29.暖かな贈り物その2
ルイザの説教を数時間聞いた後、私は追い出されるように部屋を出た。
「病気でもないのだから、いつまでも部屋に籠もっていないで下さい!」とのことだ。
病気じゃなくて安心したけど、結局ルイザは私がどうしてそうなっているかは教えてくれなかった。
それは私が自分で考えることらしい。
考え事なら部屋で籠もってやった方がいいと思うんだけど。
ルイザに追い出されてしまったので仕方ない。
私が部屋から出ると、すぐ声がかかる。
「姫様!」
クライドだ。珍しい。最近になってラルフは私によく話しかけてくる様になっていたが、クライドはまだ遠慮しているのか、私に話しかけることはあまりない。
クライドは私のもとに足早に駆け寄ってくる。その後ろにはラルフも見える。
顔を若干しかめているのはおそらくクライドが私に駆けて行ったのを内心咎めているからだろう。たぶん後でまたこっそり怒られるに違いない。
まあ、クライドはそれでこりるような性格ではないけど。いつもラルフに散々怒られても次の日になるとけろりとしている。
「外に出るんですか!?」
私が部屋に閉じこもっていた間、護衛の騎士たちは部屋の前でずっと待機することになる。それがよっぽど暇だったのか、私が部屋から出てくるとクライドはひどく嬉しそうな顔をした。
「ええ、まあ。ルイザに出てけって追い出されて」
「追い出されたって」
いったい何をしたんですか。そう言いたげな顔でクライドは私を見る。それに私は笑って答える。
何もしてないから。本当に。ただちょっと抱きつく力加減を間違えちゃっただけで。それだけだから。
私が黙っていると、クライドは何を思ったのか、顔を引きつらせながらも笑顔を浮かべる。
「まあ、なにはともあれ、外に出ることはいいことだと思いますよ。部屋に籠もっていては気分も落ちてしまうでしょうから」
「そう、よね」
そうよ。部屋に籠って一人で悩むよりは外に出たほうがいい。気分転換にもなりそうだし。
そう私が思っているとクライドが少し迷ってから口を開く。
「あの、姫様。何かしたいことってないですか?」
「え、したいこと?」
急にどうしたのだろうか。不思議に思って見るとクライドが何故か焦ったような顔をする。
「えっと、その、前は走ったり、色々していたじゃないですか。最近はあまりしなくなったようなので、その飽きられたのかなと」
ああ、なるほど。
確かにそう思われても仕方ない。実際は飽きたからから、やらない訳ではないのだけど。
「もし何かやりたいことがあったら言って下さい!できるだけ協力しますから!」
「したいこと、か」
私はうーんと考える。別に飽きたわけではなく、誤解といえばそうなのだけど、ここはせっかくクライドがそう言ってくれるのだ。その気持ちに答えたい。
それに新しい何かを始めればこの訳のわからない状態も少しは良くなるかもしれない。何かしたいこと、何かあったかな。
しばらく考え込み、ふと前世の記憶がよぎる。休日の日といえば私はスポーツばかりしていた気がする。大学からの付き合いの運動仲間というものがあり、暇さえあれば皆で集まり、いろんなスポーツに挑戦したものだ。
「スポーツとかやってみたいかも」
私のその一言にクライドが首を傾げる。
「すぽーつ?」
「えっと、運動というかゲームとかで人と競い合うようなものはないの?」
スポーツという概念はこの世界にはないようだ。でも、それに似たものならあるかもしれない。そう思って聞いてみるとクライドが「ああ」と声を上げる。
「それならラフットはどうですか!?」
「ラフット?」
聞きなれない言葉に思わず聞き返す。クライドは頷き、私にラフットの説明をしてくれる。
「ラフットはボールを打って、的に当てるゲームです。子供の頃とかよくやりました」
「そうなんだ」
詳しく聞くと、的あてゲームの一種らしい。ボールを投げてもらい、それをバットで打ち、的に当てるという単純なもので、いくつ的に当たったかで勝負の勝敗を決めるらしい。
照らし合わせると、前世の野球に近いものだろう。外野に人がいる代わりに的がある。野球よりも人数が少なくてもできるので、楽といえば楽だ。
「的ってどんなものを用意するの?」
「何でもいいんですよ。得点のかいてある板でもいいですし、俺が子どもの頃は自分達の着ている服を脱いで的代りにしていました」
「そうなんだ」
それならそこまで準備するものもなさそうだ。最近は全然動いていないし、たまにはこういうのもいいかもしれない。
「興味があるなら道具をそろえますよ?」
「え、クライドが?」
まさかクライドが自分で道具を準備するとは思ってなかった。
というか、何故かわからないけど、クライドがとってもやる気だ。
そんなにラフットをやりかたかったのかな。
「はい!今でもたまに同僚とやることがあるので道具もあります。すぐにそろえてきますよ!」
「そっか。じゃあ、お願い」
「はい!」
そう元気よく返事するとクライドは私に背を向け、一目散に走って行く。その背を私は何も言わず見送る。見送った後にあれっと思う。
もしかして今から道具そろえようとしている?え、もしかしてラフットの道具を取りにいったの?すぐにでもやる気で?
流石にそこまでは考えていなかった。
慌てて呼び止めようにも、既にクライドは遥か遠くにいる。もうその姿は見えない。
まあ、いいか。やってみたいと思ったのは事実だし。道具をそろえておけば、いつでも遊べるし。
そう思っているとラルフが私の隣にくる。その顔は渋い。どうやらクライドがラフットの道具を取りに行ったことに対しまた怒っているようだ。きっとこの後のお説教は長くなるだろう。
クライドが戻ってきたとしてもラフットはそう簡単にはできなさそうだ。
「えっと、ラルフ。私が道具を取ってきてくれるようにお願いしたから」
とりあえずクライドを擁護するようなことを言ってみる。まあ、ラルフには全然効果ないってわかっているけど。
案の定、「そうですが」とラルフは渋い顔をしたまま答える。
「だからと言って、護衛対象から自ら離れるなんて、騎士としては失格ですよ。気持はわかりますがね」
「気持ち?ああ、ラフットがそれだけやりたかったってこと?」
そんなに面白いゲームなのだろうか?それとも懐かしくて、話をしたらどうしてもやりたくなったってこと?
そう思って聞くとラルフは困ったような顔をする。
「違いますよ。クライドは姫様が少しでも元気になってくれればとそう思って、ラフットをやりたいと言っているのです」
「え?私に?」
心配?私の?クライドが?その発想は正直なかったわ。思わず私は口ごもる。
「ええ、ずっと心配していましたから。もちろん私もですが」
そう言ってラルフは私を静かに見る。その目はいつもよりも心なしか優しい。心配されているのだろう。クライドだけじゃなくラルフにも。
どれだけ心配されているのよ。何だか申し訳なくなってくる。
「ごめんね。心配かけて」
「いえ」
数日部屋に籠っただけで、まさかこんなに心配されているなんて、正直思っていなかった。
「やっぱり部屋に籠っていちゃ、駄目ね」
これ以上引き籠もっていると本当に大事になりそうだ。
「ラルフ行きましょうか」
例え何もする気になれなくても、少しは外に出て空気を吸うぐらいはした方がいいかもしれない。私が歩き出すとラルフは黙って頷き、いつものように私の後ろにつく。
「クライドが帰ってきたら3人でラフットやってみましょう」
「いいですね。ぜひお願いします」
前世の野球の感が残っていればいいんだけど。
そんなことを考えながら私は廊下を歩いた。




