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第七話 猫がもたらした平和

きっと、何かがおかしい。


俺は、そう思わずにはいられなかった。


だって、この場にいる中で、経験値を得られていないのは俺だけなのだから。


けれど、パーティーが先へ進み、二匹目、三匹目とスライムが次々に倒されていくにつれて――


「……全然変わってない。どうしよう」


俺は焦りを感じ、思わず独り言をこぼしてしまう。


俺だって戦闘に参加している。


なのに、経験値がまったく増えない……。


どうやら、この問題が起きているのは俺だけらしい。


このままじゃ、キアラの力になれないんじゃないか?


「よし、みんな。ここで少し休憩しよう」


ハクの声を聞くと、パーティー『earth』のみんなは、その場で休み始めた。


地面には倒れた石柱があちこちに転がっている。


軽く拭けば綺麗になるし、腰を下ろして休むにはちょうどいい。


他のみんなは休んでいてもいい。


でも、俺はどうすればいいんだ?


レベルが上がらない。


このままじゃ……。


「おーい、ニホン! ニホン!」


誰だ?


妙に訛った日本語が聞こえてくる。


声のほうを見ると、パーティーリーダーのラジが俺に手を振っていた。


どうやら、こっちへ来いということらしい。


言葉ではまだうまく意思疎通できない。


それでも、ラジの明るく前向きな雰囲気は、なんとなく人を惹きつけるものがあった。


俺が近づいていくと、ラジはニコニコ笑いながら、身体を動かし始めた。


腕を振ったり、腰を動かしたり、いろいろなポーズを取ったりしている。


……え?


これ、踊ってるのか?


俺が何も反応しないでいると、ラジは同じ動きを何度か繰り返した。


ああ、なるほど。


身体を使って何かを伝えようとしているのか!


なかなか頭がいいな。


ラジの動きをよく観察してみる。


たぶん――


「パーティーを離れて、一緒にスライムを倒して小遣い稼ぎしよう!」


ということらしい。


スライムを倒して小遣い稼ぎか。


でも、いいのか?


ハクさんの指示から離れてしまって。




「別にいいぞ」


俺が尋ねると、ハクは酒を飲みながら答えた。


「一階層の敵はスライムだけだからな。実際のところ、かなり安全だ。それにラジは頭のいいリーダーだ。ほら、あいつが選んだメンバーを見てみろ。みんな優秀な連中ばかりだ。まあ、問題ないだろ」


「優秀……俺もその中に入ってるんですか?」


俺が聞き返すと、ハクは口元まで運んでいた酒壺を止めた。


「雅人、お前たち日本人って、どうしてこうも変なんだ?」


「さっきの戦いを見ていただろ。お前は間違いなく優秀なほうだ」


「毎回先頭に立って、決して逃げない。指示にも従う。攻撃するたびにスライムをちゃんと弱らせていた。これだけできるのは、間違いなく優秀なやつだ」


「さっきの戦いでも、指示を聞かないやつはいたし、体力がなさすぎるやつもいた。それに、反撃すらしてこないスライムを怖がっているやつまでいるからな!」


「俺はここに残って、あいつらの面倒を見なきゃならん。ちゃんと説明して、不安を取り除いてやって、それから自分たちで戦えるように指導もしなきゃならない」


「そんな中で、お前みたいな優秀なやつまで一緒に教えていたら、それこそ時間の無駄だ。むしろ、お前自身でダンジョンを探索したほうが成長のためになる」


「もっと自信を持て。お前、意外といろんなことができてるんだからな。もう少し大胆になってみろ」


ハクの言葉は、俺にとって完全に予想外だった。


まさか、この人から見た俺が、そんなに優秀だったなんて。


「でも……その、俺、経験値をもらえてないんです」


「は?」


「さっきの戦闘で、俺だけ経験値が入らなかったんです。ハクさん、どうすればいいのか教えてもらえませんか?」


ハクは数秒、黙り込んだ。


そして――


「雅人。確か、お前の職業は猫召喚士だったよな?」


「はい」


「じゃあ、まず猫を召喚してみろ」


「今ですか?」


「そう、今だ。そういえば、俺はまだ猫を見たことがないんだ。猫ってのは、どんな生き物なんだ?」


「……すごく可愛い動物ですよ」


俺は頭の中にある『猫召喚士』の知識を思い出し、ハクの目の前で猫を召喚した。


昨日、キアラの前で三ちゃんを召喚したときと、ほとんど同じだ。


ただ――


今回は光が消えたあとに現れたのは、一匹の黒猫だった。


「にゃあ」


黒猫は俺たちを見上げ、一声鳴いた。


「おお……確かに可愛いな。お前も一杯どうだ?」


ハクは腰をかがめ、黒猫の口元に酒壺を差し出した。


黒猫は酒壺の匂いをクンクンと嗅ぐと――


そのまま逃げていった。


「えっ? 猫って酒が嫌いなのか? こんなにうまいのに」


ハクは少し残念そうだった。


俺としては、それよりも心配なことがある。


こんなところで猫を走り回らせて、迷子になったらどうするんだ?


……と思ったけど、黒猫が走っていった先は、パーティー『earth』のみんなが休んでいる場所だった。


「にゃあ、にゃあ、にゃあ」


黒猫が人だかりの真ん中まで行き、何度か鳴く。


すると――


人だかりが一気に沸いた。


何を言っているのか、俺にはさっぱり分からない。


それでも、みんなが次々と黒猫を抱き上げては、嬉しそうに撫で回しているのだけは分かった。


ある人は猫に頬を寄せて大笑いし、ある人は猫を抱きしめながら涙を流している。


生まれた場所も、育った環境も違う。


それでも――


みんな、猫が大好きなんだな。


……ん?


待てよ。


一人の女性が猫を抱いたまま、次の人に渡そうとしない。


そのせいで、とうとう周りの人たちと口論まで始まっている。


うわぁ……。


みんなが猫を好きなのはいいことだけど、このままだと猫を取り合って喧嘩になるんじゃないか?


最悪、猫が怪我をするかもしれない。


仕方ない。


俺はもう一度、自分の能力を使うことにした。


三毛猫。


白猫。


茶トラ。


長毛種。


短毛種……。


今度は、一気に大量の猫を召喚する。


召喚された猫たちは、まるで俺の意思を理解しているかのように、次々と『earth』のみんなのところへ歩いていった。


これなら――


全員に一匹ずつ、猫が行き渡る。


さっきまで猫を取り合っていた人たちも、もう喧嘩する必要はない。


みんな一人一匹ずつ猫を抱いている。


……いや、中には二匹抱いている人までいるけど。


平和だ。


なんて平和なんだ。


……ただ。


初めてこんなにたくさんの猫を召喚したせいか、ものすごく疲れた。


スライム相手に剣を振り回していたときより疲れている気がする。


「雅人、自分のステータスを見てみろ」


「はい」


ハクに言われるまま、俺は自分のステータスを確認した。


そして――


目の前の数字を見て、思わず目を疑った。


え?


嘘だろ?


経験値が……増えてる?


しかも――


こんなに?


「二千……?」


経験値の数値は、なんと二千にまで増えていた。


「やっぱりな」


ハクはニヤリと笑った。


「ほとんどの職業者は、戦闘をすることで経験値を得る。だが、たまにいるんだ。自分の職業能力を使わないと、レベルが上がらない職業者がな」


「そういう、レベルを上げるのが難しい職業ってのは、たいてい他にはない特殊な力を持っている」


「雅人。お前の猫召喚士って職業――」


「もしかすると、意外とすごい職業かもしれないぞ」


本当に?


国王にはゴミ職業だと言われたけど――


もしかして、この職業にはちゃんと成長する可能性があるのか?


そう考えると――


この異世界も、案外悪くないのかもしれない。


俺、三十二歳。


ごく普通のサラリーマン、雅人。


異世界での第一歩を――


ようやく踏み出した。

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― 新着の感想 ―
ある程度読ませていただきました。 雅人さんの経験値獲得方法が、戦闘ではなく猫召喚を繰り返すというのが意外でしたね。 それと3話から参戦したノリコちゃんとも仲良くなれるといいですね。
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