51.届けられた大事な物
「ねえ、ルイザ!見て」
そう言って、私は陛下からもらった手紙をルイザに見せる。
もちろん内容を見せる気はないけど、封筒ぐらいいいだろう。とても上品な花の模様が入った封筒には丁寧に私の名前が書かれている。
「陛下って字が奇麗ね」
実はあれだけ会っているのに陛下の字を見るのは初めてである。几帳面な性格が伺える、バランスの良い真っ直ぐとした字がとても陛下らしい。
私はそっと封筒に入っていた手紙を開く。
「姫様ご機嫌ですね」
「まあね」
そりゃあ、機嫌もよくなる。
あれから数日して陛下もようやく忙しくなくなったのか、以前より頻度は低いが離宮にまた来てくれるようになった。
もちろんそれだけでも嬉しいことだけど、更にあの時の約束通り、私に手紙まで送ってきてくれたのだ。
私との約束を陛下はちゃんと守ってくれたのだ。
それがとにかく嬉しかった。
恋文を送るなんて言っていたから、どんなものがくるかと最初は身構えていたけど、手紙の内容は至って普通の手紙だ。
たわいのない世間話に始まり、王宮の様子や城下の様子、陛下の心境などが書かれている。普段会う時は、陛下はあまり自分のことを喋らないので、手紙で新しい一面が見られて楽しい。
まあ、ちょくちょく思い出したようにお前に会いたいとかいつもお前を思っているとかすこしきざな言葉が入るけど、きっと社交辞令よね。挨拶みたいなものよ。うん。
「陛下って普段は無口だけど手紙だと結構書いてくれるのね」
3枚にもおよぶ手紙の量。普段のあの口数の少ない陛下からは全く予想できない。
そんなに言いたいことがあるなら、もっと喋ってくれればいいのに。会うときはいつも私の話ばかり聞いて、そうだなと相づちばかりうっている。
ひょっとして私が喋りすぎるから?いやいや、陛下が喋るなら聞くけど、そもそも陛下が喋らないから、私が喋ることになる訳で。私のせいじゃないはず。
そう思っているとルイザが少し怪訝そうな顔をする。
「陛下は姫様と話す時は結構喋っている方がだと思いますが」
「え、そうなの?」
あれで?あれで喋っているの!?ほとんど相づちですよ!?
「でも、いつも私の話を聞いてばっかりじゃない!?」
「陛下は姫様の話が聞きたいのですよ。それはそれは嬉しそうに姫様の話を聞いていますから」
そ、そうだったろうか?
話すのに夢中で陛下がどんな顔をして聞いていたかなんて覚えていない。今度話す時はちゃんと確認しないと。
「姫様って本当に自覚がないのですね」
「え?なに?」
ルイザは私の方を見てやれやれと首を振る。
仕方ない人だ、みたいなその言い方に私は少なからず動揺する。
まさか、また前みたいなパターン?貴方以外はみんな知っていますよ的なパターンなの!?
ついこの間の王宮の噂もそうだ。
私が陛下に寵愛されているなんて噂が流れていたことを初めて知り、慌ててみんなに確認したのだけど。当然のようにみんな知っていた。
と言うか噂は知らなくても、見てればわかりますとか言われた。
当の本人の私は全然気付いていなかったのに!
「私が何を気付いていないって言うのよ?」
「さあ。でも、そういうところが姫様は可愛らしいと思いますよ」
「いきなり何!?そんなに褒めてもおやつのお菓子は増えないわよ!?」
「あー。もう、そういうところが可愛いですが、同時にとても残念です」
「ええ!?」
もはや褒められているのか貶されているのかもわからない。
ますます訳がわからなくて、私は頭を悩ます。
だいたい、そういうところって何よ。どこが可愛いのよ。その重要なところがぼやけてて全然わからないじゃない!主語はどこいったの!主語は!
私はむうと頬を膨らませ、ルイザを見るが、ルイザは全く相手にもしない。本当にルイザはもっと私を大事にしてくれても良いと思う。
そんなルイザが何故か突然あっと声をあげ、私を見る。
「ところでお返しはどうされるのですか?」
「え?お返しって?」
「もちろん手紙のですよ!?まさか返さないつもりじゃないですよね!?」
「え?あ、そ、そうね」
私は思わずひきつった笑みを浮かべる。
正直考えていなかった。
ルイザもそれに気付いたのかじっとりと責めるような目で見る。お前は人に書かせて、自分は書かない気かよ。その目はそう言っている気がした。
「か、書くわよ。返事ぐらい」
そりゃあ、そうだよね。私から欲しいって言ったのに返事がこなかったら、陛下はきっと落ち込むだろうし。
だんだんわかってきたことだけど、陛下は意外と落ち込みやすい。
ツヴァイに前に会った時に言われたけど、陛下はどうやら私が顔を怖いと言ったことを密かに今でも気にしているようだ。
言われた時は顔色ひとつ変えてなかったから平気だと思っていたのに。
これからは陛下に言う言葉ももう少し気をつけていかないと。
私はそっと陛下の手紙を見る。綺麗な字に優しい言葉。これに見合えるだけの手紙を果たして私は書けるのだろうか。
手紙をもらうことは嬉しいけど返事を書くことまでは考えていなかったな。
今更ながら少し後悔した。
「手紙ね」
前世の記憶を思い出す。あの世界では携帯電話やパソコンが普及していて、メールや電話が連絡の主流になっていたから、手紙なんてもちろん書いた経験があまりない。しかも会社関係ではなく、個人的な手紙なると全く書いた覚えがない。
私はとりあえず、会社でよく書いていた手紙の文言を思い出して言ってみる。
「拝啓、新緑の候、陛下におかれましてはますますのご清栄のこととお喜び申し上げます。こんな感じはどう?」
「ちょ、何ですかそれ。意味はわからないですけど、とっても他人行儀なのはわかりますよ」
やはり駄目らしい。私はうーんと首をひねる。
「もうすこし、こうどうにかできないのですか?」
どうにかと言われても。他人行儀すぎるって、陛下だって普段よりも丁寧な言葉遣いで書いてあるじゃない。
いつもは「そうだ」とか「ああ」しか言わないくせに。
「手紙って案外難しいわね」
読むのはいいんだけどな。書くのはな。でも返信書かないと陛下また落ち込むだろうしな。落ち込みすぎて手紙を送ることじたい止めちゃうかもしれないし。そうなると困る。
ひたすら悩み続けている私を見かねたのか、ルイザが少しだけ困ったように笑い、助言をくれる。
「いつもの感じでいいと思いますよ。陛下だっていつも姫様の感じでお手紙を頂いた方が嬉しいと思いますから」
「いつもの感じって、くだけすぎじゃない?」
「そこが姫様の良いところですから」
「そうかな」
とはいえ、もうこれ以上考えても、いい考えはでなそうだ。
うん、いいよね。こういうのは気持ちだし。陛下は優しいから、たぶん変な手紙が届いたって笑って許してくれそうだし。
私はそう思い、そっと陛下の手紙を大切に持ち、もう一度見返す。
陛下はこれを書く時どんな気持ちで書いたのだろうか。
そういうことを考えられるのも手紙の良さだ。私は嬉しくなって1人で笑う。
しばらくそうやって過ごしていたが、ふとルイザが思い出したように口を開く。
「それより姫様。本日の予定はわかっていますよね?」
「わかっているわよ。花嫁衣装の仮縫いでしょう?」
私は手紙から顔を上げる。
一気に楽しい気分が台無しだ。お姫様になるとドレスは全てオーダーメイドらしい。いちいち、身体を採寸され、服を作られるのは正直面倒くさい。
長時間ただ突っ立ていなきゃいけないなんて。
「すっごく憂鬱だわ」
私の言葉にルイザは笑顔で「何かいいましたか」と問いかけてくる。私は慌てて首を振る。
この手のことで下手に文句をいうとルイザはすぐに説教をしだすのだ。
離宮の大脱出のあと、散々説教はされたのでもう十分である。
とはいえ、今日の仮縫いはもう最終的な調整のようなもので、ドレスのデザインはだいたいできあがっている。なので、そう時間はとられないだろう。面倒なことは早めに終わるに越したことはない。
「それにしても姫様もいよいよ結婚されるなんて。本当に感慨深いですね。陛下とラブラブになるとか訳のわからないことを言い出した時は心配しましたが、まさか本当に陛下とこんな関係になられるなんて」
確かに。まさかここまでうまくいくなんて私も思っていなかった。
ただただ恋愛がしたい。そう思って始まったことだったけど。相手を好きになって、その相手からも好意を返してもらえて、本当に私は幸せものだ。
それもこれも相手が陛下だったからだろう。本当に相手が陛下で良かった。
「レティシア様、おめでとうございます」
「ありがとう。でも、まだ結婚式まで日があるけどね」
「ここまでくれば、もうあっという間ですよ」
「そうね」
そう、結婚式まであと一月。
いよいよ結婚式か。前世ではいつも誰かの結婚式に出るだけだったのに。今度はその私が結婚なんて。
本当に世の中わからないものだ。
「良かったですね姫様」
ルイザが私を見て笑う。それに私は満面の笑みで笑い返した。




