48.陛下がくれた誓いの言葉
上までつくと陛下が私を下ろした。私は下ろされたと同時にがっくりと膝をつく。
まさかこんなことになるなんて。
「あんなに努力したのに」
私の言葉が聞こえているはずなのに陛下は何も言わず、外壁へ歩いて行く。
何故かさっきの不機嫌さは消え、今度はご機嫌になっている。
この人はひょっとして私が肩を落とす姿を見て喜んでいるのではないか。
そう思い始めていたところ、陛下が手招きする。
「早く来い」
陛下にそう言われ、私はむっとしたまま、仕方なく陛下の近くに行く。
外壁に近づき、そこから見える景色を見て、私は不機嫌だったことも忘れ、思わず息をのむ。
「うわあ!」
ちょうど夕暮れ時だった。
最初に見た街も綺麗だと思ったが、夕日によって赤く染まる街々もまた違った味わいがあって、美しかった。
「夕日も綺麗ですね」
「そうだな」
夕暮れ時だからか、皆仕事を終え、家へ帰ろうとしている。多くの人々が行き交うその街を見て、私は感嘆の声を上げる。
しばらく、街をじっっと見ていたが、ふとある疑問が浮かび、陛下へ視線をやる。
「陛下は城下町に降りることってあるんですか?」
「あるが?」
「いいな。私も行ってみたいです!」
「なに?」
私の言葉に陛下は驚いたような顔をする。そんなこと言われると思っていなかったようだ。
「だって、こんなに綺麗な町ですよ?実際近くに行ってみたいと思いませんか?」
「そうか」
「今度は一緒に町に連れて行って下さい!」
あわよくば次の約束もとりつけてやろう。そう思って、言ったのだが、陛下は何故か歯切れが悪い。やはり貴族が城下町に行くと印象が悪いのだろうか。
無理ならいいですよというが、陛下が気にしているのはどうやらそこではなさそうだ。
「その、一緒に、か?お前と2人で?」
「そうですけど、駄目です?」
「いや、いい!わかった!」
陛下がそう言い、私の方を見る。その顔は夕日のせいか赤く見える。
「じゃあ、約束しましょう。はい」
そう言って小指を差し出す。今度は何の躊躇もなく陛下も小指を絡めた。
私はおきまりの歌を歌い、指を切る。
「約束しまたよ!やった!楽しみだな!」
どこに行こうかなとその時の事を考えていると陛下が突然咳払いする。
どうしたのかと見れば、何故か陛下は難しそうな顔をして私を見ていた。
「陛下?」
「レティシア。先ほどの罰則についてだが」
「は、はい!」
え、ここでくる?ここできちゃうの!?いや、そりゃあ、罰をうける気はあったんだけど、でもさあ、そんないきなりくるとは思わないでしょう!?
私は慌てて背筋を正し、陛下の前に立つ。陛下は私を見ながら少しだけ言いづらそうに口を開く。
「余の名前は覚えているか?」
「え、覚えていますよ」
あれ?罰則の話じゃなかったの?
陛下の口から出た予想外な問いかけに、私は首を傾げる。
「何故呼ばぬのだ?」
「はい?」
「呼べばよかろう」
「えっと罰則の話をしていましたよね?」
「しているが?」
これが?罰則の話と繋がっているの!?え、全然意味がわからないんだけど。
私は訳が分からないまま答える。
「だって、陛下の名前を呼ぶ人なんて全然いないじゃないですか」
「お前は王妃になるのだぞ?」
「そ、そうですけど」
とはいえ、名前を呼ぶのは少々、いや、かなりハードルが高い。
もう陛下って呼ぶのが呼びやすいし、陛下でいいじゃない。陛下だって一人だけなんだし。
そんな私の考えをよそに陛下は静かに言う。
「名前で呼ぶことを許す」
「え?」
「名前で呼べ」
「いや、そ、それはちょっと、レベル高すぎというか、ちょっと難しいというか」
「なら罰則だ。今度から呼ぶ時は名前で呼べ」
「へ!?」
罰則?これが?
何かの冗談かと思って、陛下を見る。しかし陛下の目は真剣だ。とても冗談のようには見えない。
「えええ!?それはないでしょう!?」
私は首を振り、必死に抗議する。しかし陛下はかたくなに譲らない。
「いやいや、それは予想してないって!何で!?いや、もっと他にあるでしょう!?」
「罰を決めるのは余だ。何にしようと余の勝手だ」
「いやいや、それは駄目でしょう!?」
「早く呼べ」
陛下はそう言って、私を睨む。
あれ、何か怒っている?もしかして、そんなに名前を呼ばれたいとか?いや、そんなこと急に言われてもちょっと気持ちが追い付かないというか。
「えっと、その」
何とか逃げられないかと考える。しかし、陛下は私を真っ直ぐと見つめたまま、一瞬も目をそらさず、その時を待っている。
もうどうやっても逃げられる気がしない。
「ぎ、ぎる」
陛下がじっと私を見ている。その顔がやっぱり怖い。
というか、何これ。そんなに見られると余計呼びづらいというか、余計意識してできないというか。
私はたまらず、陛下に頭を下げた。陛下が驚きの声を上げたが、私は構わず、必死に頭を下げる。
「いやいや、無理!別ので!別のでお願いします!!」
「夫婦が名前を呼びあうのは普通だと思うが?」
「それはそうですけど!」
「お前は名前で呼び合うのは嫌か?」
「嫌じゃないです!ただ、恥ずかしいというか」
顔を真っ赤にさせてそう言う私を陛下は少しだけ困ったような顔をして見る。
普段だったら、これぐらいで引くのに、今日の陛下はやっぱりいつもと違うのか、ちっとも諦めない。
しばらく呼べ、呼べないの問答を二人で繰り返す。どれだけ言い合いを繰り返した後か、陛が大きなため息をついた。
ようやく、諦めたか。そう思ったら不意に陛下は膝をつき、私に跪く。
驚く私をよそに陛下は跪いたまま、私の手を取る。
「レティシア」
「はい!?」
「式まであと少しだな」
「そ、そうですね」
いったい何の話だ?もう、今日の陛下は話が飛びすぎていて何がしたいのか全然わからない。
そう思っていると陛下は私を見上げて、微笑む。
「式が行われるその日まで、例え何があってもお前を守ってみせる」
それは誓いの言葉だった。
騎士がそうするように陛下は私にそう言うと、私の手にそっと口づけを落とす。私は言葉を失う。
まるでおとぎ話の一場面のようだった。騎士が姫君に忠誠を誓う。そんな素敵な一場面。
誰もが憧れるシーンかもしれないが、ここで私は一言言っておく。
実際やると恐ろしいほど恥ずかしいと。
もう、陛下の顔がまともに見られないんですけど!?
私はかたく目を閉じる。
「今回もそうだがお前は無茶することが多い。先ほど約束したが、お前はきっとまた無茶をするだろう。だが、今度何かする時は必ず余が来るまで待ってくれ」
続けて言われた一言はとても優しかった。本当に心の底から私を心配してくれているのだとわかる。
「余にお前を守らせてくれ。頼む」
そう穏やかな口調で陛下はそう言うとまた私の手にそっと口づけを落とす。
きっと今、目を空けると陛下は前みたいな優しい笑みを浮かべてこちらを見ているのだろう。
見たいけど、本当に見たいけど、今は無理!今みたら、絶対倒れる!
これ以上は本当にオーバーだから!恋愛初心者には高すぎるから!
「わかりました」
私はなんとかそれだけ言って、手を引こうとする。しかし手は陛下に掴まれたまま動かない。
「ここまで忠誠を誓った相手に対して、お前は名前も呼ばぬ気か?」
「うう……」
名前を呼ばないと手を離さないとでも言う気!?
もう、呼べばいいんでしょう!呼べば!
「ぎ、ぎる、べ」
そのまま言ってしまえば良かった。
しかしどうしても見たいという誘惑に勝てず、私はちらりとだけ目を開けてしまった。そして息をのむ。
陛下は私を笑顔で見ていた。それはそれは嬉しそうに。思わず、言葉が引っ込む。
「ああ!む、無理!呼べない!ちょっと練習しますから!また後日!そう、またにしましょう!」
「おい」
陛下は何か言いたげな顔をしてこちらをじっと見ていたが、さすがに諦めたようだ。またため息をつくと立ち上がり、私の方を呆れたように見る。
「仕方のない奴だな」
「う゛……」
「なら、罰はこれで良い」
「はい?」
陛下はそっと私の頬に手を伸ばす。そして顎を少し持ち上げるとそのままそっと唇を近づける。
逃げる暇なんてなかった。そのまま唇が重なる。
柔らかな唇の感触。すぐそばで聞こえる息づかい。実際唇が触れ合っていた時間は一瞬だ。すぐに陛下は唇を離し、私の顔をのぞき込む。
「大丈夫か?」
陛下の優しい笑顔がすぐそばに見えた。そして、世界が回る。
「おい!?レティシア!?」
倒れかけた私を陛下が慌てて抱き留める。
「おい、どうした?大丈夫か?」
大丈夫か?うん、それね。どうやら、ついにオーバーになったみたいです。
私は陛下の腕の中でそのまま意識を飛ばした。




