31.初めてかかった噂の病
「それでいっぱい食べて、お腹を壊して、ご飯が食べられなくなったと?」
ツヴァイはそう言って、可笑しそうに笑う。それを私は苦い顔をして見る。
「そんなに笑わなくてもいいでしょう?」
私はふてくされてそう言う。まあ、絶対話したら笑うってわかっていたけど。
「すみません。でも、無理せず、残せば良かったのに」
「そんなことできないわよ。だってみんな私の為に作ってくれたんだから」
「そうですね」
ツヴァイは笑いながらうんうんと頷く。
「それとツヴァイもありがとう。こんなにいっぱい」
私は目の前にたくさん並ぶそれらを見る。目の前にはこれでもかと並ぶ苗。全て野菜の苗だ。
新しい種類の苗を用意したから見に来てくれ。そう言われ、中庭へ来て見るとこれである。
新しい苗が確かにあるが、まさかこんなにあるなんて。
「気に入ってもらえました?」
「ええ。でも、急にどうしたの?」
嬉しいんだけど、すっごく嬉しいんだけどね。本当にどうした?
そもそも以前ツヴァイに新しい苗が欲しいと言った時、これ以上畑の面積を増えるのは困ると言って、苗を用意してもらえなかったのに。それが今はこんなにくれるなんて。
もちろん今の畑の面積では全部植えることはできない。
畑を耕してもいいってこと?でも急にどうして?
そう思って、ちらりとツヴァイを見るとツヴァイは少しだけ困ったような顔をする。
「特になにがって訳じゃないですが。しいて言うならこれで姫様が少しでも元気になってくれれば嬉しいです」
「ええ!?ツヴァイも!?」
まさかツヴァイまで心配してくれるなんて。
私は思わず自分の顔に触れる。
「私、そんなに元気ないように見えるの!?」
「ええ、相当。姫様がまた病気でも患ったのではないかと噂になっていますよ」
「ええ!?」
それは初耳だ。というか病気って!
どうりでみんなやたらと体調を聞いてきたり、心配してくる訳だよ!
「別に病気じゃないよ!ルイザもそう言っていたし!」
誤解を解こうとして口にした一言だが、それがいけなかった。
私のその言葉にツヴァイはすぐに反応する。
「じゃあ、何があったんですか?」
何があったか。それは実のところ自分でもわかっていない。ルイザも結局何も言ってくれなかったし。 ただ可笑しいのはわかる。何かが変わった。そんな気がする。ただ、それが何かは自分でもわからない。
言いよどむ私を見て、ツヴァイは笑うのを止め、私を静かに見る。
「姫様って不思議ですよね」
「え?」
「最初は普通の姫君だと思っていたのですが、なんというか熱を出して寝込んだ後からまるで人が変わったようになって。それまで私たちに話しかけるどころか見ることもなかったのに。それが寝込んだ後は突然話しかけてきたかと思えば、色んな頼みごとをし始めて」
人が変わったように。実際ツヴァイのその推測は間違ってはいない。
熱を出して寝込んだことがきっかけで私は前世を思い出した。そして前世を思い出してからというもの、それまでのレティシアとはだいぶ違う印象になってしまっている。
「ごめん」
「どうして謝るんですか?」
「だって、迷惑だったでしょう?」
そう思ってちらりとツヴァイを見る。
迷惑をかけた自覚はある。
てっきり、文句のひとつでも言われるかなと思っていると、意外にもツヴァイは文句など言わなかった。それどころかそのまま爽やかに笑ったまま答える。
「そりゃあ、最初は戸惑いましたよ。でも、今では、皆、誰一人として迷惑だなんて思っていないですよ」
正直それは意外だった。てっきり、みんな迷惑がっていると思っていたんだけど。
ツヴァイは爽やかな笑みを浮かべたまま、こちらを穏やかに見る。
「離宮の雰囲気が変わったのは気づいていましたか?」
「え?」
「それまで皆仕事に忠実に働いてしました。仕事を滞りなく行うことだけを目的に毎日毎日ただ働いて。でも姫様が来てからそれが少し変わりました。仕事がやることが楽しいと思うようになったんですよ」
言われればそんな気がする。もちろん離宮の使用人達は最初から丁寧な態度をとってくれていたが、やり取りに距離感を感じることが多く、いつも私に対して一歩引いていた。
それが今では違う。
もちろん言葉づかいや態度は変わっていない。それでも使用人達の目や表情が以前よりも柔らかくなり、その距離感が前に比べて近くなったような気はしていた。
「不思議ですよね。姫様が来てからみんな本当に生き生きと働くようになりました」
「えっと、それ本当に私が関係してる?」
「もちろんですよ。姫様がいたからこそですよ」
そう言われてもあんまりぴんとこない。だって、私がしたことなんて離宮の中をかき乱したくらいだし。
「みんな姫様には感謝しているんですよ。だから姫様に元気がないとみんな心配しちゃうんです」
ツヴァイは優しく笑う。
何だろう。私は全然そんなつもりじゃなくて、ただ自分がしたいようにしていただけで、それで誰かを変えているとかそんなふうには思ってなくて。
貴方のおかげですって言われても。なんかすっごい照れるし。
「何があったんですか?」
ツヴァイにそう優しく問われ、私は少し考える。ここまで心配されたのだ。それに答えない訳にもいかない。
それに、もう自分でいくら考えてもわからないし。
「えっと、その、ね。誰かのことをずっと考えたり、何をするにもその人のことが頭から離れなくて、何もすることができないみたいな。そんな感じになったことある?」
私のそれを聞いてツヴァイはなるほどと言って頷く。心当たりがあるようだ。
「ツヴァイ?」
「そりゃあ、病気ですね」
ツヴァイは真面目な顔で答える。それに私は顔を引きつらせる。
う、嘘!病気!?ええ!?やっぱり病気だったの!?ルイザは違うって言っていたのに!やっぱり、医者にでもかかればよかった!?
そう思っているとツヴァイは衝撃的な答えを言う。
「恋の病ですよ」
「は?」
恋の病?恋の病ってあの?よく恋愛映画やドラマ、小説に出てくるあの?前世の私にはまったく無縁だった、あの恋の病?
「好きな相手が気になって、いつでもその相手のことを考えて、相手のことが頭から離れられなくて、なにも手につかなくて。それは恋ですよ」
こ、これが恋?こ、これが……?前世で30年けして一度もしなかったこれが恋?
私は思わず顔を覆う。
うん、何ていうかね。原因がわかってほっとすると同時にすっごく恥ずかしいんですけど!?ええ!? しかも自分が恋してることもわからなくて、人に言われて気付くと、どんだけ恋愛初心者なの!?
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか。誰だってかかる病ですよ」
いやいや、私はならなかったよ!?少なくとも前世の私は一度だってそんなのにならなかったって!
そう心の中で呟き、悶える。そんな私を見てツヴァイは「ただ」と言う。
「問題はその相手ですね。姫様、相手はもしかして陛下ですか?」
「ち、ちがう!ちがうから!」
しまった。
思わず恥ずかしくて、そう返してしまった。
まずいと思ったが遅い。ツヴァイが深刻そうな顔をして尋ねる。
「もしかして、別の人を?」
「そ、そうじゃなくて!いや、陛下だけど!」
あ。しまった。これは完全に墓穴をほった。顔が赤くなる。
真っ赤になる私をツヴァイはにこにこと見てくる。その目があまりに優しくて余計に辛い。
「そうですか。陛下ですか。それは良かった」
「ちが、いや、違わなくないんだけど。で、でも、恋とかそうじゃなくて、いや、そんな」
何だろう。上手く言葉にならない。ただただ恥ずかしいし、どうしたらいいかわからない。
そんな私を見てツヴァイは「大丈夫ですよ」と言う。
「陛下も姫様のことだいぶ気に入っていますから」
「え?」
それはどういう意味?
そう思って聞き返そうとするとそれよりも前にツヴァイは立ち上がる。どうしたのか見ていると何故かツヴァイは離宮の入り口の方を見る。
「という訳であとはゆっくりと話してください」
「はい?」
嫌な予感がした。何か嫌な。
ツヴァイは黙って指をさす。見ろとそういうことだろう。
嫌な感じをひしひしと感じながら、ゆっくりと私はそちらへ視線をやる。
指さした方向の先には不機嫌そうな顔をした陛下がゆっくりとこちらに向かって歩いてくるところだった。
「へ、陛下!?」
思わず声が裏返る。心臓が早鐘のようにうつ。
陛下が、あの陛下が今視線の先にいる。
正直、もうどうしたらいいかわからない。
「それじゃあ、私はこれで!」
「ちょ!?えええ!?」
そう言ってツヴァイはさっさとその場を立ち去る。慌てて止めようと手を伸ばしたが、ツヴァイは軽やかにそれをよけ、あっという間に去っていってしまった。
残されたのは私だけ。
「おい」
すぐ後ろから私を呼ぶ声が聞こえる。たぶん陛下がついたのだろう。
私はぎこちなくゆっくりと振り返った。




