目標点と、このまま降下した場合の着地予想点が表示されている。予想点の右には着地速度の数字も赤く表示されている。


「予想点を、徐々に目標点に近づけていきます。そして、着地速度の数字が緑色になるまで減速すれば、ファイン・ランディングということです」


 医師が興味深そうにパイロットの話す言葉を聞く。


 ディスプレイ上の目標点と予想点が一致し、その直後右の数字が緑になり、両者が三回点滅した。


「よし、オーケーです」パイロットがそう言ったとたん、ホッパーの脚が月面を捉(とら)え、振動とともに停止した。

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