↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/70

63.全部陛下のせい


「うーん」


 私は寝返りをうつ為に身体を動かした。しかし私の意思に反し、身体は全く動かない。

 どうやら何かが私をがっちりと押さえこんでいるようだ。

 寝返りをうつどころか身体を少し動かすことさえできない。


「もう、なんなのよ」


 眠い目を仕方なく開けて、私を押さえこんでいるそれを見た。

 途端に間抜けな声が出る。

 な、いったい全体どうなっているの!?

 目の前には見惚れてしまう程に整った顔、当然その顔には見覚えがある。

 何で陛下の顔が私の目の前に?

 そう思った瞬間、私は昨夜の出来事を一気に思い出した。

 そう言えば、私は陛下の寝室に連れてこられて、そののままここで眠りについた気がする。

 そう一緒に。一緒に。


「わ、私なにやってんの!?」


 いくら何でもそれはまずいでしょう!?結婚前に同衾!?ないわ!ない!

 この世界はわりとそういうことに厳しく、いくら婚約者みたいなものとはいえ、結婚前の男女が2人きりで夜を明かすなんて、許されるはずがない。


「いや、でも陛下だったら許されるかも!?陛下だし!?」


 というか、本当に寝ただけなのよね!?何にもなかったんだよね!?

 私は慌てて自分の服を確認する。服はそのまま寝たせいでしわがだいぶよっているけど、乱れてはいない。


「大丈夫だよね。さすがに陛下だって、手を出してないわよね?」


 結婚前に手を出したとなればさすがに陛下にも問題が。いやいやあの陛下がそんな寝ている相手に手をだすなんて、そんなことするはずがない。

 ちらりと陛下を見る。一人慌てる私をよそに陛下は酷く穏やかな表情を浮かべて眠っている。普段の不機嫌な顔がまるで嘘のようだ。


「気持ちよく眠れているのはいいことだけどさ」


 私をぬいぐるみみたいにぎゅうぎゅう抱きしめながら、寝ないで欲しい。

 色々と心臓にくるし、身動きとれなくて辛いしで、こっちはもう散々なんだから!

 僅かな抵抗に私は腕の中でじたばたと暴れてみたが、陛下の腕の力はちっとも緩まない。それにこれだけ騒いでいるのに、陛下は全く起きる気配がない。


「よっぽど疲れたのかな」


 昨日は散々迷惑をかけたうえ、とても心配させてしまったから、陛下もきっと堪えるものがあったのだろう。


「それにしても本当によく寝てる」


 陛下もこうやって大人しく眠っていると年相応に見える。やっぱり、あの眉間に深く刻まれた皺さえなければ陛下だって若く見えるのに。

 私はそっと陛下の眉間のところを指先で触る。皺が少しでも伸びるように、軽く揉んでいると陛下が身じろいだ。

 私は慌てて、手を止め、そっとその顔をのぞき込む。しばらく待ったが、陛下は結局目を開けず、そのまま寝入り続ける。

 ほっと内心安堵して、その顔を私は見つめなおす。


「そう言えば、寝顔を見たのは初めてだ」


 そして私は気付く。陛下は今深く眠っている。ということは今なら何でもできる。

 こ、これはチャンスなのではないだろうか!?そうだ!普段散々振り回されているのだから今こそ仕返しするべきじゃない!?


「例えば、そう!顔にらくがきとか!」


 あー、でも、残念かな。近くに書けるものが全くない。陛下の腕の中から抜け出して、探しに行ってもいいけど、そうすると陛下が起きちゃいそうだしな。

 何にもなくてもできそうな悪戯。そうなると出来ることは自然と限られる。

 他になんだろう。鼻をつまんで口を押さえて起こすとか?それか耳元で大声出して起こすとか?


「どうしようかな」


 私はわくわくした気分で陛下を見る。

 陛下は私のそんな企みに全く気付いていないようで、安らかな寝顔を浮かべている。その顔は本当に穏やかで、とても綺麗で。私は思わず見入る。

 そう、今なら何をしても大丈夫だ。今なら。

 無意識に視線が陛下の唇にいく。

 そう言えば、昔見た恋愛ドラマや映画で恋人が寝ているうちに唇を奪うみたいなシーンがあった気がする。そう、唇を。


「いやいや、それはいくら何でも駄目でしょう!?い、いくらなんでもそれは!?」


 そうだ。さすがにそれはいけない気がする。

 とはいえ、こんな無防備で美味しい状況、そうそうあるわけじゃない。あの完璧な陛下のことだ。もしかしてこれが最後のチャンスという可能性だってありえる。


「そ、それに昨日は陛下が私を好き勝手していたんだし。私だって少しぐらい」


 そうだ。陛下のわがままを散々聞いたのだから、私だって少しぐらいわがままを言ってもばちは当たらないはず。そう、少しぐらい。

 ちらりと陛下の唇を見る。今なら奪うことは容易い。

 私はそっと整った陛下の顔に自分の顔を近づける。

 陛下は起きない。

 顔が近づく度に心臓がうるさく鳴る。

 途中で陛下が起きてしまったらどうしよう。

 そう思うならやらなければいいのに、私は止められなかった。

 あともう少し。

 吐息がかかるんじゃないかと思うぐらいの近さになる。

 あと、もう少し。あと、ほんの、少し。そう、あと。

 唇が触れるその寸前、私の心臓が限界に達した。


「って、できるかあああ!!」


 私は思わず、飛び退くと陛下の腕から乱暴に抜け出し、そのまま床に倒れ込む。そして衝動のまま床をばんばんと叩く。


「私のばかばか!何をしようとしているのよ!そもそもそういうことはちゃんと起きた状態でキスができて初めてやっていいことなのよ!」


 ついさっきのことを思い出し、私は羞恥と罪悪感にさいなまれる。

 私はまだ陛下に自分から口づけをしたことがないのに、寝ている隙に唇を奪おうなんていくらなんでも卑怯だ。

 そんな抜け駆けみたいなことはやっぱり良くない。

 とはいえ、起きている状態でキスができるかと言われるとそれも無理だけど!


「でも、やっぱりしておけば良かったかも!?だって、あの陛下にこんなことできるなんてめったになかったし、こういう時にしないでいったいつするのよ!」

「何をする気だ?」


 聞き慣れた低音が耳に届き、私は思わずひっと情けない声を上げる。

 その声が誰のものかなんて振り返らなくてもわかる。

 いや、冷静な部分ではわかっている。そもそもこれだけ騒いで、寝ていられるはずがない。さっきなんて思いっきり腕から抜け出したし。どんなに深く眠っていたとしても起きて当然だ。

 そうわかっているけど、その事実を私は認めたくなくて、なかなか振り向けない。

 ど、どうしよう。このまま逃げようかな。

 そろそろとよつばいで扉に向かって行く。しかし当然ながら、そんな逃亡が許されるはずがなかった。

 不意に腕が伸び、後ろから抱き上げられる。


「っ!?」


 そのまま持ち上げられ、私はいつも通り、横抱きにされた。

 こうなったら顔を見ない訳にはいかない。

 覚悟を決めて見るとそこには当然ながら不機嫌そうな顔をした陛下が私を静かに見下ろしていた。


「陛下……」


 恐る恐る陛下を呼ぶ。怒っている訳ではなさそうだが、どこか不満そうな顔をして陛下は私を見る。


「しないのか?」

「え?」

「口づけだ。しないのか?」

「なああああ!?」


 陛下に言われたその一言に私の顔が一気に赤くなる。

 そう、ばれていた。いや、あれだけ騒げば、ばれないはずがない!

 私は羞恥に身をもだえながら、両手で顔を覆い、俯く。

 最悪だ。本当に、もう最悪。


「陛下!忘れて!今すぐ忘れて下さい!今あったことを全て忘れて下さい!」

「何を言っているのだ?」


 無茶言っているってわかってるよ。でもね、本当にね、忘れて!今すぐ記憶をけして!お願い!

 必死にそう言う私を見て、陛下は呆れたようにため息をつく。

 ちらりと陛下の方を見れば、陛下は何故か少しだけ気落ちしているように見えた。


「あの、陛下。どうしました?なんか落ち込んでいます?」

「落ち込みもするだろう。お前からしてくれるのかと期待していたのに、結局するどころか、余の腕から飛び出していったのだぞ?」

「ちょっ、えええ!?陛下!?いったいいつから起きていたんですか!?」


 てっきり、私が腕から抜け出したところで起きたんだと思っていたのに、もしかしてその前から起きていた!?

 あ、あれはもしかして狸寝入りだったの!?


「ひ、酷い!起きているなら、そう言って下さいよ!?」

「言えば、お前はすぐ余から離れただろう」

「当たり前じゃないですか!?」


 私のその言葉に陛下は思いっきり顔をしかめる。眉間による皺がより深くなり、一気に目つき悪くなる。

 うわあ、せっかくの整った顔が台無し。と言うか正直その顔はやっぱり怖い。


「お前はどうしていつもそうなのだ」

「どうって、何がですか?」

「抵抗するにしても、もう少し可愛らしい態度があるだろう」

「はあ?」


 正直、陛下が何を言いたいのかわからない。可愛らしい態度とはなんだろう。私には全く想像もつかないんだけど。

 戸惑う私に陛下はため息をつく。


「まったく、見た目は可愛いというのに」

「え?」


 あ、あれ?今とんでもない発言が聞こえなかった?

 私は思わず陛下の方を見る。驚きのあまり言葉をなくす私を陛下は黙って見つめる。

 しかしそこで私はあることに気付いた。

 咄嗟に情けない声を上げる。それに今度は陛下が驚いた顔をする。


「どうした?」

「ど、どうもしないです!」


 私は慌てて顔を真っ赤にし、陛下から視線をそらす。

 そう、どうもしない。ただ、なんというか、寝起きの陛下って、色々胸にくるものがあって、ちょっと直視できない。

 昨日は夜着に着替える暇がなかったから、上着を脱ぎ、ワイシャツのまま眠ってしまったようだ。

 いや、それがだらしないとかそういうことを言いたいんじゃない。ただ、シャツの上のボタンが3,4個外されていて、ちらりと鍛えられた胸筋が見える。

 陛下はどんなに不機嫌で不愛想でも、顔はやはり整っている。そのうえ、どこか気だるげな陛下はなんか、いつにも増して色気がやばい気がする。

 本当にもう、直視できないんですけど!?

 陛下を見ることができず、私は床を必死に見て、心を鎮めようとする。

 だめだめ、いくら陛下といずれそういう関係になるとしても今はまだ、そうゆう関係じゃないんだから、そんな邪心なこと思っちゃ駄目。

 そう、落ち着いて。羊の数でも数えて。

 あれ、それ、落ち着く方法じゃなくて、眠くなる方法だっけ?


「おい。何故こちらを見ない」

「何のことですか?気のせいですよ!」

「なら、余を見ろ」


 見れる訳がないでしょう!?

 そんないつも以上に色気をはなっておいて、直視なんてできるかって!


「それはちょっと」

「命令だ。見ろ」


 もう!陛下はいつだって、そうやって、すぐ命令だって言って!

 いいですよね!権力があるって!

 仕方なく、私はおそるおそる陛下に視線を送る。陛下は黙って私を見つめ返す。

 なにをそんなに見る必要があるのだろうか。そんなに見たって面白いことなんて何にもないですよ?

 そう思っていると不意に陛下が動く。何だか嫌な予感がした。

 そして、その予感通りと言うべきか、陛下はベッドまで移動すると私を乱暴にベッドへ放る。


「ちょおおお!?」


 いやいや、いくら何でも雑でしょう!?ベッドに顔面から落ちたんですけど!?

 そりゃあ、柔らかいし、大したダメージにもならないけど、でももっと優しく下ろせたでしょうが!?

 抗議しようと私が顔を上げた同時に今度は陛下がベッドへと寝転ぶ。

 そう、私の隣に。

 な、何で陛下も隣に寝るかな!?もう、起きたんでしょう!?寝る必要ないじゃないですか!?

 荒れ狂う私の心中など知ってか知らずか、陛下は無愛想なまま私を見つめる。そして無言で片腕を広げる。


「うん?」


 えっと、なんです?これ?

 私は訳が分からず、陛下を見る。陛下は何も言わない。黙って私を見ながら、ただ腕を広げる。

 え、なに、これ。私にどうしろっていうのよ?

 とはいえ、そのまま無言で見合っていてもらちがあかない。仕方なく、私は陛下におそるおそる尋ねる。


「えっと、陛下?それはいったい」

「来い」

「はい?」

「ここに来い」


 そう言って、陛下は広げた片手をわずかに上げる。

 えっと、つまり自分の腕の中に来いってそう言っています?

 そのいかにも不機嫌な顔で?

 こっちを射殺すんじゃないかと思うほどの鋭い眼差しを向けながら?

 本気でそう言っています!?

 どうしよう。すっごくいきたくないわ。前々から思っていたけど陛下って時々顔と行動が全く合ってない時があるよね。


「えっと、それって命令ですか?」


 わかっていてあえて聞いてみる。

 どうせ、命令して強制的にさせられるのだとわかってはいるんだけど。無駄なあがきってやつだ。

 しかし私の問いかけに対する返答は予想していたものと違った。

 陛下は目を細め、静かに言う。


「命令ではない。余の願いだ」

「え?」

「来てくれ。頼む」


 さっきまでの威張っていた態度が一変し、少し困ったように眉を下げ、すがるように私に言う。

 そのあまりにも普段とかけ離れた言動と態度に思わず顔が赤くなる。

 そ、それは卑怯でしょう!?なんでそんな顔で、そんなこと言うのよ!?そんなふうに言われたら断れないじゃない!?

 恥ずかしさをぐっと我慢し、私は陛下の方へ近づく。そして、そのまま陛下に自ら抱きつき、その腕の中に収まった。

 これでいいんでしょう!?

 そう思って陛下を見れば、陛下は満足そうに笑い、私を抱きしめる。

 相変わらず、その抱きしめ方は少し強い。でも前に比べて痛くはない。

 きっと私が痛くないように配慮しているのだろう。


「レティシア……」


 耳元で名前を囁かれる。甘く響く声。

 思わず背筋にぞくりとしたものが走る。


「陛下、あの……」


 私が何か言う前にそっと顎に手が添えられ、顔を持ち上げられる。近づく顔。

 あ、キスされる。

 私はぎゅうっと目を閉じた。

 互いの唇が触れる、その寸前。そんな甘い空気を壊す様に部屋の扉が無遠慮に叩かれた。

 思わず私は目をあけ、陛下から慌てて離れる。陛下は静かに私を見つめ、苦々しげに小さく呟く。


「時間か」

「え?」


 時間とはなんの?

 そう思っていると陛下は私から離れ、ベッドから出る。


「入れ」


 陛下がそう言うと同時に扉が開く。入ってきたのは使用人ではなく見覚えのある人だった。そう何度か会ったことがある、あの宰相様だ。

 陛下に何か用事でもあったのだろうか。

 そう思って見ていると、宰相様は丁寧に礼をする。


「失礼します。陛下が時間になっても執務室に来られない為、伺いましたが」


 そこまで言いかけ、宰相様が顔をあげる。そしてその視線が私を捉える。とたんに目を見開き、私を凝視する。

 気まずい沈黙。

 永遠に思える沈黙の後、宰相様は耳をふさぎたくなる程の大声をあげる。


「陛下!!これはいったいどういうことですか!?」


 その問いかけに陛下は答えない。いつもどおりの無愛想な顔をしたまま、しれっとしている。

 前々から思っていたけど、どうやったらそこまで偉そうにできるんだろう。

 私には無理。

 宰相様も陛下に何を言っても無駄だと悟ったのだろう。その標的をすぐに私に変えた。すさまじい顔で、まるで親の敵の様に睨みつけられる。

 うわあ。すごい。私には経験ないけど、姑って、まさにこんな感じだと思うわ。

 逃げ場などあるはずがなかった。

 その後一時間にわたり、私と陛下は宰相様からお説教を受けることとなった。

 うん、全部陛下のせいだから。そう、陛下の。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。