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バード・フル(H5N1)  作者: 弥一


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月面ローバー「バンブー・クーニャン」

 JAXAが提案してきた救助計画は、このようなものだった。


『羽衣』基地が保有する二台の月面ローバーのうち、一台をX国の基地に向かわせる。距離は20キロメートルほどだ。峻険(しゅんけん)な地形を避けても数時間で到着できるだろう。ローバーの速度は時速15キロメートルで、最大30日間のミッションを遂行できる。


 ローバーのうちの1台、『斑竹姑娘(バンブー・クーニャン)』と呼ばれている車があてられる。この名前は正式なものではなく、基地の隊員が勝手に名付けたものだ。

 正式な名称は『ローバー3』だ。


 10人乗りだった。生存者が4名いるとのことなので、『羽衣』から6人まで乗っていくことができる。

 副長と医師、医療助手、通信、設営担当、コンピュータ技師などがローバーでX国基地に向かい、生存者を救助して連れて来るとともに、現地で何がおきたのかを調べる。


『羽衣』基地に帰還した後は、『斑竹姑娘』自体が隔離病棟になる。医師は『姑娘』に残り治療を行い、それ以外の隊員は、エアロック内で宇宙服を過酸化水素ガス、オゾン、紫外線の三重の殺菌を行ってから基地内に戻ることになっていた。

 いずれも基地内で調達できる設備で行うことができる。


 インフルエンザ・ウイルスということだからアルコールによる消毒だけでも大丈夫だろう、という意見もあったが、念のための措置だった。




 X国の基地は、あるクレーターの外輪の頂上付近にあった。氷床を見下ろせる位置だった。永遠の漆黒を背景に基地が浮かび上がって来る。

 ローバーの走行が可能な経路を探しながらだったので5時間を要した。


 副長と通信担当はローバーの中に残り、医師、医療助手、設営担当などが基地に向かう。すでに30分前から減圧プロトコルを行っていた。


 減圧プロトコルとはローバー内の空気と宇宙服内の気圧の差に人間の体が慣れるための手順だ。


 ローバー『姑娘』の中は約0.5気圧で、酸素34%、窒素66%だが、宇宙服内は0.3気圧の純酸素だった。これは宇宙服で活動しやすくするために、そうなっている。


 なので、いきなり宇宙服内を減圧すると血液中の窒素が気化して潜水病になってしまう。


 これを避けるために宇宙服を着用したのちに、徐々に窒素を抜き、30分かけて0.3気圧の純酸素にしていくことになっている。


 現代のISSは内部が1気圧なので、この時間はさらに長く、数時間にもなる。




 宇宙船や宇宙基地を建設する原理は各国共通だが、その設計思想は大きく異なる場合がある。たとえば地球と宇宙を往還する宇宙往還船ではソユーズとスペースシャトルというものがある。両者の設計は大きく異なる。

 ソユーズは人間3人がひざを突き合わせてやっと収まることができるような小さな往還船だ。居住性など考慮されていない。大きめのドラム缶のようだ。

 一方のスペースシャトルはビジネスジェットのコックピットのようであり、居住区としてミッドデッキも備えていた。飛行士は快適に過ごせるだろう。


 他国の基地が自国と同じだとは限らない。なので設営担当者も参加している。


「エアロックの原理は簡単です。ですからX国のものも、さほど変わらないでしょう」設営担当者がいった。

「必ず非常用の入場方法があります」


「ここですね。赤いLEDが灯っています。エアロックの中が基地内と同じ気圧なのでしょう」設営担当者が言う。


「LEDの隣りにボタンが一つあります。これでエアロック内の空気が回収されるのでしょう」そういってボタンを押した。


 大気がないので内部の真空ポンプの音は聞こえない。だが、壁面に宇宙服の指先をあてると、かすかな振動が伝わって来た。


「もうすぐですね。最後に真空ポンプで吸い切れない空気が残ります。それはベント弁を通じて外部に放出されるはずです……扉の上にある、あの穴、あそこがベントの排出口でしょう」そう言って指をさす。


 医師と医療助手が排出口を見つめていると、一瞬、細かい銀色の粉がふわりと広がり、すぐに見えなくなった。


「減圧完了ですね、ほらLEDが緑に変わりました」そういって、LEDの上にある小さな扉を上に押し上げた。

 中には直径30センチメートル程の円盤があり、その上に小さな取っ手がとりつけられている。


 設営担当者がそれを左回りに回すと、しだいに眼前の扉が開いていく。


 十分開いたところで4人がエアロック内に入る。鈍い赤色灯が灯っていた。


「内部から閉める時は簡単なはずです、これですかね」そういって設営担当者が壁面のボタンを押すと、4人が潜り抜けて来た外部の扉があっさりと閉まった。


「では、加圧していきますよ」


 再び真空ポンプの振動が伝わって来た。宇宙服が空気に押されて締め付けられるのを感じる。


「ここは、室内が1気圧に設定されているようですね」設営担当者が言う。彼らの『羽衣』基地は0.5気圧だった。


 室内灯が赤色から緑色に変る。


「気圧が内部と同じになったようです」施設担当者がそう言い、壁面のボタンを押す。内側の扉が開いた。



 白色の光が零(こぼ)れて来る、そして正面に一人、床(ゆか)に倒れているのが見えた。


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