↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/17

第六話 スライムとの戦い

ハクに連れられて、俺は広場の一角へやって来た。


そこには、すでに大勢の人が集まっていた。


男も女もいる。


肌の色も、年齢もバラバラだ。


そして、全員が地球から持ってきた服を着ている。


周囲にある異世界風の建物とは、どうにもミスマッチな光景だった。


その中から、浅黒い肌をした男性が真っ先にこちらへ歩いてきた。


チェック柄のシャツにジーンズ。


顔には満面の笑みを浮かべ、右手を差し出してくる。


「Hello!」


俺も手を伸ばし、握手を交わした。


力強い手だった。


掌は温かい。


「彼はインド人。名前、ラジ」


隣にいたハクが通訳してくれる。


ハクの説明によると、ラジはこのパーティーのリーダーらしい。


「まだ具体的にどうすればいいのかは、よくわからない。でも、魔石を手に入れれば地球に帰れるんだろ? だったら、みんなで頑張れば何とかなるさ! ムンバイで働いてた頃より、ずっと楽だよ!」


ラジの前向きな精神に影響されたのか、勇者に選ばれなかった地球人たちは互いに協力することを決め、このパーティーを結成した。


パーティー名に選ばれたのは――「earth」。


「パーティー『earth』はな」


ハクが説明する。


「このダンジョンにある冒険者パーティーの中でも、人数が一番多い。全部で三十二人だ」


「俺を入れたら三十三人ですね」


俺は周囲を見回した。


三十三人の地球人。


誰かと話している人。


装備を確認している人。


地面に座ってぼんやりしている人。


みんな、まだ完全にはこの状況に慣れていない。


それでも――


俺たちは、一人じゃない。


これが「地球人同士」の強みなのかもしれない。


「雅人、好きな装備を一つ選んでいいぞ。ダンジョンを探索するなら、装備は必要だからな」


ハクが指差した先には、大きな布が敷かれていた。


その上には、様々な武器や防具が並べられている。


鉄の剣、短剣、盾、革鎧、兜、指輪。


それに、俺には名前すらわからない道具もいくつかあった。


「装備……これ、どこから持ってきたんですか?」


「もちろん買ったんだよ。異世界でも金は大事だからな」


「お金……どこから?」


「それなら、ニーナのおかげだ」


ハクが人混みのほうへ顎をしゃくった。


俺もその方向を見る。


そこには、金髪の少女がしゃがみ込み、何かを真剣な表情で数えていた。


「ニーナ?」


「ああ。勇者に選ばれなかった地球人は、王様から見れば大した価値がない」


「でも、地球人には異世界人が持っていない知識がある。それに――地球人には『職業』がある」


「ニーナの職業は『写字生』だ」


「写字生?」


「そう。職業能力を使って、異世界人のために本を書き写してるんだ」


「この世界には印刷技術がない。だから、本は全部、人が一冊一冊手で書き写している」


ハクはニヤリと笑った。


「王様からは『ハズレ職』扱いされた職業だけどな。ニーナはそれで異世界で生活して、しかも少しずつ稼いでる」


「そのお金を、みんなに分けてるんですか?」


「本人が言ったんだよ」


ハクがニーナのほうを見る。


「『このお金はみんなで使いましょう。私は早く地球に帰りたい。みんなで方法を探したほうが、きっと早く帰れるから』ってな」


……すごい人だな。


そうして、ニーナが稼いだお金によって、パーティー「earth」のメンバーは全員、一つずつ装備を手に入れることができた。


ある者は兜をかぶり、ある者は盾を選び、またある者は腕に指輪をはめている。


俺は装備の山を前にして、しばらく悩んだ。


そして最後に――一本の鉄の剣を手に取った。


いや、剣なんて使ったことないけど。


「異世界で冒険」といえば、やっぱり剣だろ?


三十二歳の俺は、試しに剣を振ってみる。


……なんというか。


高校生が文化祭のコスプレで、慣れない剣を振り回しているようにしか見えない。


……いや、別に恥ずかしくなんかないぞ。


だって、ここは異世界なんだから。


「それで、次はどうすればいいんですか? ここ、ただの広場にしか見えませんけど」


「こっちへ来い」


ハクに連れられ、パーティー「earth」は広場の中央へ移動した。


俺たちだけではない。


周囲にいた冒険者たちも、次々と集まってくる。


地面には、紫色の線で描かれた巨大な模様があった。


文字のようにも見えるし、複雑な幾何学模様のようにも見える。


その線は、淡い光を放っていた。


「これは……魔法陣?」


「そうだ。ダンジョンへ入るには、この魔法陣を使って転移する」


俺は足元の光をじっと見つめた。


……危なくないのか?


そんな俺の不安に気づいたのか、ハクが俺の肩を軽く叩いた。


「大丈夫だって。そのうち慣れるさ」


その言葉が終わると同時に――


足元の魔法陣が、一気に輝いた。


まばゆい光が地面から立ち上がり、俺たち全員を包み込んでいく。


お、おお……!


この感覚は……!


数秒もしないうちに、体に妙な違和感が走った。


何かが足元から頭のてっぺんまで、一気に駆け上がってくるような感覚。


これは――


俺が何かを考えるより先に、光が消えた。


同時に、あの不快な感覚もなくなる。


俺は反射的に周囲を見回した。


すると、周りにいた冒険者たちの多くが地面にしゃがみ込んでいた。


中には、そのまま座り込んでいる人までいる。


「さすが地球人だな。俺たちより肉体が強いらしい」


「地球人って、そんなに強いのか? 厄介な相手になりそうだな」


「もしかすると、仲良くしておいたほうが得かもしれない……」


冒険者たちは立ち上がりながら、俺たちを見てひそひそと話している。


……いや、なんというか。


魔法陣による転移の感覚は、俺にとってはエレベーターで一気に三十階まで上がったようなものだった。


地球人は、普段からそういう加速に慣れている。


多少気持ち悪くはなったが、地面に這いつくばるほどではない。


それだけのことで、異世界人からは、


「地球人ってすごい!」


と思われているらしい。


正直、ちょっと面白い。


でも、俺は笑わなかった。


異世界人から見れば、俺たち地球人は本当にすごい存在なのかもしれない。


俺は改めて周囲を見回した。


さっきまで松明で照らされていた地下の広場とは違い、ここは本当に洞窟そのものだった。


岩壁はデコボコしていて、頭上からは鍾乳石のような岩がいくつも垂れ下がっている。


空気には、湿った植物と水のような匂いが混じっていた。


どうやら――


本当にダンジョンへ入ったらしい。




「パーティー『earth』の諸君!」


ハクの声が響く。


「ここは『アセラニア地下迷宮』第一層だ。すでに数え切れないほどの冒険者が探索している」


「目立った宝物もないが、それは逆に言えば、新人冒険者が自分の力を鍛えるにはちょうどいい場所ってことだ」


ハクは俺たち全員を見回した。


「今日がパーティー『earth』の初探索だ」


「忘れるな――安全第一だ。人数の多さを活かして、ここを探索してみろ!」


「よし――探索開始!」


「おおーっ!」


ハクが右手を高く掲げ、先頭に立って声を上げる。


三十三人の地球人が、それに応えた。


その声が、洞窟の岩壁に何度も反響する。


そして――


パーティー「earth」は、ダンジョンの奥へと歩き始めた。


洞窟の通路は、思っていたよりも広い。


五、六人なら横に並んで歩けそうなくらいだ。


岩壁には、淡い光を放つ苔が生えている。


青白い光が、どうにか足元を照らしていた。


湿った空気。


足元の小石を踏むたびに、ジャリ、ジャリという音が響く。


十分ほど歩いただろうか。


前方に、円形の広い空間が現れた。


そして――


俺たちは「それ」と遭遇した。


半透明で、ゼリーのような物体。


それが、ぷるぷると震えながら通路の中央を塞いでいた。


高さは俺の腰くらい。


柔らかな体をゆっくり揺らしながら、まるでどこかから這い出してきたばかりのように見える。


「おお、あれが『スライム』と呼ばれている魔物だ」


ハクが説明する。


「こいつはな、普通の物理攻撃じゃ、ほとんどダメージを与えられない。倒すには――」


ハクが言い終わる前に、


「おおーっ!!」


何人かがスライムへ向かって走り出した。


……まあ、ハクの説明は何度も通訳を挟まないといけないからな。


待ちきれない人がいても仕方ないか。


みんなでスライムを取り囲む。


剣で斬る。


盾で殴る。


中には、足で蹴る者までいた。


しかし――


スライムはぷるんと体を揺らすだけ。


反撃する様子はまったくない。


「俺もやってみるか」


俺は鉄の剣を握り、スライムの前まで歩いていった。


近くで見ると、こいつは思っていた以上に……変な生き物だった。


半透明の体の中では、時々いくつもの光がちらついている。


まるで呼吸をするように、体全体が規則正しく上下していた。


俺は剣を振り上げる。


そして――


思い切り振り下ろした。


「……あれ?」


意外と硬い。


見た目は柔らかそうなのに、剣を振り下ろした感触は、硬いゴムを叩いたようだった。


剣先が弾かれ、わずかに軌道が逸れる。


そのまま刃がスライムの表面を滑り――


透明な液体が少しだけ俺の服に飛び散った。


「うわ、汚っ!」


「大丈夫だ。スライムの体液に毒はない。ただ、ちょっと臭うぞ」


ハクが相変わらずのんびりした口調で言う。


……毒がないなら、まあいいか。


俺は液体がついた袖の匂いを嗅いでみた。


確かに、植物の汁みたいな、少し生臭い匂いがする。


戦闘は五分以上続いた。


スライムには、これといった変化がない。


それどころか、俺たちのほうが先に疲れてきた。


何人かは息を切らし、交代で地面に座って休んでいる。


俺も少し休もうかな……。


そう思った、そのときだった。


背後の人だかりから、ざわざわとした声が聞こえてきた。


振り返る。


すると、一人の屈強な中年男性が、人混みの中から歩いてきた。


濃い髭。


がっしりとした体格。


粗末な布の服を着ている。


見たところ、どこかの職人か作業員のような男だ。


しかし――


その目だけは、鋭かった。


男は俺の隣まで来ると立ち止まり、少しだけ腰を落とした。


そして、構える。


次の瞬間――


「ドンッ!」


「ドンッ!」


男はスライムに向かって、拳を叩きつけ始めた。


拳がスライムに当たるたび、鈍い音が響く。


スライムの体が大きくへこみ、まるで捏ねた生地のように左右へ揺れた。


……この人、俺たちの中で唯一まともに戦えてるんじゃないか?


構えも妙に様になっている。


まるでボクサーみたいだ。


名前は知らないけど――


とりあえず「ボクサーのおじさん」と呼ぶことにしよう。


ボクサーのおじさんは、左右の拳を何度も叩き込んでいく。


そのたびにスライムの体が小さくなり、透明な液体が周囲へ飛び散っていく。


そして――


スライムが拳ほどの大きさまで縮んだとき。


その体の中央から、小さな黒い珠が姿を現した。


「あれがスライムの『核』だ!」


ハクの声が響く。


「覚えておけ――魔物には、すべて『核』が存在する」


「核にダメージを与えれば、魔物は大きな傷を負い、場合によっては死ぬ」


「もちろん魔物も自分の核を守る。だから、まずは魔物の体力を削って、核を露出させる必要があるんだ」


ハクが俺を見る。


「雅人、ああいう核には、刃物がよく効く。お前が一番近い。あの核を攻撃してみろ!」


「わかりました!」


俺は剣を構えた。


そして――


黒い珠へ向かって、思い切り突き出す。


今度は、驚くほど簡単だった。


まるでフルーツの缶詰にフォークを突き刺すように、剣先があっさりと「核」を貫いた。


その瞬間――


スライムの体が、一気に液体へと変わった。


「……倒した!」


俺は思わず声を上げた。


俺が――


異世界で初めて、魔物を倒した!


確かに、ちょっと大変だった。


でも――


これは、本当に気持ちがいい。


俺は息を切らしながら、剣を握った手を見つめた。


核を貫いたときの感触。


勝ったと確信した瞬間の安心感。


周囲から聞こえてくる歓声。


そのすべてが、俺にとって新鮮で、そして現実だった。


「さあ、自分のステータスを確認してみろ!」


ハクが人混みの後ろから声をかけてくる。


「職業者なら、自分のステータスを確認できる。自分の力をしっかり把握しておくんだぞ!」


「俺、50ポイント上がった!」


「えっ……俺、2ポイントしか上がってない……」


あちこちから、驚きの声や歓声が上がる。


一方で、ため息をつく者もいた。


俺も急いで集中する。


昨日キアラに教えてもらったように、心を落ち着ける。


そして、自分のステータスを呼び出した。


俺はスライムの核を貫いた。


最後の一撃を決めたのは俺だ。


当然、かなりの経験値を獲得しているはず――


……え?


どういうことだ?


ステータスに表示された数字は――


何も変わっていなかった。


まったく、上がっていない。


どうして……?


もしかして、猫召喚士って――


本当に、成長すらできない。


徹底的なハズレ職なんじゃないのか?


俺はスライムの液体が残る地面を見つめながら、鉄の剣を握った手をゆっくりと下ろした。


さっきまで聞こえていた歓声が――


急に、遠くに感じられた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。