46.私が知らない王宮の噂
「レティシア?大丈夫か?」
陛下がそう優しく尋ねてきて、私の背を軽くとんとんと叩く。
私はそれに首を振って答える。
「全然大丈夫じゃないです!」
もはや恥ずかしさでどうにかなりそうだ。
てか、何で私あんなに泣いて、しかもその間陛下にずっと抱きしめてもらって、慰められるとか。
もう、顔が上げられない。
というか、陛下の胸にずっと顔をおしつけて泣いていたから陛下の服に私の涙がしみているし、へたしたら鼻水だってついているかもしれない!まずい、これはもう、顔を上げるに上げられない!
「泣き止んだか?」
「泣き止みました!そっちは大丈夫です!」
「そっちは?他に何かあるのか?」
「そ、それは、その陛下の服が……汚れて」
絶対陛下の服とかめちゃくちゃ高価なものなのに。絶対、これオーダーメードだよ。わざわざ作ったいい服だよ。それが涙と鼻水で汚れるとか、笑えない。
本当にごめんなさい。
「別にかまわん」
「いやいや、構うでしょう!?」
思わず顔を上げてしまう。そして息をのむ。
陛下は穏やかな笑みを浮かべて、静かに私を見ていた。もしもおとぎ話の王子様がいれば、たぶんこんな感じだろう。
陛下は優しく指先でそっと私の泣きはらした目を撫でる。
「少しは元気になったようだな」
そう言ってまた陛下は笑う。
本当に陛下、どうしたの!?確かに最近になって陛下は表情が前よりも出てくるようになったなと思っていたけど、それにしても今日は表情出過ぎじゃない!?いつもの倍出てない!?
顔が熱い。とういうか、もう離れたい!
なのに陛下は全然離してくれないし!ずっと抱きしめているし!
もう、心臓がもたないって!
「悪かったな」
「だから、何で陛下が謝るんですか。謝るのは私の方でしょう」
あんなに好き勝手やったんだから、本当はこんなことしてもらえるような立場じゃない。わかっているけどあまりにもこれが心地よくて、拒むに拒めない。
「確かにお前が離宮を出たことで騒動が起きたが、それ自体は実際大したことではない。すでに王宮の兵達の騒動は収まっている。離宮にも伝達が届いて、お前が無事なのも連絡した」
「陛下?」
「これは、本当はお前に言う気はなかったが、既に話は側室をもつ、もたないの話ではなくなっているのだ」
陛下のその言葉に私は思わず顔を上げる。
どういうこと?
訳がわからない私に陛下は困ったような顔をする。
「お前は王宮の噂は知っているか?」
王宮の噂?知るわけがない。
私は首を振る。それに陛下は何故か苦笑する。
「そうだろうな。王宮では余がお前を寵愛しているという噂が流れている」
「へ?」
思わずそれに、私は間抜けな声を出す。
陛下は相変わらず優しい目を私に向けたままだ。
「な、なんで!?」
「実際そうだからだ」
「え?」
あれ?耳が可笑しくなったかな。
幻聴?ついに幻聴が聞こえている?
今陛下はなんて言った?実際そうだとか何とか、え?事実だってこと。その噂が?
「えっと、どういうこと?」
「お前は……まさか気づいていなかったのか?」
陛下が少しだけ傷ついたような顔をした。私は慌てて、そんなことないですと言う。しかし、もちろん内心ではちっともわかっていない。
寵愛?え?陛下が私を?そうだっけ?確かに陛下は優しかったけど。でも、あれ?
「何のために余が毎日のようにお前のところに通っていたと思ったのだ?」
「王妃候補だから来ているのかと」
「そんな訳がないだろうが」
陛下は呆れたようにそう言い、私の頬を撫でながら、そっと耳元で囁く。
「余が会いたくて、会っていたのだ」
「え?ええ?ええええ!?」
ごめん。どうしよう。予想外過ぎて、もう言葉がでない。
真っ赤な顔をして固まる私に陛下は困ったように笑う。
「その件について今度じっくり話すことにしよう。先に話を進めるぞ?」
「あ、はい。どうぞ」
「側室をもったとしても今後子を成すとしたらお前以外とはありえない。故に側室をもつ意味がない」
「そんなのわからないじゃない!側妃なんてみんな美人だし、陛下だってそのうちそっちがよくなることだって」
「この阿呆が!余の気持ちがその程度のものだとお前は思っていたのか!?」
「え、ええ!?」
いや、もうちょくちょく爆弾発言を挟まないでほしい。
なに、それ、初めて聞いたんですけど!?あれ?これって陛下もしかして私のこと嫌いじゃないっていうか、結構好きだったりする?もしかして私まだ嫌われてない?
混乱する私をよそに陛下は話を続ける。
「とにかく余は絶対に側室を持ったとしてもお前以外と子を成す気がない。それをお前以外の皆が理解している」
「えええ!?そ、そうなの!?」
みんな知っているの!?私以外!?嘘でしょう!?
ぽかんとする私に陛下は「お前は本当に何もわかっていなかったのだな」とか言って苦笑している。
ちょっと、やめてって。そんな傷ついたみたいな目で見ないでって。
陛下のその態度に若干の罪悪感を感じながら、私は陛下に話の続きを促す。
とりあえずは話をきくのが先だ。そのあと、この事についてはじっくり考えよう。
「考えてみろ。そもそも側室をという話は余に反対する上位貴族が自分の娘に子供を生ませ、この国の王という地位を欲しがっていたからだ。側室を持たなくなった今、そうする為にどうすればいいかわかるか?」
「どうって」
言葉に詰まる私に陛下は静かに言う。
「既に寵愛する王妃がいるなら、それを消せば良いと思うだろう。そうすれば次を選ぶしかないと」
「え?」
衝撃の一言に私は固まる。
つまり、それって、それって。
「私、ひょっとして命を狙われている?」
「そうだ」
陛下は悲痛そうな顔をして、そう言う。
ようやくここにきて、私はことの重大性を理解した。
だから、ツヴァイは王宮内にいては私の身が危ないと言ったのだ。
今思えば離宮のあの脱出しにくい作りは王妃候補を逃がさないようにする為の監獄ではない。あれは王妃候補を守るための要塞だったのだ。
やってしまった。私は思わず額に手を当て、天を仰ぐ。
とすれば、私のしたことはつまり自分の命を危険なめにあわせることで、そりゃあ、そんな自殺まがいのことをすれば誰でも怒りたくなるわ。うん、私でも怒る。
「ごめんなさい。私はとんでもないことしていたんですね」
「やっと理解したか?」
「はい」
理解しましたとも。はい。そりゃあ、もう。
でもさ、だったらなおさら。
「何で教えてくれないんですか!?ちゃんと教えてくれれば、私だってあんな無茶しなかったのに!?」
私がそう怒鳴ると陛下は困ったような顔をして私を見た。




