37.望む相手はただ1人
「それで、陛下。何であんなに疲れていたんですか?」
場所を中庭にあるテラスにうつし、座ってすぐにレティシアはそう聞いてきた。ギルベルトはそれに答えるかどうか少し迷った。
聞いても気持ちの良い話題ではないからだ。
ギルベルトが思考している間に離宮の使用人達がお茶の準備を整える。レティシアが作ったレトルの実のタルトも並ぶ。
赤いレトルの実が宝石のルビーのように輝いていた。
「ここに来る前にあの公爵令嬢の相手をしてきた」
「へえ、フランチェスカ様に会ってきたんですか」
ギルベルトが予想していたよりもレティシアは普通に答えた。
どうやら、舞踏会でのことを引きずってはいないようだ。それにギルベルトは内心ほっとした。
女性のそういったいざこざはよくあるものであるが、基本的には男性はあまり深入りできない。心の弱い者は悪意のある言葉に耐えきれず、傷つくことも多い。レティシアの場合、今後そのようなことはいくらでもあり得るのだ。
だが、この態度ならおそらくレティシアは大丈夫だろう。ギルベルトは安堵したが、すぐに別のことに気付いた。
レティシアは辛そうな顔はしていない、しかし何故だか急に不機嫌そうな顔になったのだ。
「へえ、そりゃあ良かったですね。美人さんですもんね。そりゃあ、会いたいですよね。」「おい」
何故そんな顔をする?
ギルベルトは訳がわからず、レティシアを見る。
レティシアはむくれている。というか完全にすねている。
「そうですよね。フランチェスカ様は私と違って大人の女性って感じがしますし、身体もとても魅力的ですもんね。男性なら誰だって気になりますよね」
「何を言っている?」
ギルベルトが更に訳が分からず、レティシアを呆然と見る。何故レティシアがフランチェスカをもちあげるようなことを不機嫌そうに言うのかがわからない。
ギルベルトが特別だと思っているのはレティシアただ一人だというのに。
「何を怒っているのだ?」
「怒ってないですよ!ただ、陛下は頻繁にフランチェスカ様に会っているのかなって思いまして!」
レティシアはそう言いながらその声は徐々に荒くなっている。何故、そこまで怒っているのか。訳がわからない。
しかし訳もわからず怒られて面白いはずがない。ギルベルトが言い返そうと口を開いた時、レティシアの後ろに控えていたラルフが首をふる。
喋るな。そう言いたいらしい。ギルベルトは思わず黙って口を閉じる。
「そうですよね!私なんかよりもずっとフランチェスカ様の方が綺麗ですもんね!私なんて年齢のわりに全然子供ぽく見えるし、身体もフランチェスカ様に比べると雲泥の差ですもんね!ええ!小さいですよ!小さいですとも!男性は大きいのが好きですもんね!陛下だってそうですよね!ええ、わかっていますって!いずれ側室ができればそういう人がいっぱいいますもんね!」
徐々にレティシアの声が小さくなってくる。さっきまで怒っていたはずが今度は急にしおらしくなってしまった。
「おまけに色気もないし、訳のわからないことばっかりするし、陛下だって私といるよりフランチェスカ様みたいな、ざ・お嬢様の感じがいいですよね。わかっていますって」
レティシアは全く何もわかっていないようだが、ここにきて、ようやくギルベルトは気付いた。
何故、急に怒り出したのか。ギルベルトは思わず笑いそうになるのを必死に押さえる。今ここで笑えば確実にレティシアは怒るだろう。そうなっては真相が確かめられなくなるかもしれない。
だからできるだけギルベルトは冷静を装い聞いた。
「おい」
「何ですか?」
「嫉妬しているのか?」
確認の為の質問だったが、効果はてきめんだった。途端にレティシアの顔が真っ赤に染まる。身体が小刻みに震え、目に見えて動揺した。
間違いなく図星だ。ギルベルトの口元が緩む。どうしても押さえられなかった。
「ち、ちがいますよ!な、に言って!」
レティシアはそう言いながらも凄まじく動揺していた。その証拠に不注意でカップを倒し、お茶をこぼす。ますます慌てて、おろおろし出すレティシアに使用人達が笑みを浮かべ「大丈夫です」と言って、テーブルをすぐに拭き、新しいお茶を用意する。
その目が酷く優しいのは気のせいではない。
「ちがうんですって!し、嫉妬とか、そ、そうじゃなくて!」
「気をつけろ。またこぼすぞ」
「うええ!?あ、だからちがくって!」
もはやレティシアが何を言っても隠せるものではない。というかその態度では隠せ無いだろう。
ギルベルトはもはや上機嫌だった。
「レティシア」
「はい!?」
「驚きすぎだろう。名前を呼んだだけだぞ?」
「名前で呼ばれるのに慣れてないんですよ!名前を呼ぶ前に一声かけてももらっていいですか!?」
「何を言っているのだ?」
そんなことよりももっといい手がある。慣れるように何度も呼べばいいことだ。
ギルベルトがにやりと意地の悪い笑みを浮かべる。
「レティシア」
「いや、ちょ、今は無理!今は無理ですから!」
「レティシア、何をそんなに焦っているんだ?」
「だから、ちょ、落ち着いて!一回落ち着きましょう!」
落ち着くのはギルベルトの方ではなくレティシアの方だ。その場にいた誰もがそう思った。
このままこうしてレティシアの反応を楽しむのもいいが、どうしても一つ言っておかなければいけないことがある。
ギルベルトはその笑みを消し、今度は真剣な様子で名前を呼んだ。
「レティシア」
「もう何回も呼ばないで下さい!」
「お前の思っているようなことはない」
「え?」
ギルベルトの一言にレティシアは目を見開く。ギルベルトはできるだけ穏やかな口調で続ける。
「公爵令嬢だ。お前の思っているようことは一切無い」
おそらくレティシアはあの日なにか言われたのだろう。だからこそあんなにむきになったのだ。
ギルベルトは内心舌打ちする。
「舞踏会の日にお前に何をしたか尋ねただけだ」
「そ、それで?」
「お前に貶められたと言っていた」
「なっ?!あっちからやってきたくせに!?」
レティシアのその返答にやはりなとギルベルトは頷く。最初からそうだとわかっていた。
「陛下!ちょっとフランチェスカ様に会わせて下さい!話つけてきますから!」
「やめておけ。お前が話すと余計にややこしくなる」
「そ、そんな言い方ないですよ!」
実際あるのだ。事実あの舞踏会の日も受け流せばいいものを、なにか言い返して逆上され、扇子を投げつけられるはめになったのだ。もしももっと別のものを投げつけられていたら。例えばグラスやナイフなど。そうすれば怪我をしたかもしれない。
そう思うとギルベルトは気が気ではなかった。
「あ、あの陛下」
「何だ?」
「その、フランチェスカ様をご寵愛していると聞いたのですが?」
「なんだそれは」
はっきり言って初耳だ。そもそもフランチェスカとは数回会っていたが、いずれもレティシアと過ごした時間に比べればほんの僅かな時だけだ。
レティシアがギルベルトの寵愛を受けているというのは実は王宮では有名な話になっていたが、フランチェスカがそうだとは全く噂にもなっていない。
「そんな訳あるはずないだろう」
「そ、そうですか!そうですよね!陛下があんな嫌な女を寵愛するとかないですよね!」
傍目からわかるほどぱっと顔が輝く。
どうやら、やはり何かよからぬことをフランチェスカに言われたらしい。そもそもフランチェスカはその前にもレティシアを貶めるような噂を流したり、レティシアがギルベルトの事を嫌っていて、城から逃亡を謀ろうとしているというでたらめな噂を流したりしていた。
まさかとは思っていたがラルフづたいに噂の真相を聞いた時、ギルベルトが安堵したのは言うまでもない。
「うんうん、そうですよね!」
「お前はどう思う?」
「何がです?」
「余が側室をもつことをどう思う?」
「なあっ!?」
突然の質問にレティシアが咳き込む。それを見ながらギルベルトは静かに答えを待つ。
重要なことである。返答しだいでは、ギルベルトはある覚悟を決めるつもりだった。
レティシアはしばらく考えこむ。それからちょっと気まずげに口を開く。
「い、いや、大事なことだと思いますよ。陛下の役目のひとつですし」
「本当にいいのか?余が別の娘と話していただけで怒っていたのにか?」
「そ、それは」
レティシアの反応から、答えは明白だった。ギルベルトは再度尋ねる。
「余が側室を持つのは嫌か?」
「まあ、その、少しは」
「そうか」
ようやく出た本音にギルベルトは頷く。そうなればもう答えは決まっている。
「ならば側室はなしだ」
「え?」
レティシアはあっけにとれた顔をする。ギルベルトの周りにいた家臣や使用人達が一斉に息をのんだ。
「陛下!何言って!?」
慌ててレティシアが止めに入る。しかしギルベルトは聞かない。
もう既に決めたのだ。この決定を覆す気はない。
「側室はとらぬ。お前だけだ。これで文句はあるまい?」
「そ、そりゃあ!で、でもそんなの誰も納得するはずがないですよ!」
「そうだな」
もちろん上位貴族の反発は目に見えている。おそらくオーランドもいい顔はしないだろう。
それでももう決めたことだ。
「だが、関係ないだろう?余が側室を持たぬと言ったのだ。異を唱えるなど許さん」
散々王としての立場を全うしてきたのだ。ひとつぐらい王として我が儘をとおしても良いはずだ。
「そのかわりにわかっているな?側室がいないということはお前が毎日余の相手をずっとするのだぞ?」
「ええ!?」
ギルベルトのその言葉にレティシアは顔を真っ赤にさせ、口をぱくぱくさせる。それがまた面白くてギルベルトは思わずふきかけた。
「覚悟はできているな?」
ギルベルトのその言葉にレティシアの返事はない。しかし反論も一切しない。
つまりそういうことだ。
ギルベルトは満足げな笑みを浮かべると用意されたレトルの実のタルトを一口運ぶ。やはりレティシアの作った菓子は美味しかった。




