59.舞台の幕が上がる時
「それで話ってなにかしら?」
会場内から外に出て、すぐ近くにある中庭に私達は来ていた。
会場からはそう遠くない位置である。もしも陛下が心配して見に来たとしても、中庭まで来ればすぐに私達を見つけるだろう。
私は目の前に立つフランチェスカ様を見る。
少し彼女との距離を空けているのは万が一のことを考えてだ。私の後ろにはツヴァイ、ラルフ、クライドの3人がすぐそばに控えている。
まあ、さすがに騎士が3人もいれば、令嬢1人で何かができるとは思えないけど。
フランチェスカ様は意を決したように、私を真っすぐ見る。
「姫様。私の完敗ですわ」
「え?」
「私、嘘をついていましたの。陛下に寵愛されているなんて嘘、私がいくら誘っても、陛下は私のことなど見向きもされなかったです」
そう言ってフランチェスカ様は悲し気に微笑む。
この前の姿から本当に想像つかないほどの変わりようだ。いったい何があったというのか。そんなに陛下に拒まれたことがショックだったというのか。それとも。
「貴方がねたましくて、ずいぶんと嫌なことをしてしまいました。本当に申し訳ありません。どうか、謝罪をさせて下さい」
フランチェスカ様はそう言って、また頭を下げる。それに私は慌てて手を振る。
「べ、べつにそんな謝罪だなんて」
私がそう言ってもフランチェスカ様は頭を上げない。何度も何度も謝罪の言葉を繰り返す。見れば、その身体は震えていた。
本当に申し訳ないと思っている様に感じられた。
「もう、いいですから」
そう言って、私がフランチェスカ様を止めようとしたその時、ツヴァイが私の肩をつかむ。
「ツヴァイ?」
私が問いかけてもツヴァイはこちらを見ない。彼はフランチェスカ様よりも、更に後ろを見ていた。そこには手入れの行き届いた木々と茂みがあるだけだ。だというのにツヴァイの顔は厳しい。
どうしたのかと思って見ると、不意にツヴァイが声を発する。
「姫様!下がって!!」
そう叫んだその瞬間、茂みや木々の間から誰かが飛び出してきた。黒づくめの見るからに怪しい男達。
剣を持っているということは騎士なのだろう。彼らはあっという間に私達に迫ってくる。
侵入者だ。そう思った時、ツヴァイとラルフが素早く前に出る。
彼らはフランチェスカ様を通り越し、剣を持って迫ってくる侵入者達と対峙した。
「きゃああ!」
突然の侵入者の姿にフランチェスカ様が悲鳴を上げる。
普通の令嬢なら当然だろう。がたがたと身体を震わせ、うずくまる彼女を見て、私は慌てて彼女の元に駆け寄る。それにクライドが着いてくる。
「クライド!フランチェスカ様と姫様を守れ!」
ツヴァイが侵入者の剣をはじきながらそう言う。クライドはそれに「はい」と大きな声で返事をし、自らの剣を抜き、私とフランチェスカ様の前に出る。
「大丈夫?」
「はい。すみません、姫様」
フランチェスカ様は怯えながらそう私に謝る。顔色が悪い。もちろん怖いのは彼女だけではない。私もだ。
怯える彼女の前だから私は平気な顔をしているが、内心はどうしようもなく怖かった。
私は前で戦う2人を見る。ツヴァイとラルフはさすが王室騎士だけあって、強かった。自分たちの倍以上いる侵入者をたった2人でどんどん斬り捨てていく。
刃が当たり、人から血があふれ出す。初めて見る、人が死ぬ光景。
思わず目を背けたくなるのを私は必死に耐える。
もちろん見ていて気分がいいものじゃないし、できれば見たくない。でも、そこには私を守る為に自らの命を張って戦う人達がいる。
彼らから目を離したくなかった。
お願い、早く終わって。どうか2人とも無事でいて。
その願いが届いたのかわからないけど、しばらくしてそれは終わった。
ラルフが最後の1人を斬り捨てる。断末魔の叫びが聞こえ、最後の1人が倒れた。
あたりは水をうったような静けさに包まれる。
ツヴァイとラルフを見る。彼らは返り血で汚れてはいるものの無傷だ。それに私はほっと安堵する。
よかった。守られる立場だとわかっていても、誰かが自分を守ろうとして傷つくことには未だに慣れない。
陛下はずっとそういう立場だったのだと考えると改めてその大変さがわかる気がした。
私はツヴァイとラルフにお礼を言おうと彼らに近づこうとした、その時、クライドが大きな声を出した。
「姫様!!危ない!!」
クライドが私の腕を引く、そして私の前に出る。
何が起きたのかわからなかった。しかし、次の瞬間、鈍い音がし、クライドが崩れ落ちる。
わき腹から止めどなく流れ落ちる赤いもの。血だ。
「クライド……」
頭が真っ白になる。脇腹を抑え、うずくまるクライド。
そしてそのすぐそばには短剣を握りしめるフランチェスカ様の姿があった。
「クライド!!」
ラルフが叫び、クライドに駆け寄ろうとする。しかしその前にフランチェスカ様が叫ぶ。
「来ないで!少しでも近づけば、今度はそこの姫様を刺すわよ!?」
フランチェスカ様のその声にツヴァイもラルフも足を止める。
そこで私ははっとして、すぐにクライドの元へ駆け寄る。
「クライド!大丈夫!?」
「姫様大丈夫です。下がって」
クライドはそう言って、刺されてもなお私を守ろうと、庇うように前に出る。
傷自体はそこまで深くはない。しかし血は流れ続けており、このままではクライドの命にもかかわってくる。クライドの顔が徐々に白くなっていく。
私のせいだ。私の。
唇を噛みしめる。こんなことになるなんて。
「立ちなさい!こっちに来て!さもないと!」
そう言って、フランチェスカ様は私に向かい短剣を見せる。
私は黙って立ち上がる。「姫様」と力なくクライドが止めるように声を出す。後ろからツヴァイも「姫様!!」と叫ぶ。それでも私はやめない。
立ち上がるとフランチェスカ様の言う通りに近づく。
「こっちよ!こっちに来て!!」
そう言って私の腕をつかみフランチェスカ様は足早に横へと移動していく。私はそれについて行く。ラルフとツヴァイとの距離が空く。すかさずラルフはクライドに駆け寄り、クライドの傷を止血する。
ツヴァイは私たちをじっと見ている。その表情は厳しい。それだけ緊迫した状況なのだろう。
しばらく移動してからようやくフランチェスカ様が足を止め、私の腕を離す。
私と彼女は向かい合うように立つ。私の後ろにはツヴァイ達がいる。彼らがどんな顔をしているかは見えないけど、この状況で助けにくるのは難しいだろう。
時間だ。時間さえ稼げばきっと陛下が来てくれる。
そう思い、私は自分の心を落ち着かせる。
怯えては駄目だ。相手がことを起こしてしまうかもしれない。できるだけ、冷静に、できる、私なら。
そう自分に言い聞かせ、逃げ出したい気持ちを抑え、私は静かにフランチェスカ様を見た。
「貴方は自分が何をしているのかわかっているの?」
王妃候補である私に剣を向けるなんて。極刑だってあり得るくらいの重罪だ。それをフランチェスカ様だってわかっているのだろう。その顔が歪む。
「うるさい!貴方が!貴方がいけないのよ!貴方さえいなければ私が王妃になっていたのに!?私が陛下に愛されていたはずなのに!?」
とんだ八つ当たりである。そんなの実際やってみないとわからないだろうに。
「私が今までどれだけ苦労してきたかわかる!?王妃になる為に、あらゆる教育を受けて!ずっと耐えきてきたのに!それなのによその姫君にその座を奪われるなんて!?」
その気持ちは確かにわかる。
彼女は公爵令嬢である。もしも私と陛下の婚約の話がでなければ、確かに王妃の座につけていたかもしれない。
でも。
「そうよ!私こそが王妃にふさわしいのよ!それなのに陛下は私を拒んで!貴方に騙されているのだわ!私よりも貴方がいいなんてありえないわよ!」
そう言ってフランチェスカ様は私を責める。その様子を見ながら、私は静かに問いかける。
「貴方は王妃になりたいの?それとも陛下の隣に立ちたいの?」
「何を言っているの?どちらも同じでしょう?」
私の質問の意図がわからず、フランチェスカ様が馬鹿にした様に笑う。それを見て、私は確信する。
この人は私と違うと。
「確かに私がいなければ貴方は王妃になっていたかもしれない」
そう、その可能性は十分にある。陛下だって、最初は王妃なんて誰でも良かったはずだ。だからこそ会ったこともない隣国の姫君を王妃にしようとしたのだ。
「でも貴方が陛下に愛されることはないわ」
それだけは確実にわかる。陛下を、あの人を王としてしか見られないのであれば、あの人がその気持ちに答えることはないだろう。
私は恋愛がしたかった。誰かを好きになって、誰かに好きになってもらいたかった。でも相手は陛下じゃなくても良かった。
陛下に王という地位がなくても、騎士だろうが商人だろうが平民だろうが何でも良かった。
ただ、結婚相手が陛下だったから、私は陛下に好きなってもらおうと、好きになりたいと努力した。だから、私は陛下が王でなくてもいいし、陛下が王だからと言ってどうも思わない。
むしろ陛下は好きだけど、王妃にはできればなりたくないと今でも実は思っている。
そう、ようは逆なのだ。
フランチェスカ様は王妃になりたい。だから陛下に愛してほしい。じゃあ、陛下がもし王でなかったら、彼女はいったいどうしたのだろう。
陛下が王でなくなったら、それでお終いなのだろうか。
そんな思いで私と張り合うとするのがそもそも間違いだ。
私は陛下がある日、王を辞めて、農家になると言い出しても止めもせず、一緒について行く。
陛下が好きだから。陛下と一緒に例えどんな人生だって一緒に送りたいと思う。陛下がそうしたいと望むならそうできるように頑張る。それが夫婦というものだと思っているから。
でもある意味でフランチェスカ様は間違っていない。
この世界ではその考え方の方が普通なのだ。好きかどうかよりも相手との結婚のメリットの方を考える。この世界での結婚ではそれが普通だ。
しかし、それは私のしたい結婚ではない。
フランチェスカ様が王妃になる為にどれほど頑張ったか私は知らない。でも、私だって陛下に好きなって貰うためにどれだけ頑張ったか。
そして私のこの思いは絶対に彼女に負けないと言い切れる。
「フランチェスカ様、貴方は私に勝てないわ。例えどんな手を使っても」
私がいなかったら、陛下は確かにフランチェスカ様を王妃にしていたかもしれない。しかしもう私がいる。
そして私は陛下を好きになり、陛下も好意を返してくれた。もはや王妃になれる可能性はほぼない。
「フランチェスカ様、貴方は賢い方なはず。このことが公になれば、どんな罪にご自分が問われるかわかるでしょう?」
私の問いかけにフランチェスカ様の身体が震える。彼女はわかっている。だからこそ、今ならまだ間に合う。クライドは傷を負ったが、生きている。私はまだ傷ついていない。今ならまだ、情状酌量の余地がある。
「剣を置いて!今ならまだ間に合うから!」
私の言葉にフランチェスカ様の目が迷うように揺らぐ。このままなら、いけるかもしれない。そう思ったその時、聞き慣れた大きな声が私を呼んだ。




