58.絶対に失えない物
ギルベルトが気づいた時、既にレティシア達の後ろ姿ははるか遠くにあった。思わず目を見張る。
あれほど会場内から出るなとそう言っておいたのに。
ギルベルトは内心舌打ちをする。そしてすぐさま話をきり、その場から立ち去ろうとした。
しかし、それを相手は許さない。
「陛下。どうされましたか?」
そう言って、フォルト公爵はギルベルトの前に立ちふさがるように立つ。
本来王に対して、許される行為ではない。しかしフォルト公爵ほどの男であれば、その程度のこと何でもない。彼の城での影響力は強く、多少のことではびくともしないのだ。
ギルベルトは忌々し気にフォルト公爵を睨む。彼がギルベルトの前に立ちふさがるのは今が初めてではなかった。
王になってから幾度となく彼はギルベルトの前にそうやって立ちふさがった。その度にギルベルトは何度もそれに耐え抜き、そうして何とか相手を倒そうとする。しかし追い詰めたと思っても、その度に彼はうまく逃げる。
こうして未だにその攻防は続いているのである。
「すまない、席をはずす」
「お待ち下さい。まだ、話が途中です」
ギルベルトは早くレティシアの元に行きたいが、それをフォルト公爵が許さない。
今すぐ無理やりにでもレティシアの元に行きたい。そう心の底から思っているのに、王としての自分がそれを許さない。
あまりの歯がゆさにギルベルトは思わず、奥歯を噛みしめる。
そんなギルベルトの様子にフォルト公爵は気づいているのか。彼は笑顔のまま口を開く。
「そんなにあの姫君が気になりますか?」
その一言にほんの一瞬、ギルベルトは固まる。
すぐにフォルト公爵を睨むが、彼は変わらず笑顔を浮かべている。
昔からそうだ。ずっと彼はそうやってギルベルトを見ていた。王となる自分が崩れ落ちるのを楽しむように。
「……どういう意味だ?」
ギルベルトは内心にある怒りや憎しみに近いものをなんとか抑え込み、いつもの声と表情で言う。
「いえ、陛下が誰かにそこまでご執心するのは初めてだったもので」
フォルト公爵は悪びれもなくそう言って笑う。
ただでギルベルトをレティシアのもとに行かせる気はないのだろう。オーランドが鋭い視線をフォルト公爵に向ける。
どうすればこの場からうまく抜け出せるか、策を考えていたまさにその時だった。ギルベルトの表情が崩れた。
「フォルト」
怒りが滲む、低い低い声。その表情は憤っており、はっきりとした敵意が見えた。
それを見て、フォルト公爵は思わず笑みを深める。
「何でしょうか?」
「お前が余をどう思うが構わないが、あれに何かしてみろ」
「どうするというのですか?」
フォルト公爵はそう言い、初めて笑みを崩した。嘲るようにギルベルトを見る。
「陛下。大切な物なら常に手元に置いておくべきですよ。常に、ね」
その一言を聞いた時、ギルベルトの背にぞくりと冷たいものが走る。
最悪の展開が脳裏に浮かぶ。はっとして見れば、既に会場内にレティシアの姿はなかった。
「レティシア……」
ギルベルトはもはや居ても立っても居られなかった。目の前にいるフォルト公爵を力尽くで押しのける。そして、そのまま人目も気にせず、彼女を探しに行こうとした、その時だった。騎士達の鋭い声が上がる。
「侵入者だ!!」
それは本当に突然のことだった。いったいどこから入り込んだのか、見慣れない男達が剣を片手に会場内に入ってきた。
周りの貴族達が悲鳴を上げる。しかしそんな貴族達に目もくれず、侵入者達はギルベルトに向かって斬りかかろうとする。
「っ!」
ギルベルトは一瞬で状況を理解した。
腰に下げていた剣を抜く。斬りかかってきた侵入者の剣をはじく。ギルベルトは無論、万が一のことに備え、騎士同様の訓練を受けている。またその実力もある。
最初に襲い掛かってきた侵入者をギルベルトはいともたやすく切り捨てる。
しかしすぐに次が来る。次の攻撃に備えようとした時、侵入者が次々と倒れいく。見れば、カインが剣を抜き、素早く侵入者を斬り捨てていた。
あっという間に半分以上が倒れる。更に騎士達が加わり、数分もせず、侵入者は全員斬り殺された。
「陛下!大丈夫ですか!?」
カインはギルベルトに駆け寄り、その身体に傷がないか確認する。もちろん傷はない。
「問題無い」
ギルベルトは短くそう答え、剣をしまう。すぐに「陛下!」と自分を呼ぶ声がする。見れば、オーランドだった。オーランドはギルベルトの元にくると再度傷がないか確認する。
「陛下!お怪我は!?」
「ない」
ギルベルトのその答えにオーランドは心底安堵したような顔をする。しかしそれも一瞬で、すぐに厳しい表情に戻すと周りにいた騎士達を睨む。
「何をしている!賊の侵入を許すとは!?」
そう怒鳴りつけるオーランドをしりめにギルベルトは必死にレティシアを探す。しかし、その場のどこにも彼女の姿がない。
「レティシアはどこだ?」
「え?」
「レティシアはどこだ!?」
声を我慢することができず、ギルベルトは大きな声でそう言った。その声に周りがびくりと身体を揺らす。
慌てて周りに視線をやるが、どこにも彼女の姿はない。途端に周りの騎士達の表情が凍る。
「姫様はどこだ!?」
「さっきまでそこに!?」
慌てて探し出す騎士達を見て、ギルベルトは唇をかみしめる。
激しい憤怒。それを何とか抑え込み、走り出そうとした時、カイン達に慌てて止められる。
「いけません!陛下!」
「離せ!」
「まだ侵入者がいるかもしれません!」
「どけ!」
「陛下!陛下の命は貴方だけのものではないのですよ!?」
カインのその一言にギルベルトは動きを止める。
そうだ。王ならば自らの命を危険にさらすことはできない。今は安全な場所へ避難すべきだ。頭ではそうわかっている。王である自分がそうすべきだと言っている。
しかし、そうしたら彼女はどうなる?たった一人の自分の大切な彼女は?
そう思ったその時だった。
「陛下」
彼女の声が聞こえた気がした。
その瞬間、ギルベルトは止めるカインの腕を力強く振り払う。そして止める周りを気にもせず、走り出す。すぐに「陛下」と次々に自分を呼び止める声が上がる。しかしギルベルトはそれらをすべて無視した。
彼は王である。絶対的な王。そう自らもずっと思っていた。それでいいと自分に言い聞かせてきた。
しかし、このおよそ半年間。レティシアと出会いギルベルトは変わった。
彼女はギルベルトを見る。いつだって彼自身に言葉を投げかける。そんな彼女と接するうちにギルベルトは彼女の前では王でいることを止めた。
それがどれほどギルベルトにとって幸福な時間だったか。
それまで彼を苦しめていた王という枷からその一瞬だけ、彼は開放されることができた。
ギルベルトの中で彼女はいつの間にかなくてはならない存在になっていた。そんな彼女を失う。
王である自分がいくら言おうとも、それだけはギルベルト自身が許せなかった。
「レティシア!」
彼女の名前を出せるだけの声で呼び、必死になって探す。そして彼女を見つけた時、ギルベルトは戦慄した。




