52.初めて着る花嫁衣装
「これが花嫁衣装?」
最終的なドレスを見たのはこれが初めてである。
デザインじたいは前世のウェディングドレスとそう変わりない気がする。ただ想像以上に派手な感じではない。確かに上質な白い布で作られてはいるが、身体のラインが強調された比較的シンプルなデザインのドレスだ。これから飾りをつけていくと言っていたが、無駄な飾りがない分、このままでも十分美しい。
これでまだ完成形でないなら今後どうなるというのか。私は思わずごくりと息をのむ。
「すっごいわ。こんな豪勢なの、たぶん着たことないわ」
触った生地の感じからして、舞踏会のドレスよりも良い生地でできていそうだ。
まあ、アルフガルト王国はかなり大きな国だから、国王の結婚式ともなれば、かけるお金も凄いのだろう。
「こちらは伝統的なアルフガルト王国の花嫁衣装になります。デザインは手直し出来る場合がありますので何かあれば仰って下さい」
仕立て屋のお姉さんが笑顔でそう言う。
これを直させる?いや、何にも言えないわ。もう全部任せるから、良い感じに仕上げて下さい。
さすがにそうは言えなかったので私は笑顔で「お任せしますわ」と言う。それにお姉さんが嬉しそうな顔をする。
「それではご試着を」
「はい」
ここからが戦いなのよね。
私は内心ため息をつきながらも、覚悟を決める。
ルイザや使用人に手伝ってもらいドレスを着る。それからお姉さんがそれを見て、サイズが合わないところがないかチェックしていく。つまり私は暇な状態である。
やることがなくて私は鏡に映る自分の姿を見る。ドレスが良くなったことでいつもよりは女性らしく見えるが、やはりどうも華がないような気がする。
「ねえ、ルイザはどう思う?」
「とても素敵ですよ」
「お世辞をありがとう」
「どうして、褒め言葉を素直に受け取れないですか。心から言っていますよ」
ルイザは呆れたようにそう言う。お姉さんも笑顔で「素敵ですよ」と言う。
でも、よく考えて欲しい。そもそも試着中に似合いませんねとはさすがに誰も言えないだろう。
まあ、正直なところ前世で服装を褒められたことがないので、褒められると逆に照れてしまって、ひねくれた言葉がつい出てしまうだけなんだけど。
「姫様どうですか?合っていないところはありますか?」
「大丈夫よ」
「そうですか。良かったです。もうじき陛下も来られますからね」
「え?」
うん、待って。今お姉さんはなんて言った?
私は思わず笑顔のお姉さんを見る。お姉さんはにこにこと笑いながら、「どうしましたか」と尋ねてくる。私はごくりと唾を飲む。
「陛下が来るの?」
声がかすれる。私の異変に気付いていないのか、お姉さんは満面の笑みを浮かべる。
「ええ。姫様の姿をぜひ見たいと」
私はすぐにルイザを見る。ルイザは明後日の方向を向いていた。
は、はめられた!
「ちょ、脱ぐ!今すぐ脱ぐわ!」
「え!?」
お姉さんの笑顔が凍る。本気で脱ごうとしだす私を見て、慌ててお姉さんや侍女達が止めに入る。ルイザはさっきから影で笑いをこらえている。
犯人はあいつだ!
私は涙目になりながらルイザを睨む。ルイザはにっこりと笑い返し、「諦めて下さい」と言った。
だ、誰が諦めるか!
私は止めにかかるお姉さんや侍女達をなんとか振り払おうとする。しかし多勢に無勢。勝ち目など最初からなかった。
「脱ぐから!今すぐ脱ぐから!」
「姫様、何を言っているのですか!?」
「そうですよ!陛下も楽しみにされていますから」
「無理無理!こんな姿見せられないって!」
「そんなことないですよ!とてもお綺麗です!」
「そうですよ!姫様!どうせ本番の日に見られてしまうのですから、いつ見られても一緒ですよ!」
「そうだけど!?」
気持ちの問題があるでしょう!?結婚式の日なら仕方ないって諦めがつくけど、まさか今日見られるなんて思ってなかったのよ!?
私と侍女達の攻防が続いていると不意に部屋の扉がノックされる。
「失礼します。陛下がお着きになりました」
「えええ!?もう来たの!?ちょ、脱がせて!お願い脱がせて!」
しかしお姉さんや侍女達は私の身体をがっちりとホールドし、動けないようにする。
私にはもはや為す術がなかった。
そうこうしている間に部屋の扉が開き、陛下が入ってくる。陛下は完全に羽交い締め状態になっている私を見て、僅かに眉をひそめる。
「何をやっているのだ?」
当然のように出てきた疑問。それに私は答えられない。
私がようやく大人しくなったことを確認するとみんが離れていく。私はできるだけ陛下の方を見ないように顔を背ける。それが気に入らなかったのか、陛下が不満げな声を上げる。
「おい、何を怒っている?」
「怒っていません!陛下が来るなんて聞いてなかっただけです!」
「余が来てはいけないのか?」
「いや、別に、その」
陛下がこちらに近づいてくる。すぐそばまで来て、私の顔を覗きこむ。私は必死に逃げるように顔を背ける。それに陛下は笑う。
「よく似合っている」
「お世辞を言っても何にもいいことないですよ!?」
「阿呆が。世辞ではない。本気で言っている」
そう言って、そっと私の頬に手を伸ばし、優しく撫でる。
「っ!?」
ただ撫でるだけだ。それ以上はない。そうわかっているけれど。こういうことをされるとどうも落ち着かない。
「よく似合っている」
「そ、そうですか」
「が、露出が多い」
「え?」
その一言に思わず驚いて陛下を見る。
陛下はむっとした顔をして、私のドレスを見ている。確かにこのドレスは胸のところまでしかなく、肩や腕がそのまま露出するデザインではある。とはいえ、そこまで気にするものだろうか。
陛下の視線を追うとちょうど私の胸のあたりを見ていた。何を見ているかは言わなくてもわかる。
気にしていたのに。
私は思いっきり陛下を睨む。陛下は一瞬、少し怯んだような顔をした。
「あの、陛下。もしかして私の胸を見ていますか?」
「そうだが?」
「ほお、つまり小さいとそう仰りたいんですか?」
「なに?」
私の問いかけに陛下は不思議そうな顔をする。しかしすぐに問いの意味に気づいたのか慌てた様子で答える。
「何故胸の大きさの話になる!?そうではない!ただ、胸のところが開きすぎだと、そう言っているのだ!」
そう言われて、私は胸のところをもう一度見る。確かに言われれば、胸のところが少しいつものドレスよりもあいている気がする。本当に僅かだけど。
でもね。わかって。もともとが小さいんですよ。
少しぐらい強調して見せないと全くないように見えるから!実際はほとんどあるようでないようなもんだから!これの何を気にしろって言うんですか!?
「あ!どうせ見せられるものがないってそう思っているでしょう!?私だって小さくてもそれなりにはありますからね!?」
私のその言葉に陛下は目を見開く。一瞬固まったかと思ったら、不機嫌そうな顔をして私に近づく。
「この阿呆が!」
そう言って、陛下がそっと私の顔に自分の顔を近づける。
え、何!?
思わずぎゅうと目を閉じる。そんな私に陛下は何もせず、そっと耳元で囁く。
「他の者に見せたくないのだ」
「え?」
低く囁くような声でそう言われ、思わず目を開ける。すぐそばに陛下の顔があった。少し切羽詰まったような顔をして、私を見る。
その顔は気のせいか、ほんのりと赤い。
「それに、その胸をどう思うかは人それぞれだ」
「それは、その、つまり陛下はどう思うんですか?」
「それぐらいで十分だろう」
「えっと、つまり小さいほうが好きだと?」
私のその問いかけに陛下は答えない。でも、答えないということはそういうことだろう。
「そうですか。へえ」
思わず顔がにやける。にやにやと笑いながら陛下を見ると、陛下は不快げに私を見る。
「なんだ?」
「つまり陛下は私ぐらいの慎ましい胸が好みで他の人には見せたくないと。そういうことで宜しいですか?」
「なっ!?お前!」
陛下が珍しく顔を赤くして私を睨んでいる。これははっきり言っていいざまだ。普段は私ばっかり恥ずかしい思いをしているのだから、少しは陛下にもそういう思いを味わってもらわないと。
私はわざとらしくため息をつく。
「全く陛下も素直じゃないですね。最初からそう言えば、私だってあんなに怒ったりしなかったのに」
「阿呆が!何故そうなるのだ!?」
怖い顔で陛下は私を睨む。しかし今の赤い顔でいくら睨まれたところで怖くはない。
いつもこれぐらい可愛げがあればいいのに。そう思いながら、私はちらりと仕立て屋さんのお姉さんを見る。お姉さんは待っていましたとばかりに出てくる。
「では肩の部分にレースなどをつけて、隠すような感じにされてはどうでしょうか?」
仕立て屋のお姉さんがそう言い、陛下の露出が多いと言う意見に対して真面目に対応してくれる。一瞬にして陛下の顔の赤みは消え、いつもの不愛想な顔に戻る。
「かまわん」
「ありがとうございます」
お姉さんにぶっきらぼうにそう答える陛下を見て、思わず苦笑する。
もう少し愛想良くすればいいのに。少なくともさっき私の耳元で囁いた人と同一人物だとはとても思えない。
その後、陛下は何が楽しいのかわからないが私の周りをくるくると回り、ドレス姿を色んな角度から見た。散々見て満足したのか、最後はまた正面にやってきて、私に優しい笑顔を見せる。
「本当に、よく似合っている」
「そ、そうですか」
改めて、言われるとなんだかな。うん、気恥ずかしいというか。いたたまれないというか。嫌じゃないんだけど、やっぱりちょっと恥ずかしい。
でも、まあ、陛下は大満足のようだ。笑顔で私のことを見ているし、よしとすべきだろう。
「陛下。この衣装気に入りました?」
「気に入ったが?」
「ならいいです」
そう言って私は陛下を真っ正面から見る。最初はあんなにも怖かった顔が今はだいぶ優しくなったと思う。
私は満面の笑みを浮かべて言う。
「デザインは陛下の好きにしていいですよ。だって、私、陛下に嫁ぐんですから」
その言葉に陛下がぴたりと固まる。
あれ?どうしたのかと思ってその顔を見るが、陛下は無表情のまま固まっている。
「あ、あれ?陛下?」
あまりに身動きひとつとらないので心配になって、陛下の顔に手を伸ばす。その手が顔に触れる前に、陛下は素早く私の手をとり、そっと口づけをする。
「へ?」
今度は私が固まった。陛下はにやりと笑って私の方を見る。
「そうか。余に嫁ぐか」
嬉しそうに陛下はそう言い、私を優しく見つめる。
顔が赤くなり、心臓がばくばくと激しくなる。
もう、すぐそうやって、人で遊んで!
私は慌てて手を振り払う。いつものならしつこいほど離さない陛下だが、今日は何か思うところがあるのか、あっさりと離した。
私は戻ってきた手を握る。陛下に触れられたところが気のせいか熱い。
「レティシア」
「何ですか?」
「着替えたら用事がある」
「え?」
用事?聞いてないけど。
そう思って、陛下を見ると、陛下は少し困ったような顔をした。
「式のことで司教より事前に話があるのだ」
「司教様?」
「そうだ」
話を聞くと、結婚式当日の儀式や流れについて聞くらしい。なるほどそれも結婚式の準備の一環ということか。
「わかりました。じゃあ、陛下は早く出て行って下さい!」
私がそう言うと陛下はあからさまに不機嫌そうな顔をした。とはいえ陛下がいたら着替えられないのだからしょうがない。
陛下は名残惜しそうに私のドレス姿を何度か眺めるとようやく、部屋から出て行った。




