第十四話 猫カフェの平和な一日
猫カフェがオープンして三日目。
朝、俺とキアラは一緒に店の扉を開けた。
「今日も頑張ろうね、三ちゃん」
キアラは三毛猫を抱き、その毛に顔を埋めてすりすりした。
三ちゃんは「ニャー」と鳴き、尻尾をだるそうに揺らした。
俺は今日の当番の猫を十匹召喚した。
白猫、黒猫、茶トラ、長毛猫……。
猫たちは現れるなり、それぞれお気に入りの場所を見つけていく。
窓際のクッションに寝そべる猫もいれば、カウンターに飛び乗る猫もいる。
中には、客が座るための椅子にそのまま寝転がる猫までいた。
「おい、そこは客が座るところだぞ」
黒猫は俺を一瞥すると、寝返りを打ってお腹を見せた。
……まあ、いいか。
キアラが隣で吹き出した。
「雅人、猫は雅人の言うことなんて聞かないよ」
「こいつら、俺が召喚した猫なんだけどな」
「猫と飼い主って、性格が似るんじゃないかな。雅人はいつも常識を超えたことをするから、召喚された猫も言うことを聞かないんだよ」
キアラの言うことにも、なんだか一理ある気がする。
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開店から十分後。
最初の客がやってきた。
何人かの地球人で、パーティー『earth』のメンバーらしい。
店に入るなり、猫のところへ一直線に向かっていった。
まるで、ずっと待ちきれなかったかのようだ。
「うわ、この黒猫、目がめっちゃカッコいい! イケメンみたい!」
「この茶トラ、太りすぎじゃない? 食べすぎだろ!」
俺は近づいて、笑いながら説明した。
「この茶トラは『いちご大福』っていう名前だ。確かによく食べるけど、すごく大人しいから、好きなだけ撫でていいぞ」
「いちご大福? 変な名前だな」
「まあ、和菓子の名前だよ。俺にはネーミングセンスがないから、そこは勘弁してくれ」
客たちは笑い、それぞれ猫を抱き上げて、空いている席に座った。
キアラはお茶とお菓子を運びながら、テーブルの間を行き来している。
「ごゆっくりどうぞ」
今日もキアラのメイド服は、とても可愛かった。
何人かの地球人は、目を奪われている。
「店長さん、彼女さんめちゃくちゃ美人ですね」
「……彼女じゃない」
「またまた、嘘でしょ」
「本当に違う」
俺はため息をつき、カウンターの後ろへ戻った。
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昼頃になると、客が少しずつ増えてきた。
俺はさらに何匹かの猫を召喚して、応急的に対応する。
これで店内には全部で二十匹の猫がいる。
そのほとんどが、客の腕の中に抱かれていた。
俺の状態画面では、経験値がどんどん増えていく。
経験値:+100、+100、+100
数字がものすごい勢いで跳ね上がっていく。
このペースなら、今日一日でさらに一レベル上がる。
また新しいスキルを獲得できる。
「雅人、三番テーブルのお客さんが、猫を買えるかって聞いてるよ」
キアラが近づいてきて、小声で言った。
「売らない」
「四番テーブルのお客さんも聞いてる」
「売らない」
「五番テーブルも……」
「全部売らない」
キアラは頷き、客のところへ返事をしに行った。
今日だけですでに五回も猫を買いたいと言われた。
どうやら、どこの世界でも可愛いものは自分のものにしたくなるらしい。
でも、猫は商品じゃない。
仲間だ。
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午後。
思いがけない人物がやってきた。
「お邪魔する」
入口に、ローブを着た人物が立っていた。
フードで顔の半分が隠れている。
だが、その姿、その雰囲気、そして腰に差された金色の装飾が施された剣。
……まさか。
「セリア?」
俺が尋ねると、その人物はフードを脱いだ。
銀色の長い髪と、冷たい青い瞳が現れる。
「まだ売るつもりはないのか?」
「……何のことだ?」
「猫だ。前にも聞いただろう」
彼女はまっすぐカウンターまで歩いてくると、腕を組んで俺を見つめた。
「まだ売るつもりはないのか? どれでも構わない」
「売らない」
俺はきっぱりと答えた。
セリアは目を細めた。
「……そうか」
彼女はそれ以上聞こうともせず、立ち去ろうともしなかった。
ただ、その場に立ったまま、店内を見回している。
そして、鼻で笑った。
「こんなふわふわしたものの、何がいいんだ」
客に抱かれている猫たちを見ながら、少し馬鹿にするような表情を浮かべる。
「戦えもしない。番もできない。可愛い以外、何の役にも立たないじゃないか」
その近くで猫を抱いていた地球人の客が、その言葉を聞いて思わず顔を上げた。
セリアは周囲の視線など、まったく気にしていない。
「前に聞いたのも、ただ何となくだ。こんな動物、私は別に興味などない」
そう言って、彼女はそのまま立ち去ろうとした。
「待ってくれ」
俺は彼女を呼び止めた。
「何だ?」
「猫に触ったことはあるのか?」
「ない」
「じゃあ、どうして可愛い以外に何の役にも立たないって分かるんだ?」
セリアは眉をひそめた。
「こんなもの、触らなくても分かる」
「触らなきゃ分からないだろ」
俺は窓際へ行き、白猫を一匹抱き上げた。
白猫は俺の腕の中で気持ちよさそうに丸まり、青い瞳を半分だけ開けている。
「ほら」
俺は猫をひっくり返し、前足を見せた。
「これ、何だ?」
「爪だ」
「そう。でも、よく見てみろ」
俺は白猫の前足をそっと握った。
肉球が爪の間から押し出される。
ピンク色。
丸くて。
柔らかい。
セリアはその肉球を三秒間見つめた。
「それがどうした」
「ちょっと触ってみたくならないか?」
「ならない」
「本当に?」
「本当だ」
俺はもう一度、肉球を押した。
白猫が「ニャー」と鳴き、肉球が俺の指の間で小さく開いた。
セリアの視線が、俺の指の動きにつられて動く。
「お前は何をしている」
「猫の良さを見せてるんだ」
「いらないと言った」
「目が見てるじゃないか」
「……見ていない」
俺は白猫を彼女に差し出した。
「試してみろ」
セリアが半歩後ずさる。
「嫌だ」
「一回だけ」
「嫌だと言っている」
「一回触ってみて、つまらないと思ったら、猫を売ってやる」
セリアの眉がぴくりと動いた。
「……本当か?」
「ああ、本当だ」
彼女は数秒迷った。
そして、ゆっくりと手を伸ばす。
指先が白猫の肉球に触れた、その瞬間――
「おおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
セリアの体が一瞬で固まった。
だが、怖かったわけではない。
それは――
「何だこれは、何だこれは、何だこれは!」
彼女は肉球を何度もつまみ、押している。
「柔らかい、弾力がある、温かい! この感触は何なんだ!」
白猫はセリアの手の中で、あくびをした。
セリアは猫を抱き上げ、肉球に顔を近づけてじっくりと眺める。
「どうしてこんなものがある? どうして爪の下にこんなものが隠されている? こんなの反則だろ!」
「落ち着け」
「私は落ち着いている」
そう言いながら、また肉球をつまむ。
「おおおおおおおおおおおおお!」
……どこが落ち着いているんだ。
近くにいた客たちは、みんな呆然としている。
さっきまで「猫は何の役にも立たない」と言っていた女騎士が、今では猫を抱きながら、肉球に向かって奇妙な声を上げている。
キアラがお茶を持ってやってきて、この光景を見ると、思わず笑った。
「セリアさん、猫の肉球が好きなんですか?」
セリアが勢いよく顔を上げた。
その表情は、恍惚としたものから一瞬で真剣なものへと変わった。
「わ、私は……ただ、その構造を確認しているだけだ! そう、構造の確認だ! もしかすると、これは何か非常に恐ろしい大量破壊兵器なのかもしれない。もし我が国に被害を及ぼす可能性があるのなら、絶対に放置するわけにはいかない」
「うんうん、構造の確認ですね」
キアラがニコニコしながら言う。
セリアの顔が赤くなった。
だが、彼女は猫を手放さなかった。
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その後に起きたことは、俺の予想を完全に超えていた。
セリアは猫カフェに丸一日いた。
最初は白猫の肉球から始まり、次は黒猫、そして茶トラ、長毛猫……。
猫を替えるたびに、彼女はキアラに尋ねた。
「この子の肉球、さっきの子より柔らかいのはなぜだ?」
「この子の肉球に小さな黒い点があるのはなぜだ?」
「この子、私に肉球を触られたくないみたいなんだけど、どうすればいい?」
キアラは一つ一つ、丁寧に答えていく。
セリアは話を聞きながら、真剣に頷いていた。
そして、猫を抱いて撫でることにも挑戦し始めた。
初めて抱いたときは、抱き方が完全に間違っていた。
猫は彼女の腕の中でもぞもぞと動き、今にも落ちそうになった。
二回目には、猫のお尻を手で支えることを覚えた。
三回目には、猫が彼女の腕の中で眠ってしまった。
セリアは腕の中で寝息を立てる猫を見下ろしながら、指でその肉球を優しく揉んでいる。
「……寝た」
「猫はセリアさんを信頼してるんだよ」
キアラが笑いながら言った。
セリアは答えなかった。
だが、その口元がほんの少しだけ上がった。
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それから、彼女は猫カフェの他の遊びにも挑戦し始めた。
「これは何だ?」
「これは猫じゃらしだよ。猫の前で振ると、猫が捕まえようとするの」
セリアは猫じゃらしを受け取り、空中で一度振った。
三匹の猫が同時に飛びかかってきた。
「……!」
彼女は驚いた。
だが、すぐに笑った。
俺が初めて見た、セリアの笑顔だった。
冷笑でも、嘲笑でもない。
本当の、楽しそうな笑顔だった。
彼女が猫じゃらしを振ると、猫たちが追いかける。
左に振れば、猫も左へ走る。
右に振れば、猫も右へ走る。
上へ持ち上げると、三匹の猫が同時に飛び上がった。
「……すごい」
彼女は小さく呟き、もう一度振った。
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続いて、彼女は猫のおやつを見つけた。
「これは、猫たちに食べさせてもいいのか?」
「ああ。でも、噛まれないように気をつけろよ」
セリアは小さなおやつを一つ取り、手のひらに乗せた。
一匹の黒猫が近づいてきて、匂いを嗅ぐ。
そして、舌でそっと舐めた。
セリアの手が小さく震えた。
だが、引っ込めなかった。
黒猫がおやつを食べ終えると、彼女の手のひらを舐め、それから手首にすり寄った。
「……舐めた」
セリアの声には、何とも言えない嬉しさが含まれていた。
「猫の舌には突起があるから、ちょっとザラザラするだろ?」
「……うん。でも、嫌じゃない」
彼女はもう一つ、おやつを手に取った。
今度は三匹の猫が集まってきた。
セリアはしゃがみ込み、手のひらにおやつを乗せたまま、三匹の猫に囲まれている。
「……取り合うな。一匹ずつだ」
彼女は小さな声で言った。
まるで子供をあやすように。
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夕方になった。
セリアは窓際に座り、腕の中に一匹の猫を抱え、膝の上にはもう一匹の猫を乗せていた。
髪には猫の毛がつき、服にもついている。
だが、彼女はまったく気にしていない。
指はまだ、猫の肉球を優しくつまんでいる。
「セリア」
「ん?」
「今日は……楽しかっただろ?」
彼女は俺を一度見た。
それから、腕の中の猫に目を落とした。
「……猫も、まあ……まあまあだな」
少し間を置いてから、続ける。
「思っていたよりは、少し面白かった」
「少しだけ?」
「うるさい」
だが、その声には少しも冷たさがなかった。
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会計のとき。
「えっ! どうして……」
セリアだけではない。
俺まで驚いていた。
猫じゃらし、猫のおやつ、猫のぬいぐるみ(キアラの手作り)……。
セリアの合計利用額は、1000銅貨。
銀貨一枚分の金額だ。
銀貨一枚あれば、普通の家庭が半年は暮らせる。
この女騎士、けっこう気前よく使うんだな。
「猫カフェで銀貨一枚使った最初のお客様が誕生しました。お客様は当店の最高のお客様ですね!」
俺は笑いながら言った。
セリアの顔がまた赤くなった。
「私はただ……少し長居しただけだ」
「うん。五時間も長居したな」
「黙れ」
彼女は最後に抱いていた猫を下ろし、その頭を優しく撫でた。
そして、もう一度肉球をつまむ。
「次も……また来る」
「いつでも歓迎するよ」
セリアは猫を下ろし、フードを被った。
そしてポケットから銅貨を取り出してテーブルの上に置くと、振り返って入口へ向かった。
入口まで来たところで、彼女は振り返り、俺を見る。
「雅人」
「ん?」
「お前の猫召喚士という職業……確かに、少しは役に立つようだな」
そう言って、彼女は扉を開けて出ていった。
俺はその後ろ姿を見ながら、思わず笑った。
キアラが三ちゃんを抱いて、俺のところへやってくる。
「セリアさん、すごく楽しそうだったね」
「ああ。口では認めてないけどな」
「次は王女殿下も来るのかな?」
「たぶんな」
俺はカウンターの上にいる白猫を見下ろした。
白猫は寝返りを打ち、お腹を見せた。
四本の足が宙で小さく開く。
ピンク色の肉球。
丸くて。
柔らかい。
俺も思わず一つ、つまんでみた。
「おおおおおおおおおおおおお、すごい……」
セリアがあんな反応をするのも分かる。
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夜になり、俺は状態画面を開いて、今日の収穫を確認した。
経験値:+9,800
現在レベル:10
選択可能スキル:1
またレベルが上がった。
しかも、今回も新しいスキルを選べる。
俺はスキル選択画面を開いた。
そこには、三つの選択肢が表示されていた。
一、猫体強化:召喚した猫の身体能力が上昇し、戦闘に参加できるようになる。
二、猫咪ナース:身体が状態異常になったとき、近くに猫がいれば、状態異常が自動的に解除される。
三、招き猫:ダンジョンにいるとき、猫が近くにある隠し宝箱の場所を見つけられる。
おお、今回のスキルは全部、ダンジョン探索に役立つものなのか。
どれを選ぼうかな?




