53.王妃になるということは
花嫁衣装の仮縫いが終わり、いつものドレスに着替えて部屋を出ると使用人が客室の一室に案内してくれた。
中に入れば、陛下と恰幅の良い男性が向かい合うように座っていた。
「これはこれはレティシア様、お初にお目にかかります。司教のグランです」
そう言って恰幅の良い男性は頭を下げる。格好からしてまさに司教様という感じだ。私は「こんにちは」と笑顔で挨拶し、陛下の隣に座る。
私が座ると「早速ですが」と言って、当日の式のことについて、司教様は話し出した。
当日は大聖堂と呼ばれるところで式を挙げるらしい。国一番の大きな教会でアルフガルト国王は代々そこで婚礼を挙げているらしい。
だいたいの流れを聞いた分では前世の結婚式とそう変わりはなさそうだった。それは本当に助かった。未だにレティシアの記憶は曖昧なのだ。今更、礼儀作法がどうとか言われても正直困る。
「それでは次に指輪の譲渡についてですが」
「指輪の譲渡?」
聞き慣れない言葉に思わず問い返す。司教様はそれに対し嫌な顔もせず、笑顔で答えてくれる。
「はい、陛下から姫様に指輪が贈られます」
「えっと、指輪の交換じゃなくて?」
「いえ、陛下から姫様にです」
「え?」
「余は自分でつける。余は王だからな」
「ええ!?なにそれ!?交換しないの!?」
どうやら前世の指輪の交換とは違うらしい。
困惑する私に司教様が丁寧に説明してくれる。
「姫様の祖国では違うかもしれませんが、この国では夫が妻に指輪を贈るのが普通でして」
「そうなんだ」
でも陛下は自分でつけるって言っていたけど。
ということは陛下の指輪はあるのだ。そのことについて尋ねると司教様がええと何故か嬉しそうに話し出す。
「陛下の場合はそうです。直系の王族は王の証として、それぞれ印を持っており、国王は更に印が彫られた特別な指輪を所持しております。もちろん陛下もそうです。その指輪を陛下がご自分の指にはめ、同じ印のついた指輪を王妃の指にはめるのです。これはいわゆる陛下の物であるという証です。王妃はその指に指輪をはめることで己の身は王の一部であるという証明になるのです」
「えっと?」
ごめん。ちょっとよくわかんない。
あんまりにも感極まったように話すから、ついつい司教様の表情に夢中になって、話の内容がさっぱり入ってこなかった。
私は助けを求めるように陛下を見る。
陛下は仕方ないという感じで、もう少しかみ砕いて教えてくれた。
「お前が王妃となった時、お前は余の一部となる。故にこの国で2番目の地位が与えられる。なぜなら、お前は王の一部だからだ。お前に逆らうということはこの余に逆らうと同義になる」
ああ、なるほど。何となくわかった。つまりだ。
「お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの。そういうこと?」
某アニメでそういうことを言うキャラがいたな。
そう思って口にしたが、当然ここではそんなの通用しない。陛下が怪訝そうに私を見る。
「なんだ?」
「べつに」
私は何事もなかったように笑顔で答える。陛下はまだ私の顔をじっと見ている。そんな私たちの様子に司教様は嬉しそうに笑う。
「それにしても良かったですね、陛下」
司教様のその言葉に陛下はようやく私から視線を外す。
「切り落とされても痛みも感じない手足より、痛む手足の方が良いでしょう?」
司教様の言葉に私は思わずえっと聞き返してしまった。
痛まない手足より痛む手足がいい?え、あれ、これ何の話なの?
私は訳がわからず、陛下を見る。陛下は気まずげな顔をして、押し黙っている。どうやら意味がわからないのは私だけらしい。
「え、痛まない手足の方が良くないですか?」
「いいえ。感じなければそこにあるかもわかりませんし、痛まなければ、その大切さもわかりません。感じたり、痛むからこそ、人は大切に、愛おしく思うものなのですよ」
司教様はそう言い、陛下の方を見る。陛下はばつの悪そうな顔をして、そっぽを向く。その顔は何故か赤い。
「えっと、手足の話よね?」
私は一人訳がわからずそう言うが、それに対し陛下は呆れたような顔をする。
「お前は本当に阿呆だな」
「ええ!?何で!?」
納得いかない。
陛下と私を交互に見て、司教様は楽しげに笑う。何故か司教様はずっと上機嫌だ。
「そして指輪の譲渡後、誓いの言葉を言い、署名をして頂き、式は終了となります」
「え、誓いのキスはないの!?」
言った後に思わずしまったと思った。
前世の結婚式では誓いのキスを行うことが多い。だからてっきりあると思っていたのだが、どうやらこの世界にはなかった儀式らしい。
陛下は訝しむように私を見る。
「なんだそれは?」
「いや、口づけのことだけど。なければないでいいです!」
私は慌ててそう言う。しかしもう遅い。陛下は少し考え込み、私の顔をのぞき込む。
「したいのか?」
「いや、したくないです!いいです!」
私は必死にそう言った。案の定、陛下は少し残念そうな顔をする。
まずい。下手なこと言って、やるなんて言い出した日には手もつけられない。大勢の前でキスなんて。そんな心臓に悪いことやらないにこしたことはない。
私は司教様に続きを促す。司教様は笑顔で続きを話してくれる。
「式が終わった後、国民に初めて王妃様の姿をお見せすることになります」
「そうなんだ」
結婚式さえ終われば私はいよいよ王妃になる。このアルフガルト王国の王妃に。果たして私に勤まるだろうか。
そう思っていると陛下は静かに言う。
「結婚した後、お前は王宮にうつることになる」
「そっか」
王妃になるといよいよ住み慣れた離宮ともお別れだ。たった半年。しかし、今までみんなといろんなことをしたあの離宮は今では特別な場所になっていた。
ちょっと残念だな。そう思う気持ちを振り払うように私は笑って、陛下に言う。
「じゃあ、陛下と前より会えるようになりますね!」
私のその一言に陛下は目を見開く。そして少し困ったような、でも嬉しそうな顔をして私を見返す。
「お前は本当にその意味がわかっているのか?」
「え?」
また何か変なことを言っただろうか。私は思わず司教様を見る。司教様は優しい笑顔を浮かべる。
「王妃様の一番のお仕事は陛下の子を産むことですから」
それは、えっと、つまり……。
それがどういうことかわかり、私は顔を真っ赤にさせる。慌てて、陛下を見れば、陛下はにやりと意地の悪い笑みを浮かべる。
「その時が楽しみだな?」
「へ、陛下!!!」
何が楽しみだ!
私は頭を抱える。
私の苦難はどうやらまだまだこれかららしい。




