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60.それだけは絶対に言わない


「レティシア!!!」


 あまりに大きな声に私は思わず、視線を声のした方に向ける。そこには会場から飛び出してきた陛下の姿が見えた。


「陛下?」


 そう思い、その姿を見た時、私は固まる。陛下の服に血がついている。

 いったい何で!?

 私は思わず陛下の元に駆け寄ろうと足を一歩出したその時、鋭い声が飛ぶ。


「動かないで!!」


 切羽詰まったその声に私は慌てて、足を止め、フランチェスカ様を見る。

 まずい。その目を見てそう悟った。その目は血走っていた。

 もはや冷静な判断などできる状態ではない。私はごくりと息をのむ。このままだと、いつ刺されてもおかしくない。緊張が身体にはしる。


「フランチェスカ」


 陛下は静かにフランチェスカ様を呼び、ゆっくりと近づいてくる。

 その顔は青白く、今にも倒れてしまいそうに見える。

 こんな状況ながら、私は思わず陛下の心配をしてしまった。


「王の命だ。それを捨て、レティシアから離れてくれ」


 陛下の声はいつもよりずっと大人しかった。いろんな感情を抑え、出したその声には懇願するような響きさえある。しかしそれがどうやらフランチェスカ様の思いを余計に逆なでしたようだった。

 彼女の顔が怒りで歪む。そして真っすぐと私を睨む。

 憎しみのこもった目が私に向けられる。


「貴方のせいよ!貴方さえいなければ!!」


 フランチェスカ様は短剣を握り直し、その先を私に向ける。

 陛下が足を止める。

 かなり近くに来てはいるが、その距離からでは陛下が私の元に来るよりも彼女が私を刺す方が早い。

 フランチェスカ様が私に短剣を構えたまま叫ぶ。


「今すぐここで誓いなさいよ!陛下に自分はふさわしくないと!陛下に二度と近寄らないと!陛下のことは諦めると!さもないと!」


 血のついた短剣が光る。私はそれを静かに見つめ、それから陛下を見る。

 陛下の顔は恐怖で歪み、すがるような顔をして私を見ていた。

 わかっている。今、彼女を刺激するべきではない。彼女の言う通りにするべきだ。そうわかっている。

わかっているけど。

 陛下を諦めろだって。

 私は思わず笑う。そんなことは死んでもありえない。

 私は真っすぐとフランチェスカ様を見た。そして挑むような笑みを浮かべてみせる。


「諦めろですって?嫌よ」


 その場にいた全員が息をのむ。フランチェスカ様の目が見開かれる。それでも私は止めない。


「例え誰になんと言われようと何をされようと私は絶対に諦めない!」


 そう例え、嘘であってもそんなことは口にしない。いや、したくない。

 その人を前にそんなこと絶対に言わない。私は声を張り上げる。


「その人は私の夫になる人なの!」


 そう、王ではない。陛下は私の夫になる人だ。

 その人を譲る気なんてこれっぽちもない。


「やれるもんならやってみなさいよ!何があってもその人の隣は譲らないわ!!」


 私がそう言い切った時、フランチェスカ様の目にはっきりと狂気が浮かんだ。そしてそのまま、叫びながら私に短剣を刺しに来る。

 それと同時に、陛下が「やめろ」と叫び、私に駆け出す。

 短剣が私の元に届く、そのわずかな刹那。その一瞬に私は必死に頭を高速に動かす。

 どうすればこの状況を抜け出せるか、どうしたら無事に逃げることができるか、どうしたら刺されずにすむか、何が私にできるか。

 私ができること。それは、料理に畑仕事に運動に。そこまでいきあたって、私は必死に自分の中の知識を探る。

 何か使えるもの。そう例えば、スポーツとか。

 不意に浮かんだその考えに私ははっとする。そうだやってきた。ずっと前世で散々やってきたことだ。

 短剣が迫る。必死に私は考える。

 さすがの私も護身術なんてものは覚えていない。じゃあ、ボクシングとか、この状況で相手を殴るのは厳しい。空手も少し難しいかも。剣道は竹刀がないし。

 そうこうしているうちに短剣はもう目の前だった。

 その時、私の頭にひらめきが走る。

 これだ!!

 フランチェスカ様が短剣を私に向かって突き出す。それを私は全力で避けた。左肩に衝撃が走る。

 たぶん、当たった。しかしそんなこと気にしていられない。

 私はフランチェスカ様が突き出した右手を自分の左手でつかむ。そしてフランチャスカ様の胸ぐらをつかむと上半身を崩し、そのまま思いっきり彼女が前に出していた足を払った。

 フランチェスカ様の身体が崩れる、そのまま私は彼女を地面に力いっぱいたたきつける。

 一本。審判がいれば間違いなくそう叫んだ。

 私は内心ガッツポーズをとる。これを習い始めた時、後輩に引かれたがやはりやっておいて良かった。

 そう思ったその時だった。左肩に鋭い痛みが走る。


「いたっ」


 痛みに顔をしかめ、その傷を見て、私は固まる。左肩から血があふれ出ていた。私は顔を青ざめる。

 全然よけれてないじゃん!?めちゃくちゃ当たってるじゃん!?一本が決まった事に満足している場合じゃなかった!痛いめちゃくちゃ痛い!

 そう1人で焦っていたその時、誰かに私は後ろから抱きしめる。それが誰かなんて見なくてもわかった。


「レティシア!!」


 近くにいるにも関わらず、陛下は大声でそう呼んだ。耳が一瞬きんとしたが、それが今は嫌ではなかった。陛下は私を抱きしめ、自らのスカーフを素早く、引く抜くと私の左肩にきつく結びつける。

 陛下だ。陛下がいる。その事実に安堵する。

 力が抜け、陛下によりかかえる。陛下は黙って私の身体を強く抱きしめた。

 ツヴァイ達が駆け寄り、フランチェスカ様を捉える。泣き崩れるフランチェスカ様を騎士たちが引きずるようにして連れていく。

 終わった。やっと終わったのだ。私は生きている。

 そう思っていると陛下が私を抱き上げ、横抱きにする。


「医者を呼べ!」


 そう叫ぶとそのまま私を運ぶ。その際に、ちらりと陛下の顔が見える。そして私はその顔を見て固まる。

 悲痛に歪んだ顔。陛下は今にも泣きだしてしまいそうな顔をしていた。

 私は何も言えなかった。そんな顔にさせてしまったのは他でもなく私だ。

 かける言葉が何も見つからなかった。


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