64.待ちに待ったその日
「これはこれは、陛下、よくお似合いですよ」
オーランドは花婿衣装に着替え終わったギルベルトの姿を見て、心の底から感嘆の声を漏らした。
それはそうだろう。元からギルベルトは容姿が整っている方だ。そのうえ、体格も良く、背も高い。
そんなギルベルトが着れば、どんな粗末な服でさえ、見栄えが良くなる。
しかも今着ているのはアルフガルト王国が威信をかけて作った花婿衣装だ。
その姿は輝き、神々しくさえ見える。
「まるで生前の前王を見ている様です」
「そうか」
オーランドのその言葉にギルベルトもまた感慨深い。
ギルベルトにとって前王は厳格な王であった。ギルベルトを、王位を継ぐ者として育てあげ、誰にも弱みを見せず、ただ王であることを全うした人。それがギルベルトの知っている前王であり、父親だ。
その姿をギルベルトは尊敬し、そのように成りたいと願い、王であり続けた。
「少しは父に近づけたか?」
「ええ。そりゃあもう」
ギルベルトの問いかけにオーランドは思わず目頭を押さえる。
ギルベルトが生まれる前からオーランドは彼に付き従い、一番の臣下となり、今まで支えてきた。普段はけして表に出さないオーランドだが、ギルベルトが国王であることをぬきにして、ギルベルト自身に対しても特別な情がある。
それはまるで父親が子の成長を喜ぶような、そんな感情によく似ている。
「本当にご立派になられて」
そう言って涙ぐむオーランドにさすがのギルベルトも思わず苦笑する。
まさか、一番の腹心がこんなことで泣くとは思っていなかったのである。
ギルベルトはねぎらうようにオーランドの肩を何度か叩く。それにオーランドは頭をしきりに何度も下げた。
「まだ式も始まっていないのに、それでは先が思いやられるぞ」
「大変申し訳ありません」
そう言いつつもオーランドはまだ目をこすっている。それにギルベルトは困ったような顔をしながら、オーランドが平常に戻るのを待った。
しばらくして、オーランドは冷静さを取り戻したようだ。
先ほどまで感動して涙ぐんでいた姿はもうない。とはいえ、その目が赤いのは隠しようがないが。
オーランドはばつが悪さをごまかすように咳払いし、ギルベルトを見る。
「それにしても素晴らしいできですな」
オーランドはそう言い、ギルベルトの着ている花婿衣装を見る。
オーランドがそう言うのももっともだった。白を基調とした上質な生地で作られた花婿衣装はやはりというべきか煌びやかで美しい仕上がりになっている。
服には金や銀の刺繍がこれでもかとされており、豪勢でありながら、派手すぎず、上品な雰囲気になるように絶妙なバランスで作られていた。
更に彼が今日肩にかけているマントは以前夜会に着ていたものと同じ派手な作りのものだが、長さは以前のものに比べ2倍以上で、長めに作られている。その為、マントの端が床につき、それをひきずって歩かなければいけない。
非常に歩きにくいうえ、普段着ているものに比べ、重いので、はっきり言って進んで着たいものではないが、これがアルフガルト王国の花婿の伝統衣装なので仕方ない。
ギルベルトは大きくため息をつく。
「全く婚儀とは面倒なものだな」
「そうは言いますが、陛下はこの日を誰よりも待っていたのでしょう?」
オーランドのその言葉にギルベルトは大きく頷く。
そうだ。この日をギルベルトはずっと待っていた。今日、婚儀をあげれば、レティシアは正式な王妃となる。
もう、誰の目も気にせず、彼女を腕に抱くことができるのだ。
「ずいぶんと待たされたものだ」
「陛下がそのようなことを言い出すとは。世の中、何が起こるかわかりませんな」
オーランドの言うとおりだった。
ギルベルトは最初、この結婚に全く乗り気ではなかったのだ。それがいつからだったか。この結婚を心待ちにするようになった。
全くこの世の中は本当に何が起こるかわからないものだ。
ギルベルトは笑う。その様子をオーランドは目を細め見ていたが、ふと表情を引き締め、言いにくそうに言う。
「陛下」
「なんだ?」
「やはりフォルト公爵は自分の娘を切り捨てるつもりのようです」
その一言にギルベルトの顔から笑みが消えた。何かを耐えるような顔をし、静かにオーランドの方を見る。
「切り捨てるか」
「はい。まあ、予想通りでありましたが」
「そうか」
わかっていたことではある。夜会での襲撃。あれはもちろん偶然の産物ではない。本来賊が王宮内に侵入することはあり得ない。それこそ国内の貴族が手引きしなければ無理だ。それも王宮内で顔がきく上位貴族の手引きでないと。
そして当然手引きしたのはあのフォルト公爵だと思われた。
確信はあるものの、実質的な証拠は足りない。
ギルベルトは歯がゆそうに顔を歪める。
本当にフォルト公爵は賢い男だ。何度もこうして追い詰めても、あと一歩のところで毎回逃げられてしまう。今回もようやくフランチェスカを捕まえ、フォルト公爵を糾弾することができたが、それだけだった。
フォルト公爵はあっさりと実の娘を捨て、全ては娘が計画したことで自分は全く知らなかったの一点張りである。
「公爵家もお咎め無しとはいきませんが、公爵の関与までは追及できないと思われます」
「そうか」
「申し訳ありません」
オーランドもまた苦々しげな顔をし、頭を下げる。それにギルベルトはため息をつく。
「仕方あるまい」
そう簡単にいくような相手であったなら、ここまでギルベルトも苦労することはなかっただろう。今後のことを考えればまだまだ問題は山積みになっている。
とはいえ。
「これでレティシアが正式にこの国の王妃となる。以前のようにうかつに相手も手を出せぬだろう」
そう、レティシアが王妃になればギルベルトの手元にいつでも彼女を置いておくことができるし、王妃となればもはや前のような暗殺は行えない。
それがギルベルトにとって唯一の救いだった。
ただ、フォルト公爵がこのまま引き下がるとも思っていない。
彼はギルベルトをその地位から落とす為ならどんな手でも使ってみせるだろう。そしてそうなればレティシアにいつその手が伸びるかわからない。
本当に彼女を守ることができるだろうか。いや守らなければいけない。
自分が自分である為に。
彼女を失わない為に。
その為にどうするべきか。
ギルベルトが黙って考えていると、部屋に使用人がやってくる。
「陛下。姫様の準備が整いました」
「わかった」
レティシアを迎えにギルベルトは歩き出す。
先ほどまで厳しい顔していたはずなのに、気付けばその表情は柔らかいものへと変わっていた。
この先のことを思えば心配はつきない。
しかし今日だけは、待ちに望んだ今日だけはそのようなことは考えなくていいだろう。
ギルベルトはそう思い、花嫁姿の彼女の姿を想像し、口元を緩ます。
「レティシア様も今日ばかりは大人しくしてくれるといいのですが」
オーランドがギルベルトの一歩後ろを歩きながら、呆れたようにそう言う。それにギルベルトは思わず笑う。
「どうだろうな」
無茶ばかりやらかす愛しい姫君。そんな彼女が結婚式であれ、大人しくしているとは思えない。
「あれは余の予想をいつもうわまわるからな」
しかしだからこそ彼女を愛おしく思う。
彼女はいつだってギルベルトを楽しませ、いつだってギルベルトを支え、いつだってギルベルトを救ってくれる。
そんな彼女がようやく自分の物になる。
喜びを噛みしめながら、ギルベルトは彼女が待つ部屋へと急いだ。




