【創作論】人間関係の深さを「自己世界の重なり方」で考えてみたら、恋愛も友情も家族も描きやすくなったかもしれない話 続き
■ はじめに
昔から不思議だったことがあります。
なぜ、
「確かに恋愛だけど、何か薄い」
「恋愛じゃないのに、なぜかものすごく重い」
「たった一言なのに、もう元に戻れない」
という関係が存在するのか。
例えば、
『めぞん一刻』の響子と総一郎さん
キリトとアスナ
スバルとエミリア
こういう関係は、
単純に「好きの量が多い」だけでは説明できない気がしていました。
逆に、
いわゆる恋愛作品でも、
「確かに恋愛なんだけど、何か違う」
と感じることもあります。
長いことその違いが分からなかったのですが、
最近になって、一つの仮説にたどり着きました。
■ 仮説
人間関係の深さとは、
感情の強さではなく、
"自己世界の重なり率"なのではないか。
人はそれぞれ、
記憶
価値観
生存戦略
未来予測
感情
身体感覚
習慣
人生観
からなる、
自分だけの世界(Self World)
を持っている。
そして関係が深くなるということは、
相手が、
自分の世界の構成要素になっていくこと
なのではないか。
■ 第一段階:発見(Discovery)
まず、
「この人(あるいは何か)は、自分にとって特別かもしれない」
と認識する。
例えば、
一目惚れ
尊敬
憧れ
興味
衝撃的な出会い
この段階では、
私 あなた
○ ○
世界はまだ分離している。
■ 第二段階:接触(Contact)
互いを理解しようとする。
会話
共闘
共同生活
共同作業
長い時間の共有
ここで初めて、
○ ←→ ○
世界同士が接触を始める。
■ 第三段階:浸食(Invasion)
ここからが面白い。
例えば、
「この人はどう思うだろう」
「悲しませたくない」
「喜ばせたい」
「この人を前提に未来を考える」
こうなると、
相手は単なる他人ではなく、
自分の意思決定システムの一部
になり始める。
◉◐
私はこれを、
自己世界への侵食
と呼んでいます。
■ 第四段階:融合(Fusion)
さらに進むと、
相手の苦痛が自分の苦痛になる
相手の幸福が自分の幸福になる
相手を失うことが、自分の崩壊になる
という状態になる。
⬤
ここまで来ると、
これはもう、
「好き」
ではなく、
「この人がいないと、自分が何者か分からない」
という状態になります。
■ これ、恋愛だけじゃない
面白いのはここです。
この考え方は、
恋愛
友情
家族
師弟
仲間
だけではありません。
例えば、
動物
老犬を失って、
人生の一部を失ったように感じる人。
自然
故郷の海や山が失われて、
自分の居場所そのものを失ったように感じる人。
夢
長年続けた仕事や目標を失って、
自分が何者か分からなくなる人。
これらも、
自己世界の重なり
として説明できる気がします。
■ そして、物語が面白くなる瞬間
さらに考えていて気づいたのは、
物語の面白さは、
何が起きたか
ではなく、
何が元に戻れなくなったか
なのかもしれない、
ということです。
例えば、
味噌汁の具を決める会話。
表面的には、
「今日の味噌汁どうする?」
というだけの会話。
でも、
その裏に、
甘えたい
自立したい
必要とされたい
離れたくない
が隠れていると、
たった一言で、
二人の関係が不可逆に変化する
ことがあります。
つまり、
人は、
「何が起きたか」
ではなく、
「何が壊れたか」
を見ているのかもしれません。
■ だから私は最近、
キャラクターを書くとき、
この人は何を自分の世界に組み込んでいるのか
を考えるようになりました。
そして、
何を失ったら、
この人はもう元の人間ではいられなくなるのか
を考えるようになりました。
そうすると、
恋愛
友情
家族
師弟
動物
故郷
夢
情熱
全部を、
同じ物差しで考えられるようになった気がしています。
■ 暫定結論
もしかすると、
人が、
「尊い」
「重い」
「深い」
「泣ける」
と感じるのは、
互いが、
どれだけ互いの世界になっているか
を見ているからなのかもしれません。
少なくとも私は、
この物差しを見つけてから、
人間関係を書くのが少し楽になりました。
※これは心理学でも哲学でもありません。
長編を書いている途中で見つけた、完全に個人的な創作仮説です。
でも
なんて便利な物差しを見つけてしまったんだ。
って思っています。
もし間違っていたら、
その時はまた別の形で世界を見直そうと思います。




