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番外編1 結婚式の後に待っていたもの3


「その服は着替えないといけないな」


 陛下にそう言われ、私は自分の服を見る。せっかくいい寝着を着ていたのに、私の鼻血がついて、汚れていた。

 確かにこのままじゃまずいだろう。

 もっとも服よりも、顔の方が絶対にまずいけど。たぶん手をとったら顔にべったりと鼻血がついている。

 どうにかしないと。

 そう思っていると陛下が私から離れ、立ち上がる。


「ちょ、陛下!?」

「なんだ?」

「どこ行く気ですか!?」

「人を呼ぶが?」


 その言葉に私は目を見開き、必死に首を振る。わかっている。それが一番手っ取り早い解決方法だって、わかってはいる。

 わかっているけど、絶対に嫌!


「呼ばないで!初夜でいきなり王妃が鼻血出したとか笑えないから!」

「しかし」

「嫌!絶対に嫌!このままでいいから!お願い!人は呼ばないで!」


 子供のように嫌だと泣いてそう言う。そんな私を見て陛下は困ったような顔をする。

 わかっている。そんなこと気にする必要はないって。きっと侍女達だって、ことの次第を見れば心配するに違いない。

 でも、それでも。やっぱり嫌!

 こんな情けない姿を陛下以外には見られたくない。


「お願いだから誰も呼ばないで!」


 私が散々そう言うと陛下は諦めたような顔をした。


「わかった。人はよばぬ」


 そう言うと陛下は扉を少しだけ開け、外に出る。しばらくすると水差しとハンカチを手に戻ってきた。

 陛下はそのまま水差しの水でハンカチを濡らし、ぬれたハンカチを手に再びしゃがみ込み、私に近寄る。


「陛下?」

「手をどけろ。顔を拭く」


 うん?今なんて?

 陛下の顔を見る。陛下は真剣な表情で私を見る。

 冗談を言っている顔ではない。

 いや、むしろそこは冗談であってほしかったけど。


「えっと、その言い方だと陛下が私の顔を拭くように聞こえるんですけど」

「そのとおりだが?」


 そのとおりなんだ。うん、もちろんお断りします。


「自分でやりますから!陛下は離れて下さい!」


 私はそう言い、片手で顔を隠しながら、もう片方の手で陛下からハンカチをとろうとする。しかしそれよりも早く、陛下は腕を上げ、ハンカチを私の手が届かない位置にやる。


「人を呼ばれたくなければ、黙って手をどけろ」


 陛下はいつもの無愛想な顔でそう言う。

 何でそうなるのよ!

 いくら陛下を睨んでも陛下は動じない。じっと睨み合う。

 どれぐらいそうやって睨み合っていただろう。遂に私はそれに耐えきれず、折れた。

 もう、いいですよ。いいです。どうせ、陛下は引かないんでしょう!?わかってますって!

 私は仕方なく、ぎゅうと目を閉じ、手をどける。

 陛下はそっとぬれたハンカチで私の顔を拭く。

 まるで子供にやるようなそれに私はますます泣きたくなる。


「手のかかる奴だって思っているでしょう」

「阿呆が。そんなことを気にしてどうする」

「だって」


 本当に、なすことやること全部裏目に出てしまうから。

 大人しくしていればいいってわかっているのに、そうできなくて、その結果余計に手がかかって。

 今日も、あの夜会の日も、その前だって、そうだ。

 こんなんじゃ、いくら優しい陛下だって、いつか愛想をつかしてしまうかもしれない。

 この状況のせいか、気付けば私の思考はどんどん後ろ向きになっていた。

 もとから私は自分自身に自信がない。特に女性としての自信は皆無だ。未だに陛下がどうして私なんかを好きになったのかわからない。

 好きになるようなところなんてないだろうに。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、陛下は静かに言う。


「お前は本当に何もわかっていないな」

「え?」

「好いた者にはいくらでも手をかけたくなるものだ」


 思わず陛下を見る。陛下はそれ以上何も言わない。

 嘘ではなさそうだけど、どういう意味だろうか。

 手のかかる子ほど可愛い的なこと?

 にしても面倒ごとばかりおこす奴なんて、普通なら嫌になると思うんだけど。


「陛下って変ですよね」

「どういう意味だ?」

「私なんかを好きになるとか趣味が悪いですよ」

「お前が自分をどう思うが勝手だが、お前はお前が思っている以上に魅力的だ」

「え?」


 今なんて言った?あの陛下が?あの陛下が私を魅力的だって言った?

 やっぱり、何か悪いものでも食べたんじゃ。

 そう思って心配していると、不意に私の顔を拭いていたハンカチが離れる。


「ふけたぞ」


 陛下はそう言い、私の顔を見る。

 あんまりじろじろと見られても困る。

 私は耐えきれず、そっと視線をそらす。


「後はその格好だな」


 陛下の言うとおりだ。

 顔はこれで綺麗になった。あとは私の寝着だけど、これは拭いたところで綺麗にはならないだろう。かといって、他に着替える物はない。

 人を呼んで着替えを持ってきてもらうしかないか。

 泣き出したい気持ちでそう思い始めたその時、突然、陛下が自分の寝着の上を脱ぎ始めた。


「ちょ、ええええ!?」


 私は思わず悲鳴に近い声を上げる。

 ええ!?急にどうしたの!?何で脱ぐの!?

 慌てる私をよそに陛下は恥ずかしげもなく上半身裸になる。当然、視線は無意識にそちらへいく。

 陛下の鍛えられた筋肉が見える。前々から良い筋肉をしているとは思っていたけど予想以上だった。駄目だと思っていても、私はそれをまじまじと見てしまう。それに対し陛下は顔色一つ変えない。

 陛下にとっては上半身をいくら見られようと照れることではないようだ。

 相変わらずの不機嫌な顔をしたまま、陛下は私に脱いだ寝着の上を差し出す。


「着ろ」

「え?」

「余のそれを着ろ。お前には大きいだろうが、それよりはましだろう」


 陛下はそう言うと私の手に上着を持たせる。そして私に背を向けるとさっさと自分はベッドの方へと行ってしまう。

 そのまま私に背を向けたまま、陛下はベッドの縁に座る。

 どうやら私を気遣って、わざとこちらを見ないようにしているようだ。

 こういうところが優しいんだよね。

 ここまでされて断ることなんて、できなかった。

 私は素早く着ていた寝着を脱ぎ、陛下の寝着の上を着る。


「着たか?」

「はい」


 着た。着たは着たけど。

 私はつい今しがた着たそれを見る。いくら上の部分とはいえ、陛下の寝着は大きかった。 私にとってはぶかぶかである。そのあまりにもだらしない格好に苦笑せずにはいられない。

 いや、わかっていたけどさ。

 寝着の裾を踏まないように注意しながら、私もベッドの方に向かう。

 私が近づいてきたことに気づいたのだろう。陛下が振り返り、私を見る。

 陛下は一瞬目を見開いたが、それだけだった。私の格好を見ても何も言わない。ただ上から下まで私をこれでもかというほど見る。


「な、なによ」

「やはりでかいな」

「うう」


 そんなの着る前からわかってたじゃん。

 むっとして陛下を睨む。陛下は何も言わない。まだ私をじっと見ている。


「文句があるなら言って下さいよ」

「文句などあるか。いいから、こっちに来い」


 陛下はそう言うと私を手招きする。


「私が素直に行くと思いますか?」

「余にまた横抱きにされて、ベッドに連れて行かれたいなら、そうするが?」

「行きます!自分で行きますから!」


 また抱き上げられてベッドに落とされるなんて嫌だ。私は自分でベッドへと近づく。

 とはいえ、陛下の横に行くのはなんだか行きづらい。

 私は少し迷ってから、陛下から少し離れた位置でベッドの上で正座をする。陛下はそれを不満げに見る。


「おい、何故そんな遠くにいる?」

「遠くって、そんないう程遠くじゃないですよ!むしろ近いぐらいです!」


 そう、その距離は1mにも満たない。ひしひしと消えていたはずの不安が再び戻ってくるのを感じる。

 鼻血も止まった。服も着替えた。陛下は上半身裸だし、もうこれはこのままそういう流れになるだろう。

 ここまできたら、私もいい加減覚悟を決める。

 私はゆっくりとベッドの上で横になる。陛下は何も言わない。私をただ見ている。

 しばらくそうして黙って見ていた後、陛下はゆっくりと私に近づく。そして、私の上に覆い被さる。

 遂にその時がきたのだ。

 気づいたら、私はぎゅうっときつく目を閉じていた。

 大丈夫。大丈夫。きっと大丈夫だから。

 呪文のように何度もそう心の内で呟く。

 このあと一体どうなるんだろう。したことがない私にはわからない。

 陛下は動かない。痛いほどの視線を感じるけど、いつまでたっても陛下は私に触れない。

 どれぐらいそうしていただろう。

 本当にこのままで大丈夫かなと思っていたその時、陛下が静かに言った。


「余とはしたくないか?」

「え?」


 思わぬ一言に私は思わず目を開ける。そして私は息をのんだ。

 陛下は悲痛な表情で私を見ていた。


「そういうことはしたくないか?」

「違う!違うの!」


 私は慌てて首を振る。

 しまった。私は忘れていた。

 陛下は普段偉そうな態度をとっているが、その実はとても神経質な性格をしている。

 そう、とても心配症で、とても傷つきやすくて、些細な事をとても気にする。そして今も。

 お、思いっきり誤解されてるじゃん!?


「ち、違うから!したくない訳じゃないから!」

「なら、何故そんな顔をする?」

「陛下こそ、そんな顔しないで下さいよ!」


 そんな悲しげな顔されたら、私の罪悪感が半端ないから!

 陛下は明らかに落ち込んでいた。なんとか平静を装っているけど、私から見れば、全然隠せていない。完全に落ち込んでいる。


「ちょ、陛下!本当に嫌な訳じゃないんですよ!?」

「どう見てもそう見えないが?」

「だから……」


 嫌な訳じゃない。そう、嫌な訳じゃ、でも、でも。


「違うの!陛下のことは大好きだから!したくない訳じゃないの!でも、でも初めてだし!そんなこと一度だってしたことないし!正直怖いし!陛下は優しいから!酷いことはしないってわかっているけど!それでも!」


 違う、そうじゃない。そんなことを言いたいんじゃない。

 言っちゃいけない。そうわかっているのに言葉が止まらない。

 気付くと私の目には涙がたまっていた。


「陛下との行為が嫌な訳じゃないから!ただ、怖いだけだから!」


 陛下は何も言わない。涙で滲んで陛下が今、どんな表情をしているのかわからない。私は両手で顔を覆う。

 違う。こんな泣き顔を陛下に見せるつもりじゃなかったのに。本当は笑っていなきゃいけなかったのに。


「ごめんなさい、本当にごめんなさい」


 気づいたら私はそう謝っていた。これじゃあ、したくないと言ってるのと同義なのに。

 そう、わかっているのに謝罪の言葉は止まらなかった。

 陛下は何も言わない。

 しばらくして、陛下はそっと私の肩に触れる。ただそれだけなのに私の身体が大きく跳ねた。

 陛下はそれに怒らなかった。

 ただ静かに、優しく言い聞かすように言う。


「余は前に言ったな。お前以外と子を成すつもりはないと」


 そう、言ってくれた。陛下は私にそう言ってくれた。それなのに私は。


「ごめんなさい」


 謝る私に陛下は困った様に笑う。謝らなくていい。そう言ってくれる。


「レティシア。余には王という立場がある。いつまでもお前を待ってやる訳にはいかぬ」


 そう言いながらも陛下の態度は優しい。そのまま私をそっと抱き寄せ、そして耳元で囁く。


「だが、今日でなくてもいい」

「え?」

「お前が余に全てを安心して任せられるまで待ってもよい」


 私は驚いて陛下の顔を見る。陛下はそれに微笑む。


「それぐらいは待とう」


 私は何も言えなかった。ただ、陛下がそう言ってくれたことが嬉しくて。そこまで私のことを思っていてくれたことが嬉しくて。

 私は陛下の胸に顔を押しつけて泣く。

 本当に今日は泣いてばっかりだ。こんなのが初夜だなんて、本当に笑い話にもならない。


「ごめんね、本当にごめんね」

「阿呆が。謝る必要などないだろう」

「でも、でも」

「別によい。お前さえこの腕の中にあれば、今はそれでかまわん」


 陛下はそう言って、私を強く抱きしめる。

 ああ、本当に陛下は顔に似合わず優しくて困る。

 本当は私とそういうことがしたかったくせに。ずっとその時を待っていたくせに。

 それなのに、私を思って、そう言ってくれるなんて。

 本当に優しくて、困ってしまう。


「焦る必要はない。ようやく夫婦になったばかりだ。これからいくらでも時間はある。そうだろう?」

「……ありがとう」


 私はぎゅうっと陛下に抱きつく。いつも陛下が私を抱きしめる時のように、お気に入りのぬいぐるみを抱きしめる子供のように、私は陛下に抱きつく。

 陛下は黙って私を抱きしめ続けてくれた。

 それが、暖かくて、心地よくて、幸せだった。


「陛下、大好き」

「……そうか」


 私のその言葉のせいか、抱きしめる力が強くなる。


「陛下、ちょっと痛い」

「手を出さぬのだ。これぐらいは許せ」


 陛下が笑う。さっきの辛そうな顔が嘘のように陛下は嬉しそうに笑っていた。

 その顔を見て、安心したせいだろうか。急に強い眠気に襲われた。

 瞼を閉じる。そっと陛下の手が私の頭をぎこちなく撫でる。


「何もしなくてもよい。ただ余のそばにいろ。それだけでいい」

「陛下は王様なのに本当に欲がないね」

「そうかもな」


 それが最後だった。私の意識はあっという間に眠りへと落ちる。陛下がまだ何か言ってくれていたけど、残念ながら私の耳には届かなかった。

 まあ、いっか。また明日聞けばいい。

 これから一緒にこうしてずっと過ごしていくんだから。


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