番外編1 結婚式の後に待っていたもの4
最初に感じたのは心地よい感覚だった。
なんだろう。
少ししてわかった。誰かが私の髪を優しく撫でてくれていた。
大きくて暖かな手が私の髪を撫でる。それが少しくすぐったくて、同時にとても心地よかった。
この心地よさを知っている。前に陛下が頭を撫でてくれた時もこんな感じだった。
ずっとこのままこうされていたいな。
そう思っていた時、私はふと気づく。
待って、前にも陛下が撫でた時と同じ!?ってことはこの状況は!?
私ははっとして目を開ける。
そして目を開けたと同時に飛び込んできたのは、予想通りというか、当然と言うべきか、陛下の整った顔だった。
思わず悲鳴のような声が出る。
「起きたか?」
陛下は少しだけ残念そうな顔をして、髪を撫でる手を止める。
ちょっと待って。いつから、いつから、そんなことやっていたの!?
というか、起きたかって、え!?
私は慌てて窓を見る。外は明るかった。もう夜はとっくに明けていた。
つまり、初夜は終わったのだ。
本当に何もせずに。
ことの次第を理解して、私の顔から血の気が引く。
「あ、あの、へ、陛下」
「なんだ?」
「えっと、その、えっと」
「どうした?」
「本当にすいませんでした!」
私は土下座する勢いで陛下に謝る。
やってしまった!
本当に寝て過ごしてしまった!!
そりゃあしなくてもいいって陛下が言ってくれたけど、でも、本当に寝る奴がいる!?
冷静になれば、自分が信じられないことをしたってわかる。
私は激しい後悔に襲われる。
初夜だよ!初夜!せっかくの初夜に私がしたことと言えば、思い悩んで、鼻血だして、泣いて、寝かしつけられて。
全然良いところが何もない!
「本当にごめんなさい!」
「何故、また謝るのだ?」
「そりゃあ、もう色々申し訳なさすぎて!」
謝る私に陛下は不思議そうな顔をする。
初夜で本当に何もせず私が寝たというのに、陛下は全く怒っていない。
もう、本当に優しすぎるでしょう!
そこはちょっと怒っていいところだから!
「急ぐ必要はないと言っただろう?」
「そうだけど、でも!」
本当に陛下はそれで良かったんだろうか。
私はもちろん、陛下がそう言ってくれて嬉しかったし、すっごく助かったと思った。
でも、陛下は本当にそれで良かったのだろうか。
「不満か?」
「私はいいんですよ!?陛下は!?陛下は不満じゃないんですか!?」
「何をだ?」
「だからしなかったことをですよ!陛下は優しすぎるからなんか余計に申し訳なくて」
私の言葉に陛下は何も言わない。しばらくじっと私の顔を見る。
やっぱり怒っているのかも。いや、陛下ってもとから顔が怖いし、これは別に怒っていないかも。いや、でも。
そんなふうにまた悩み出す私を見て、陛下は呆れた顔をする。
「余が決めたことだろう。何故、お前が気にするのだ」
「そうだけど!」
今度は私がじっと陛下の顔を見る。陛下はそれを静かに見つめ返す。
新緑の色の瞳が朝日を受け、きらきらと光って見えた。
「陛下、正直に答えて下さいね」
私は覚悟を決めて、陛下をまっすぐと見つめながら言う。
「本当はそういうこと、したかったですよね?」
私の問いかけに陛下は一瞬目を見開く。しばらく見合った後、陛下は困った顔をして苦笑する。
「したくないかと問われればしたいに決まっている」
ああ、やっぱり。
わたしのばか!
そりゃあ、そうだよね!陛下だって男の人だもんね!それなのに私は陛下に全然配慮しないで本当に寝るとか!もう自分で自分を殴りたい!
また謝ろうと口を開きかけたその時、陛下がだがと付け足す。
「それでお前に嫌われるなら、しない方がましだ」
は?今なんて?
聞こえたその言葉が信じられなくて、思わず私は間抜けな声を出す。
嫌われる?誰が、誰に?
「嫌、ないでしょう」
私のその言葉に陛下は何故か驚いた顔をする。
いやいや、そこは驚かないで欲しい。
「ないですよ。私が陛下を嫌いになるなんて、天地がひっくり返ってもないです」
私は陛下を見ながらそう言う。陛下は何も言わない。
流れる沈黙。
あれ?もしかして、私、結構恥ずかしいこと言わなかった?
そう思い始めたその時、陛下が声を出して笑い出した。
ええ!?今のどこに笑うところあったの!?
陛下の笑いどころは本当に謎である。私は少なくともちっとも笑えない。
そんな私をよそに陛下はひとしきり笑うと、心底嬉しそうに私を見る。
「そうか。それほど余のことが好きか」
「え?」
あれ?やっぱり、私、やらかしたんじゃない?
顔が無意識に赤くなる。
確かに私がさっき言った事って聞きようによっては陛下のことが物凄い好きって聞こえるかも!?
まずい!思いっきりやらかした!
恥ずかしくて思考がうまくまとまらない。
ど、どうしよう!?いや、もうどうしようもないけどさあ!?
羞恥に固まる私を見て、陛下はますます可笑しそうに声を出して笑う。
嬉しそうに笑う陛下。そんな陛下を見て、私はもういいかなんて思う。
恥ずかしいけど。めちゃくちゃ恥ずかしいけど、陛下がこれだけ嬉しそうなら、もういいかな。
もう二度と言ってあげないけど。
というか、いい加減笑い止んでよ!私結構我慢しているんだから!
「ちょっと、陛下!いつまで笑って!」
「すまん。だが、そうか。それはつまり、次は期待してもよいということだな?」
「え?」
次?次って、何?
予想外の一言に今度は別の意味で固まる。そんな私を陛下はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべて見る。
「では、次は我慢しないでおこう」
「ええええ!?」
それは困る!
いや、でもこれ以上陛下に我慢させるのも気の毒だし。で、でも。
私はぐるぐると考える。考えれば考えるほど、わからなくなる。
もういい。考えるのは止めよう。
私はそっと陛下の手に自分の手を重ねる。それに陛下は笑うのを止め、私を静かに見る。
「陛下」
「なんだ?」
「その、今すぐは無理かもしれませんけど、絶対に、絶対にいつかは陛下とそういうことしてみせますから。その、嫌な訳じゃないですから」
そっと陛下の手を握る。
大きくて暖かくて無骨な手。その手が私は好きだ。そしてそれ以外だって。
「陛下の、ぎ、ギルベルト様のことは大好きですから!」
私はそう言いきると同時に恥ずかしさのあまり俯く。
もう、陛下の顔がまともに見られない。
どうせ、また嬉しそうに笑うんでしょう!?
ところが当の陛下は笑うどころか、何故か何も言わない。
あれ?私、何か間違ったこと言った?
予想外の沈黙に私は不安になってくる。
「あの、陛下?聞いています?」
「レティシア」
「え?はい?」
「お前は余を試しているのか?」
「え?」
えっと、どう言う意味?
そう思っていると不意に陛下が私を抱きしめる。いつもみたいな少し痛いぐらいの抱擁。
もう慣れたものだけど、急にどうしてそうされることになったのか私にはわからない。
「陛下!?えっと、私何かおかしいこと言いました!?」
私の問いかけに陛下は答えない。ただ、黙って、私を抱きしめる。気のせいか、少し痛いぐらいだったはずのそれが徐々に強くなっている気がする。
「えっと、あの、陛下?」
「お前という奴は。人が必死に我慢したというのに、どうしてそう煽るのだ」
「ええ!?煽るって、何ですか!?」
というか、このままだと絞め殺されそうなんですけど!?
そう思っていると不意に抱きしめる力が弱くなる。
それにほっとしていると陛下がそっと囁く。
「しばらくこのままでいさせてくれ。それぐらいはいいだろう?」
当然、断れるはずがなかった。
「しばらくって、いつまでですか?」
「余が飽きるまでだ」
「飽きる時がくるんですか?」
「こないだろうな」
「駄目じゃないですか」
でも、いいですよ。だって、陛下の命令ですから。ええ、私は従いますよ。
だって、私は陛下の物ですから。
「とりあえず、朝食がくるまでにして下さい。お腹がすきました」
「まったく。お前という奴は本当に可愛げがないな」
よく言うよ。本当はそんなことみじんも思ってないくせに。
その証拠に、憎まれ口を言いつつも、陛下の私を見る目はどこまでも優しい。
「陛下」
「なんだ」
「私は昨日から散々陛下に好きだって言いましたけど、陛下からは一切聞いてないですけど?」
「言ったろ。余にそのような戯れ言を求めるな」
「求めますよ。あれだけ言ったんですから」
そう、思い返せばやりかした数々の言動。あれだけ恥ずかしい思いをしたんだ。少しぐらいは返して欲しい。
「陛下の戯れ言が聞きたいな」
私は期待に満ちた目で陛下を見る。陛下は小さくため息をつくとそっと耳元で私にだけ聞こえるように囁く。
「愛している。余の愛しい妃よ」
ああ、やっぱり陛下にはかなわない。
普段の不機嫌そうな顔からは想像がつかない、優しい笑顔を陛下は私にだけ見せてくれた。
ご愛読ありがとうざいました。
これで一旦このお話は終了となります。
続編は現在執筆中です。ある程度たまったところでまた投稿していきたいと思います。
気長にお待ちください。




