66.ラブロマンスのような恋愛を
結婚式の会場にさえ行ってしまえば後は速かった。以前、司教様に説明された通りに結婚式は順調に進んでいく。
陛下はそれまでの緩んだ顔が嘘のように式の間はずっと威厳のある厳しい顔をしていた。それに比べ、私ときたら、もう散々である。
声はうわずるし、途中で噛むし、動揺が思いっきり顔にでているし。もはや笑顔でいることさえ難しかった。
そんな私の様子に陛下は表情ひとつ変えなかった。おそらく会場にいた人達は何も気づかなっただろうが、隣にいた私は気づいた。
陛下がずっと、必死に笑い出しそうになるのをこらえているのが。
もう、正直今すぐにでも帰りたい。やっぱり結婚式なんてするんじゃなかったかも。
そう思っていた時、司教様が言う。
「指輪の譲渡を、指輪をここに」
噂の指輪の譲渡だ。司教様の声かけともにいかにも頑丈そうな箱が運ばれてくる。箱が開くと中には一目で優良の品だとわかる銀色の美しい指輪が入っていた。
これが噂のアルフガルト王国の国王だけが持つことを許された指輪なのだろう。
陛下は自分の左手の薬指にその指輪をつける。そしてもう一つ入っていた指輪を取り出すと、私に向き直り、私の手を優しく持ち上げ、同じく左手の薬指に指輪をはめた。
わあと会場内が歓声と拍手でわく。私はそれを聞きながら、そっと指輪を見る。
指輪には王家の紋章とともに陛下の印が彫られている。陛下の印は獅子の形をしていた。黄金に輝く雄々しい獅子。
なるほど陛下によく合っている。
指輪をじっと見ていると陛下がそっと耳元で囁く。
「これでお前は余の物だな」
言われたその言葉にはっとして顔を上げる。陛下は酷く嬉しげな顔をして私を見つめていた。
た、確かにその通りなんだけど!これで正真正銘、私は陛下の一部になったってことなんだけど!
でも、改めて言われるとやっぱり恥ずかしい。
顔を赤くして俯く私を見て、陛下は笑う。すっかり上機嫌である。
普段は無愛想のくせに!こういう時ばっかりそういう顔して!もう、陛下のばか!
まあ、気持ちはわからなくないけど。
きっと顔に出ている以上に陛下は内心今日という日を喜んでいるのだろう。
下手すると私以上に。
もちろん、私だって嬉しい。だって、やっと陛下と結婚できたのだから。
「それでは誓いの言葉へ」
誓いの言葉。これは前世同様に既に決まった言葉を言うだけだ。言い方は前世よりも非常に回りくどく言っているが内容は同じだ。どんな時でも相手を愛しますという誓いだ。
私は誓いの言葉をゆっくりと口にする。散々練習したにも関わらず、私はまた噛んだ。気のせいか、見ている人達の目が暖かくなっている。まるで小さな子供が頑張るのを応援するような、そんな暖かさだ。
嬉しい半分、どうしようもない恥ずかしさに駆られる。羞恥にどうにか耐えながら誓いの言葉を言い終わる。たったそれだけによくできましたと言うのにみんなが拍手してくれる。
なんだかいろいろと辛い!
私が言い終えると今度は陛下がいつもの素敵な低音で淀みなく、誓いの言葉を言う。
そこには羞恥や照れくささは一切ない。
もう、何で陛下はいつもこうなんだろう。私なんて今にも恥ずかしくてどうにかなりそうなのに。
それがなんだかとっても腹ただしくて。何か仕返しできないかと考える。
まあ、この状況でできることなんて限られているけど。
そんなことを考えている間にも結婚式は順調に進んでいく。そして最後の署名となった。
陛下が最初に署名した。手紙で見た、真っ直ぐとしたバランスの良い美しい字で陛下は自分の名前を書く。そしてその後に私が名前を書く。
私は時間をかけて、ゆっくりと丁寧に書いた。できあがった字は自分にしてみればなかなかのできだと思うけど、陛下の美しい字の隣に並ぶとやはり見劣りする。
今度は字の練習もしよう。そう思いながら、ペンを置く。
「これでお二人は夫婦となられました」
司教様がそう言い、私たちを見て微笑む。
私は書き終えた署名の紙を見る。2つ並んだ私と陛下の名前。それを見て私は思わず小さく笑う。
やっと結婚できたよ。
ずっとそれに憧れていたここにいない彼女を思う。
自分もいつか、誰かと幸せな恋愛がしたい。そうずっと願っていた彼女。彼女はもうここにはいないけど、その彼女がいたおかげで、私はここまで来られた。
本当にありがとう。
気付けば目に涙がたまる。それにそばにいた陛下はすぐに気付いた。
そっと私にしか聞こえない小声で囁く。
「どうした?」
「別に何でもないです」
「泣いているが?」
「泣いてないって」
私はそう言って、慌てて涙を拭こうとして指を目元へ伸ばす。しかし私がふく前に陛下が私の手を掴む。
驚いて見ると、陛下は笑って、そっと優しくその指先で私の涙をぬぐった。
「本当に素直じゃないな」
そう言いつつ陛下は嬉しそうだ。
素直じゃなくて悪かったですね。
そう言い返そうとした時、突然司教様がばっと両手を上げる。それと同時に会場内の人々が立ち上がる。
え、何これ!?
戸惑う私をよそに陛下は平然とその様子を見ている。
「聖母サーシャの名の元にここに2人を夫婦と認めるものとする。神々の祝福が2人訪れ、末永く共に歩むことを、そしてアルフガルト王国の繁栄と栄光を願って」
そこで司教様は言葉を句切る、そしてありったけの声で叫ぶ。
「サーザイ!」
「はい?」
思わず声が漏れた。しかし、そんな私を気にせず、会場内それに続き「サーザイ!」と叫びながら両手を上げる。そして一度両手を下した後にまた司教がもう一回叫びながら両手を上げ、それに会場内の人々が続く。そしてもう1回。3回言い終えた後、全員で一斉に拍手をする。
それを呆然と見ながら、私は内心で突っ込む。
万歳三唱かい!?なんで!?なんで!?なんでそうなった!?
思わず陛下の方を見る。陛下は別に至って普通だ。どうも思っていない様子から、このアルフガルト王国ではこれが普通ということなのだろう。
これが普通ってどうなのよ!?
あまりの予想外のその行動にそれまでの感動がどこかへ吹っ飛んだ。涙もおさまる。
まったく、本当に最後まで何があるかわからない。
とはいえ、これで結婚式も終わりだ。この後は国民の前に王妃として出なければいけない。
そう、結婚式が終わった後にもやることは山のようにあるのだ。
頑張らないと。
そう思って、気を引き締めていると陛下がそっと顔を寄せる。
「レティシア」
耳元で囁かれる名前。まだ何かあったかと陛下を見れば、陛下は満面の笑みを浮かべ、そっと言う。
「好きだ。愛している」
「え?」
初めて言われたその言葉に思わず私は固まる。
そ、それは、それはずるいでしょう!?よりによってここで!?この場で言う!?
顔がますます赤くなり、心臓もうるさく騒ぎ出す。
もう、これ以上恥ずかしい思いなんてしたくないのに!
そんな私を見て、陛下は嬉しそうに笑う。しかし陛下の不意打ちはそれだけですまなかった。
私が恥ずかしがっている隙にそっと手を伸ばし、私の顎を持ち上げる。
「え?」
止める間もなく、そのまま流れるように、陛下は私の唇に自分のものを重ねた。
会場内が一瞬しんとなり、その後われんばかりの拍手がなる。
陛下はすぐに唇を離す。
おかげで2回目の時の様に苦しくなることはなかった。
なかったけど。なかったけども!
「誓いのキスはしないって言ったのに!?」
私は口元を押さえて、陛下を睨む。陛下はにやりと笑って、悪びれもせずに言う。
「したくなった」
なんて人だ!土壇場でとんでもないことをしてきた!
陛下は悪戯が成功した子供みたいに満足げな顔をしている。
本当にその顔が腹ただしい。
このままやられっぱなしは私の性分じゃない。
こうなったら。私は先ほどから考えていた陛下への仕返しをやることにした。
油断している陛下の胸ぐらを素早く掴むとぐいっと自分の方に引っ張る。陛下は驚いたような顔をしたが抵抗はしなかった。
すぐ近くにくる陛下の顔。そして私はそのまま陛下の唇に今度は自分から唇を重ねた。
それは一瞬だ。本当に、陛下がしたものより圧倒的に短かった。
それでも確かに一瞬、唇が重なった。
驚きに固まる陛下に私はお返しとばかりに、にやりと笑い返す。
「私もしたくなりました」
顔を赤くしながらも何とかそう言い切ると陛下は困ったような顔をしながら、嬉しそうに笑った。
それに私も笑い返す。
「お前という奴は本当に可愛げのない娘だ」
「あら、そんな私に結婚してほしいと頼んだのは陛下ですよ?」
「ああ、そうだ」
そう言って陛下は笑いながら、私を抱き上げる。そしてまた唇を重ねた。
会場内からは歓声と拍手が先ほどから鳴りやまない。すぐそばから聞こえるはずのそれがどこか遠くから聞こえる。
まるで私と陛下だけ別世界にいるような、そんな夢見心地な気分だった。
そう、それは彼女がずっと憧れていたラブロマンスのような一幕で、でも確かにそれは現実で起こっていて。それが私はとっても嬉しくて、幸せで。
きっと私と陛下はこれからもこんな素敵な一時を送っていくのだろう。
そう、ラブロマンスのような恋愛を。
ご愛読ありがとうございました。
これで本編は終了となります。番外編に少しだけ続きます。




