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56.嫌な予感は当たるもの


 王宮内の会場に私たち4人は着く。

 今日は夜会だ。前とは違い、入場も退場も基本的には自由である。前のように踊ることはせず、どちらかと言うと立食パーティーに近く、食べたり、飲んだりしてお話する、そんな場らしい。

 その為か、会場も舞踏会の会場より一回り小さいホールで行われていた。

 とはいえ、私は十分広いと思うけど。


「前の舞踏会とはやっぱり雰囲気が違うのね」


 会場内では貴族と思われる方々が飲み物を片手に話している。

 何人かは前の舞踏会でも見た気がするけど、しっかり覚えてはいない。何しろ挨拶する人数が多すぎた。全員の名前と顔を1回で全て覚えろという方が無理だ。

 一通り見ているとラルフがそっと私に言う。


「姫様。陛下があちらでお待ちです」


 言われた方を見れば、確かに陛下はいた。会場の中央付近で大勢の人達に囲まれている。陛下は舞踏会の時ほどではないが、今日もまたいかにも王様らしい格好をしていた。

 金の糸で刺繍された豪華な黒い服。やや控えめなデザインだが、光りの当たり具合で服の刺繍部分がきらきらと光り、遠目で見てもそれが最高の逸品だとわかる。そして、それと対照的に豪勢で派手な刺繍がほどこされたマント。他の貴族達もそれぞれ豪勢な服を着ているが、陛下の存在感が強く、周りがかすんで見える。

 陛下の他にも、見覚えのある人達がいる。陛下の隣に控えるようにいるのは前の舞踏会の時に陛下を呼びに来た宰相様だった。そしてその後ろに少し離れているのは護衛の騎士達だ。

 陛下の護衛も今日はやけに人数が多い。ほんの少し嫌な予感がした。


「それにしても陛下はやっぱり人気者ね」


 陛下の周りには貴族達がこれでもかというほど集まっている。とはいえ当の本人は全く嬉しそうではないが。

 陛下はいつも通りの愛想ひとつない、不機嫌な顔をしたまま貴族の方々と話していた。


「えっと、私、あの中に行くの?」


 私はラルフに救いを求めるように見る。ラルフは少しだけ困ったような笑い「大丈夫ですから」と言う。

 仕方なく、私はラルフに促されるまま、陛下に少しだけ近づく。

 たった数歩近づいただけだったが、陛下はすぐに私の事に気づいたようだ。話を止め、その輪から抜け出すと私の元へ一目散にやって来る。


「レティシア。よく来たな」


 そう言って、陛下は私に優しく笑いかける。遠くでご令嬢の歓声が上がった。私は思わず顔をひきつらせる。

 さっきまであんなに仏頂面だったくせに!?急にどうした!?

 そう言いたいところぐっと堪え、陛下に挨拶をする。散々教えられた挨拶だ。間違えるようなことはしない。

 しないはずだけど、私が挨拶をしても、陛下はなかなか挨拶を返してこない。

 どうしたのかと思って、顔を上げると陛下はにやりと笑った。

 嫌な予感がした。


「あの陛下?」


 余計なことはしないでと心の内で願うが、どうやらその願いは陛下に届かなかったらしい。陛下は突然その場に跪くと、私の手をとる。そして、流れるようにその手に口づけを落とす。


「え、ええ!?」


 なんでそうなった!?

 驚いたのは私だけじゃない、一気に会場内がどよめく。

 そりゃあ、そうだ!国王が跪くなんて、そりゃあこうなるよ!?しかもまたキスして!手だけど!きっと陛下にとってはただの挨拶だと思うけど!

 ご令嬢方の視線が私に刺さる。そんなに睨まないで。

 私もして欲しくてやってもらった訳じゃないから!

 私は陛下を睨む。と言っても赤い顔でいくら睨んだところで怖くも何ともないだろうけど。

 案の定、陛下はちっとも応えた様子がない。


「なんだ?」

「いえ、あの、挨拶ですよね!?そうですよね!?」

「そうだが?」


 陛下のその返答に私はほっと息をつく。やっぱりただの挨拶だ。特に深い意味はない。

 そう思って、安堵していると陛下は私の手を握ったまま立ち上がり、そっと私の耳元で囁く。


「まあ、お前以外にはしないが」

「ですよね!?」


 いや、そんな気はしていた!これをみんなにやっているのかと思って、今ちょっと引くところだった!

 でも、そうじゃないなら、やっぱりそれって特別な意味じゃ!?というか、もう用がすんだんなら手を離して!また手をつかんだままだし!?

 色々と混乱している私を陛下は何故か嬉しそうな顔をして見ている。

 何がそんなに嬉しいのか、私にはさっぱりわからない。

 そんな私達の元に宰相様がやってくる。ちらりとそちらを見れば、その顔は完全に呆れていた。

 宰相様は陛下の隣にくると、苦い顔をしたまま「陛下」と小さな声で言う。それに陛下は不満そうな顔をしたが、しばらくするとようやく私の手を離した。

 宰相様は私の方を見て、にこりと笑う。相変わらず嘘くさい笑みだ。そしてその目は全く笑っていない。


「レティシア様」

「はい」

「今日は婚儀前で陛下は他の方々とご挨拶をしなければいけませんので、姫様のそばにずっとついていることができません」


 告げられたその言葉に一瞬私は言葉に詰まる。

 陛下がそばにいない。たったそれだけのことで急に心細く感じられた。

 しかし、ここでそんなことを言えば、陛下を無駄に心配させてしまうだろう。たぶん、心配性の陛下は私以上に私のことを心配しているから。

 私は何でもないように笑顔を浮かべ、答える。


「そうなんですか」


 できるだけいつもどおりに答えたはずだ。しかし陛下は気づいた様だった。陛下は私を見て、静かに微笑む。


「大丈夫だ。できるだけ、お前のそばにいる」


 たったそれだけで。たったそれだけで私の不安は消える。

 どうやら私が想像している以上に、私の中で陛下の存在は大きくなっていたようだ。

 私は今度こそ、いつもと同じ笑みを浮かべ、大きく「はい」と答える。それに陛下もどこか安心したような顔をする。

 しばらくそうやって見合っているとわざとらしく宰相様が咳ばらいをした。それに慌てて私は陛下から視線をそらす。

 まずい。だんだん私も陛下に毒されてきた気がする。このままだと本当に駄目になりそう。

 そう思っているとツヴァイが隣に来る。


「姫様。陛下が離れても私達がいるから大丈夫ですよ」


 何気ない一言だが、それに私はほっとする。そうだ、私は一人じゃない。

 改めてツヴァイ達を見て、私は笑顔を浮かべる。


「ありがとう」


 そう言った時だった、不意に腕を引かれる。えっと思って腕を引いた相手を見ると、予想どおりというか、陛下だった。

 陛下は私を自分の近くに寄らせると何故だかすごく不機嫌そうな顔をしてツヴァイを見る。


「陛下?」


 何を怒っているか知らないけど、陛下は何故かツヴァイを睨んでいる。それにツヴァイは困ったような顔をしている。

 そりゃあ、自分の仕える国王にそんな顔されたら困るよね。私は同情するようにツヴァイを見る。


「あの、陛下?」


 どうしたんですかと尋ねると、陛下は不機嫌そうな顔をしたまま私を見る。ついさっきまではご機嫌だったはずなのに。本当に最近の陛下は感情がころころ変わって、こっちも対応に困る。


「陛下?」

「ツヴァイとはずいぶん親しそうだな」

「え?」


 まさか、それがツヴァイを睨んでいる理由?

 私は思わず周りを見る。周りは皆、呆れた様な顔をして、陛下と私を見ていた。


「陛下、やめてくださいよ。そんな目で睨まなくたって、姫様に手なんか出しませんって」

「当たり前だ!」


 陛下はそう怒鳴ると私の肩を抱き、ますます自分の方に引き寄せる。私は小さくため息をつく。

 陛下は確かに前から心配性だと思っていたけど、まさかここまでだったとは。

 とはいえ、ここで何か言っても、陛下を余計に怒らせるだけだろう。

 私は大人しく陛下の好きにさせておくことにした。


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