57.思わぬ再会
陛下は私に言った言葉どおり、ほとんど私のそばにいた。
挨拶するからとその場を離れても、誰かが私のところにやって来ると、まるで見ていたかのようにすぐに私の元に戻ってきて、その相手との会話に割って入った。
まあ、私としては自分が話すよりも陛下が話してくれる方が楽なので、にこにこと笑いながら話を聞いていた。
そうやってどれぐらいの時間が過ぎただろう。とある男性が私と陛下の元へやって来た。
「陛下、ご挨拶を申し上げます」
そう言って、体格の良い銀髪の男性が笑う。
かなり豪勢な身なりをしているのでおそらく位の高い貴族だろう。それにその顔には見覚えがあった。
確か舞踏会の日にも挨拶に来ていた人だ。何となくその話し方や雰囲気が前世の仕事の取引先の上司によく似ていたので覚えている。
とはいえ、名前までは覚えていない。誰だったかな。
私が困っていると、陛下が黙って、私の前に出る。
「陛下?」
まるで私を庇うように陛下は私を自分の後ろに隠す。今まで誰かと話す際にこんなことをしたことはなかった。
驚いて陛下を見たが、陛下は無表情のまま目の前に立つ男を見ている。その目はいつになく厳しい。
「フォルト公爵か」
「はい」
公爵様だったらしい。
彼は私の方を見て、にこりと笑う。それを見て、私は少し感心する。
この人、笑うのがとてもうまい。
通常、社交辞令の笑顔は見ればなんとなくわかるものだ。しかしその人の笑みは違う。相手にいい印象を与えられるように考えられた、その笑みは全く違和感がない。本当に笑っているように見える。
もしも陛下があからさまに警戒しなければ、私はおそらく普通に接してしまっていただろう。
「姫様もお久しぶりです。舞踏でお会いした以来ですね」
「ええ」
当たり障りない会話。本来なら気にもとめないはずだが、どうも空気が張り詰めている気がする。
公爵様は相変わらず笑っている。そして陛下も厳しい表情を崩さない。
「どうでしょう。できれば未来の国王夫妻と少しだけでもお話をと思って来たのですが」
公爵様はそう言って、陛下と私を見る。しばらく沈黙が流れる。陛下を見れば、何か考え込んでいるようだった。しばらくして、陛下は私の方を向き、そっと小声で私にだけ聞こえるように呟く。
「レティシア、お前はここにいろ」
「え?」
「いいか、絶対に会場内から出るな。余の目の届く位置にいろ」
「わかりました」
私がそう答えるやいなや、陛下は私から離れる。そして公爵様を真正面から睨む。あからさまなその態度にも公爵様は笑顔を一切崩さない。
それが逆に怖く感じられた。
「これは今日体調が悪い。今夜は余が1人で相手しよう」
「そうですか。それは残念ですね。ぜひ、王妃様とお話をしてみたかったのですが」
そう言って、公爵様は私の方を見る。私が何か言う前に、陛下が鋭い声で言う。
「余が相手では不服か?」
「まさか。陛下に相手して頂けるなんて嬉しい限りですよ」
陛下はそれを了承と受け取ったのだろう。黙って移動する。陛下の後に宰相様が続く。そして公爵様は私に別れの挨拶をすると陛下達に続き、立ち去る。
私はその後ろ姿を静かに見送った。
3人がいなくなってから、私はツヴァイ達の方を見る。クライドはいつもどおりだが、ラルフとツヴァイの表情は硬い。やはりあの人に何かあるのだろうか。
私は周りに聞かれないようにそっと尋ねる。
「あの人がどうしたの?」
「フォルト公爵は貴族派の筆頭なんです。いわば陛下をよく思わない上位貴族の代表みたいなものでしょうか」
「え?」
その答えに私は驚くと同時に納得する。
だから陛下はあんなにもあからさまに態度を変えたのだろう。陛下をよく思わない上位貴族と言えば私の命を狙っている人達だ。
その中の筆頭だなんて、そりゃあ、陛下がわざわざ私から遠ざけようとした訳だ。
「まあ、本人が直接手を出すことはないでしょうがね」
ツヴァイはそう言うと、苦笑する。
どうやら一筋縄ではいかないようだ。私は遠くにいる陛下を見る。陛下は無表情のまま公爵様と何か話していた。
「大丈夫かな?」
その顔が何となく無理しているように見えて、思わずそう聞いてしまう。それにツヴァイは笑って答える。
「大丈夫ですよ。陛下は慣れていますから」
話を聞くとフォルト公爵が貴族派の筆頭になって、もうずいぶん長いらしい。陛下はその度に彼と表からでは見えない攻防を繰り返しているらしい。
あんまり無理しなきゃいいけど。
そう思って見ていると、ラルフが近寄る。
「姫様、何か飲み物でも持ってきましょうか?」
たぶん気分をわざと変えようとしてくれたのだろう。
ラルフは優しい笑みを浮かべて、私を見る。それに私は頷く。
そうだ。私が心配したところでどうにもならない。大丈夫。陛下は強い人だから。これぐらい自分でどうにかできるだろう。
あとは私が陛下に心配かけないようにここで大人しくしていればいい。
私がそう思っていると、見覚えのある令嬢が私の元へとやってきた。
「レティシア様、こんにちは」
そう言って彼女は令嬢らしく綺麗にお辞儀する。
この前、舞踏会で会った時とはまるで違う。まるで陛下の前の時のようなお淑やかなそれに私は目を見張る。
「フランチェスカ様ですよね?」
「覚えて頂けて光栄ですわ」
そう言って、フランチェスカ様はとても可愛らしい笑顔を浮かべた。
まるでこの前話した時とは別人だ。あの時のようにこちらを嘲るような様子は一切ない。それに今日は何故か1人だ。取り巻きがいない。いったいどうしたんだろう。
「レティシア様にお話したいことがあるのですが、少し宜しいでしょうか?」
私が答える前にラルフが素早く前に出て、答える。
「申し訳ありませんが、本日、姫様はお忙しい身。お話はまた後日にして頂きたい」
ラルフがそう言うとフランチェスカ様は目に涙をため、傷ついた表情をする。
やめてよ。そんな顔されると何だかこっちが悪いことしているみたいじゃない。
「どうしても婚儀の前の今だからこそお話したいのです。もし2人きりが無理ならば、もちろん護衛の騎士様達とご一緒でも構いません。ただ、陛下の前では」
どうやら、陛下の前で話したくないらしい。とはいえ陛下だってずっと遠くにいるんだから、ここでいくら話しても聞こえはしないと思うんだけど。
「お願いします!この前の無礼はお許しを!どうか少しだけ、ほんの僅かな時間だけ、どうか謝罪のお時間を下さい!」
そう言ってあのフランチェスカ様が私に頭を下げる。
予想外の行動に私は言葉をなくす。まさか、あんなに高飛車だった人がこんなふうに素直に頭を下げるなんて。
ここまでされて、話を一切聞かないだなんて、何だか悪い気がする。
私はちらりと陛下を見る。陛下はまだ公爵様と話している。こちらを見ている様子はない。
少しぐらいなら大丈夫かな。もしかしたら重要な話かもしれないし。
そう思って、私はとうとう折れてしまった。
「……わかったわ。そのかわり少しの時間だけよ」
「ありがとうございます!」
「姫様!」
ラルフの鋭い声が飛ぶ。何を言っているんですかとその目が私を責める。それに私は申し訳ないと思いながらも、答える。
「少しだけよ。それにもしもの時はラルフ達が守ってくれるでしょう?」
「しかし!」
ラルフはまだ何か言いたげな顔をする。そんなラルフを止めたのは意外にもツヴァイだった。ツヴァイはぽんとラルフの肩を叩く。それから私の方を見ながら言う。
「姫様がそう仰るなら私はそれでいいですよ」
「ツヴァイ!?」
ラルフはツヴァイの方を信じられないとばかりに見る。そんなラルフにツヴァイは何か小声で言う。何を言ったのかはわからないが、それを聞いてラルフは渋い顔になる。
しばらくそのまま黙っていたが、やがて諦めたように「わかりました」とだけ言う。そうして私たちは移動する。
私は1度だけ陛下の方を見た。陛下は気づいていない。
ほんの少し罪悪感を抱きながら、私はその場を後にした。




