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65.結婚式当日に


 本当に時間というのはあっという間だ。半年間と聞かされた時はずいぶん長いなと思っていたが、気付けばあっという間に過ぎ去っていた。

 私は今日、陛下と結婚する。

 そう、やっと、やっとこの日が来たのだ。

 前世で交通事故に会い。死んでしまった私。そして今度こそ恋愛に生きたい、前世でそう願ったからこそ、私はここまで来た。

 思い返せば色々あった。恋愛をすると決意してから、陛下に会うまでが大変で、会ったかと思えばケンカして、散々怒られて、少しずつ陛下のことがわかってきて、陛下のことが好きになって、陛下も私に好意を返してくれて、そしてやっと今日ここまできた。

 我ながら自分で自分を褒めたい。本当に良くやったものだと。

 そして遂に今日、私は陛下と結婚する。

 もうすぐ陛下がここに来て、そして結婚式が始まる。そうすれば私はアルフガルト王国の王妃となり、陛下の妻となり、陛下を今後もずっと支えていくことになる。

 そう、王妃になって。王妃、王妃か。


「マリッジブルーだわ」


 私はそう呟くと椅子に力なく座り、頭を抱える。

 いや、今更何を言ってんのとか思うかもしれないけど、本当に結婚式当日の今になって、私はこの場から逃げ出したい衝動にかられていた。

 昨日まではなんともなかったのに。本当に結婚なんてしてみないとわからないものだ。


「帰りたい。離宮に帰りたい。ちょっと帰っていい?」

「ちょ、何言っているのですか!?結婚式当日ですよ!?もうすぐ、陛下も来られるのですから、ほら元気出して下さいって!」


 ルイザは必死になって、私を励ます。

 私だってわかっている。今頃不安になったところでどうしようもない。

 もうすぐ陛下が来ちゃうし、さすがに結婚式をのばすことなんてできない。

 本当にわかってはいるんだけど。


「ルイザ。私に王妃なんてできると思う?今になって、すっごく不安になってきたわ」

「今更そこですか!?大丈夫ですよ!姫様はやれば出来る子です!絶対できますから!」


 ルイザは大丈夫だ、大丈夫だと言うけど、私にはどうしてもそうは思えなかった。

 もちろんレティシアは姫君だ。いずれはどこかに嫁ぐ為に恥ずかしくないように教育は受けてきている。とはいえ、まさかこんな大国のアルフガルト王国に嫁ぐとはさすがの私も、もちろん祖国の人々も思ってはいなかっただろう。

 そんなどうでもいいことから、どんどん不安がつのっていく。


「やっぱり、やめた方が」


 私のその言葉にルイザは目を見開く。私の肩をがっしりと掴むと私の身体を激しく揺らす。


「レティシア様!?何を言っているんですか!?せっかくここまできたのですよ!?」


 えっと、ルイザ。気持ちは分かるわ。必死に励まそうとしているのもわかる。

 でもね、揺らす必要ある!?めちゃくちゃ気持ち悪いんですが!?だいたい貴方が触っているその肩はついこの間まで怪我したところなのよ!?もっと優しく触ってくれる!?

 幸いな事に結婚式を前にして怪我は綺麗に治った。うっすら傷が見えなくもないけど、陛下が露出を嫌がった為つけてもらったレースのおかげで全く見えない。


「ルイザ!ストップ!気持ちはわかるけど、ゆらさないで!気持ち悪いから!!」


 ルイザと私がそんなやりとりをひたすら繰り返していたその時だった、部屋の扉がノックされる。

 返事を待たず、扉が勝手に開く。そしてゆっくりと陛下が入ってきた。


「レティシア」


 陛下は私を見て、とても優しげに笑う。本来なら笑い返してあげたいのに、私はなかなかうまく笑えない。

 そんな私を見て、陛下もおかしいと思ったのだろう。戸惑った顔をして、私を見る。

 「大丈夫ですから」ルイザはもう一度私にそう言うと頭を下げ、部屋から出て行く。部屋には私と陛下の2人だけだ。

 私は思わず、縋るように陛下を見れば、陛下は心配そうな顔をして、私の元へと足早に駆け寄る。


「どうした?」


 陛下はそう言い、膝をつき、座っている私と目線が合うようにしてくれる。

 最初のころは上からいつも私を見下ろしていたのにだ。そういうちょっとした変化が嬉しいと思う反面、そこまで思ってくれている人に対して、今更不安になるなんて、胸が罪悪感で痛んだ。


「えっと」


 どう言えばいいのだろうか。

 不安だと言ってもいいだろうか。

 そんなこと言えば陛下をまた心配させてしまうんじゃないか。

 ただでさえ、心配症な陛下のことだ。今ここでそんなことを言えば、結婚式を取りやめるって言い出すかもしれない。

 でも、このまま何も言えずに結婚しても、それで本当に私はいいのだろうか。

 そんなふうに必死にどうしたらいいか考えている時だった。陛下はたぶん何か察したのだろう。

 陛下はとても切なげな顔をして、私を見る。


「余との結婚は嫌か?」

「違いますよ!」


 思わずそう声が出た。

 その時、ああと思う。そうか私、結婚すること自体は嫌ではないんだ。

 陛下と結婚したい、そう心から思っている。思っているのに。


「違うんですよ」


 陛下と結婚したくない訳じゃない。ただ、ただ。


「自信がなくなっちゃって」


 陛下は何も言わない。新緑を思わせる緑色の瞳を私に静かに向ける。その目を見ながら、私はぽつぽつと言う。


「私、特別美人って訳じゃないし、身体だって子供体型のままだし、頭もそんなに良くなくて、特別何かできる訳じゃないのに、どうしてもじっとしていることは出来なくて、無茶ばっかりして、私ができることなんて、本当に料理や畑仕事や運動とか全然王妃様には必要ないものばっかりで、だから陛下にすっごく迷惑がかかるかもしれないし、せっかく陛下が一杯頑張ってきたものを私が崩してしまうかもしれないし、そのうち陛下にだって愛想尽かされちゃうかもしれないし」


 1度言葉にしだすと止まらなかった。次々に不安が口から出てくる。

 陛下は黙って聞いていた。私が喋っている間、何も言わず、ただ私が全て言うまで聞いていてくれた。

 たった、それだけのことで私は徐々に気持ちが軽くなるのを感じた。

 陛下は私の話を聞いてくれる。どんなにばかみたいなことでも真剣に、一生懸命に聞いてくれる。

 それだけで救われる気がした。

 私が全て言い切ると、陛下は静かに私を見つめたまま名前を呼ぶ。


「レティシア」


 陛下は慈しむような目で私を見る。その目には深い愛情が見てとれる。


「余にはお前しかいない」


 陛下はそう言って、優しく笑いかける。

 いつからだったろう。陛下がこんなふうに笑うようになったのは。最初はずっと無愛想な顔をしていたのに。


「最初は誰でも良いと思っていたのだ。だが今は違う」


 陛下はそう言うと私の手をとり、そっと口づけを落とす。その動作一つ、一つがとても丁寧で優しかった。


「王妃にするならお前がいい。余の物になってくれ。頼む」


 そう言って、陛下は私を見つめ、懇願するように言った。

 ああ、わかっている。この人は本当に優しい人だ。だからこそ、もしも私がここで結婚を止めたいと言ったら、陛下はきっと止めてくれるだろう。

 私を本当に愛してくれているから。本当に大事に思ってくれているから。本当に望んでくれているから。

 その深い思いが痛いほどわかる。

 ここまでしてもらって、いつまでもどうのこうのと言い訳するのはいくら何でも恥ずかしい。

私はゆっくりと深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。そして真っ直ぐと陛下を見ながら言う。


「私も結婚するなら……陛下がいいです」


 私の言葉を聞いて、陛下が破顔した。

 とても嬉しいそうなその顔に私もつれられて笑ってしまう。

 不安はある。それが完全に消えることはない。それでもこの人がここまで私を思ってくれるなら、そんなこと些細なことだと思えた。


「そうか」


 陛下は噛みしめるようにそう言うと、優しく微笑み、そっと立ち上がる。そして私にその大きな手を差し出す。


「行けるか?」


 私はその手を取る。そしてゆっくり、立ち上がる。

 陛下の隣に並び、私はそっと陛下の腕に手を絡める。そして、陛下の方を見ずに呟く。


「行きましょう。その、ぎ、ぎ、ギルベルト様」


 今度は噛まなかった。昨日散々練習したせいかである。内心ガッツポーズを決めながら、ちらりと陛下を見る。

 てっきりこれ以上ないほど喜んでくれると思っていたのに、当の陛下は何故か固まっていた。

 目を見開き、まるで信じられないものでも見るように私を見る。


「あの、陛下。そこまで、驚きます?」


 陛下が名前を呼んで欲しいと言っていたから、一生懸命練習してきたのに、まさかそんな反応をされるとは。

 私はちょっと恨めしい目で陛下を見れば、陛下は慌てて、「違うのだ」と言う。


「いや、すまん。その、嬉しくてな」


 陛下はそう言うと顔をほころばせ、そのまま感極まったように私を抱きしめる。


「ええええ!?」


 突然のその抱擁に私は焦り、必死に陛下の腕の中で暴れる。しかし陛下はそんなもの気にもとめず、また私をお気に入りのぬいぐるみか何かのようにぎゅうぎゅうと抱きしめる。


「もう急に何なんですか!?」

「お前があまりにも可愛いことをするからいけないのだ」

「私のせいですか!?私がいけないんですか!?とりあえず、陛下離れて下さい!」

「何故、また陛下に戻るのだ?」


 私が陛下と言った途端、陛下は不満げな顔を浮かべる。すねたようなその顔に私は思わず、慌てて付け足す。


「あ、えっと、少しずつ慣らしていきますから!」


 そう少しずつ。そう、10回に1回ぐらいずつ呼んでいけばそのうち慣れるんじゃないかな。

 私のその言葉に陛下は納得していないのか、私の方を責めるようにじいと見ている。それにわざとらしく私は視線をそらし、気付かないふりをする。

 やがて陛下は諦めたのだろう。大きなため息をついた。


「まあ、よい」


 そう言って、陛下はにやりと笑う。その笑みに私は思わず顔を引きつらせる。


「時間はいくらでもあるしな」

「っ!?」


 何を考えているのか陛下はにやにやと笑う。そんな陛下を私は顔をしかめ、睨む。

 しばらくそうやって見合っていたが、不意にどちらともなく笑いだす。そうして2人でしばらく笑った後、私は陛下に連れられ、結婚式の会場へと向かった。


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