44.私は覚悟を決めた
「やっとここまで着ましたね」
ツヴァイとともに隠れながら移動し、ようやく王宮の外へと出られた。ツヴァイは安堵の顔をする。
私は引かれるような思いで、王宮を振り返る。
結局陛下に会えなかったな。
そう思っているとそれに気づいているのか、ツヴァイが困ったように笑う。
「姫様、陛下に会いたかったですか?」
「それは……」
もちろん会いたかった。ただ、そんなことを言える状況ではないとなんとなくわかっていた。
ツヴァイはまだ詳しい説明はしてくれない。だからまだ、どうして私の身が危ないのか詳しくはわからない。それでも。
私はもう一度王宮の方を見る。
それにツヴァイが「大丈夫ですよ」と言う。
「陛下に会えますから」
「え!?本当!?」
「ええ。陛下に伝令を送りました。待ち合わせ場所を決めましたので、そこに行きましょう」
やっと陛下に会える。
そう思ったが何故かツヴァイの表情は暗い。
どうしたのだろう。
私が心配げに見ているとツヴァイは少し申し訳なさそうな顔をする。
「ばれちゃいましたね」
「え?」
「私が庭師じゃないことですよ」
「あ……」
そう言われ、改めてツヴァイの格好を見る。その恰好はどう見ても騎士のものだった。
「実は私はラルフと同じように陛下の護衛騎士をしていたんです」
何となくそうではないかと思っていた。どことなく、私を守るその動作がラルフによく似ていたからだ。
「何で庭師になんてやって、まさか解雇されて!?」
「違いますよ!まあ、話せば長くなるのですが、しいて言うなら姫様の護衛です」
「え?」
「ラルフ達は常に姫様についていないといけませんからね。私は万が一離宮に侵入者が入った場合対応する為の護衛だったんです」
「そうなんだ。でも何で庭師?」
それなら離宮の門番とかでもいいと思うのに、何故わざわざ庭師の格好をしていたのだろう。
「それはまあ、人の目を欺く為ですね。騎士の格好をしているよりも庭師の方が相手も油断するでしょう」
たしかに言われるとそうかもしれない。
そもそも私もツヴァイが庭師だと思っていたからこそ、気さくに話しかけていた部分もある。
「じゃあ、庭師っていうのは嘘?」
「すみません。今まで姫様に教えていた内容はすべて王宮の庭師からの受けうりなんですよ」
ツヴァイは申し訳なさそうにそう言う。それに私は慌てて手を振る。
「いや、そんな謝らないでよ」
多分陛下の命令だろうし。だとしたら、私から何か言える訳がない。
それに、私が知らないところできっと守ってくれていたこともあるのだろう。実際、私は今日それで助けられた。
「ごめんね。私がこんなことしなければ、たぶんばれなかったのに。私にばれちゃうとまずいんでしょう?」
「まあ。でも仕方ないですよ。それよりも姫様が無事でよかったです」
そうだ。まだそのことを聞いていない。
私の身が危ない。そうツヴァイは言っていたけど、それってどういうことなんだろう。
そう思っているとツヴァイが「着きました」と言う。私はゆっくり顔を上げる。そこには見慣れた塔が見えた。
「ここって」
陛下と登った塔だ。またここに連れてきてと約束した塔。約束してだいぶたつけど、結局あれ以来まだ登れてない。
陛下はあの約束覚えていてくれているのかな。
忙しくてもう忘れてしまったかもしれない。
あの時繋いだ小指をそっと見る。そこにはもちろんなんの跡もなかった。
まるで最初から何もなかった様に。
ツヴァイは塔の中へと入っていく。それに気づき、私も慌てて中へ入る。すぐに塔の中の兵士が反応し、誰かを呼びに行く。
前に陛下が来た時に来てくれた塔の責任者がまた出てきてくれた。彼はツヴァイの元へ小走りで近づく。
「ツヴァイ様、どうされましたか?」
「すまないね。少し場所を貸してもらいたくて」
「それは別に構いませんが。それよりも王宮内に侵入者が入ったと聞きましたが?」
その言葉に私はびくりと体を揺らす。
それは間違いなく私だ。もう、こんなところにも伝わっているんだ。
今になって自分のしでかしたことを改めて自覚する。
「ああ、その件なら大丈夫だ。もう解決した」
「そうですか」
ふとその視線が私へと向けられる。次の瞬間、その目がこれでもかというほど見開かれる。
「ひ、姫様!?何故ここに!?」
「ああ。陛下の命令で連れてきたんだ。陛下がもうすぐここにこられるから場所を貸してほしい」
「そ、そうなのですか」
ツヴァイは顔色ひとつ変えずに嘘をつく。私は思わず申し訳なく思い、視線を逸らす。
「お前たちは陛下がくる準備をしてくれ」
「わかりました」
やっと陛下に会える。やっと。
そのことが嬉しいと思うと同時に不安になる。会いたい。そう思ったのは私だ。どうしても会いたかった。でもそれで離宮を勝手に出て、王宮内に侵入して、それを知った陛下はどう思っただろうか。
もちろん怒るだろう。もちろん何故そんなことをしたのかと責められるだろう。
それでも、それでも会いたかったと言ったら陛下はなんと言うだろうか。
くだらないと一蹴するだろうか。
それとも。
私は落ち着かず、思わずぎゅうと手を握る。それを見てツヴァイは心配そうにする。
「姫様、大丈夫ですか?」
「うん。その、ごめんね。私のせいで大ごとになっちゃって」
「王宮内の件なら大丈夫ですよ。ご令嬢が迷子になって、兵たちが駆り出されることだってあるんです。兵もむしろ訓練になって良かったんじゃないですか?」
ツヴァイの軽口に思わず私は笑う。
たぶんツヴァイは気にしないでと言っているのだ。気遣ってもらっているのだ。そのことにすごく感謝した。
ありがとうとお礼を言えばツヴァイがいつもの爽やかな笑みを浮かべる。
「陛下、怒っているよね」
「たぶんめちゃくちゃ怒っていると思います」
「そう、だよね」
そりゃあ、そうだ。あれだけのことをしたのだ。怒られない方がおかしい。
手を握る力が強まる。
「でも、会いたかったのでしょう?あそこまでやって」
ツヴァイのその問いかけに私は迷わず頷く。それを見てツヴァイはまた笑う。
「ならそう言ってあげて下さい。陛下ならきっとわかってくれますから」
「うん」
私がそう答えた時だった突然塔の周囲が騒がしくなる。すぐに陛下と呼ぶ声が聞こえる。
来た。緊張で表情が強張る。心臓がうるさく鳴る。私は静かに待つ。
陛下は足早に塔の中へと入ってきた。護衛の騎士達は何故か陛下から少し離れている。
どうしたのだろう。そう思ったけどすぐに理由がわかった。
陛下は入ってくるなりに私を睨む。
その顔は非常に厳しい表情をしていた。
怒っている。たぶん、今までに一番怒っている。あれだけ会いたかったのに、陛下の顔があまりに怖くて、思わず逃げ出したい衝動に駆られる。
もっとも逃げ出せるところなんてないんだけど。
「お前たちは皆外に出ろ!」
陛下は強い声でそう言う。その命令に慌てて塔の中にいた兵士達が塔の外へ駆け出す。
あっという間に皆いなくなった。
残ったのは私とツヴァイだけだ。ツヴァイは私の方を心配そうに見ながら、陛下の方へ歩み寄る。
「陛下……」
「誰も中に入らせるな!」
陛下は私を見たまま、ツヴァイの方を一切見ずにそう怒鳴る。それにツヴァイは肩を落として答える。
「陛下。姫様は王宮内の事情を知りません。くれぐれも感情のままにならないで下さい」
「下がれ!」
ツヴァイは私の方をもう一度見てから塔の外へと出て行った。
塔の中には私と陛下の二人きりだ。
陛下は鬼の様な形相で私を睨む。
その痛いほどの視線を受け、私は唇をきつくかみしめる。
覚悟は決まっている。もう逃げられない。逃げない。真っ正面からそれを受け止める。
陛下と私はお互いに見合う。
重苦しい沈黙が流れた。




