28.暖かな贈り物その1
「あの、姫様どうされたのですか?」
ルイザはそう言い、私の方を見る。
最近ルイザはずっとそういう感じだ。以前までは私のことなんて一切気にしていなかったのに、最近はいつも私の様子を伺っている。
「どうしたって、何が?」
「何がって、なんか元気がないと言いますか。前までは毎日のように外に出て走ったり、畑を耕したり、料理したり、散々好き勝手していたのに」
そうだ。数日前まで私は毎日そんなことをして過ごしていた。
暇になるのが嫌で、何かすることを探し、見つけては片っぱしからやっていく。そんな毎日を送っていたのに、ここ数日ぱったりとしなくなった。
当然ルイザだけでなく、周りも違和感を感じているようだ。
何となく雰囲気でわかる。
「好き勝手やってて悪かったわね」
「ええ、本当に!でも、もうそこはいいですよ!それよりも今のこの状況は何ですか!?」
この状況?
私はここ数日の自分の行いを振り替える。
確かに少し変わったかもしれない。
ここ数日はそれまでの生活から一変し、自室に閉じこもって、自分の部屋の窓から外を眺めて過ごしている。
ルイザはどうやらそれをとても心配しているらしい。
「姫君らしく大人しくして下さいって、言っていたじゃない」
「そうですが。本当に大丈夫ですか?最近やたらとぼおとしたり、上の空だったり、急に顔を赤くしたかと思うと騒ぎ出したり、すっごく落ち込んだり。どこか具合が悪いのでは?」
具合。どうだろう。別に体調が悪い訳ではない。
身体は元気だ。ただ、ルイザの言うとおり、ぼおっとしたり、考え事をすることは多くなった。
そう、あの舞踏会の後から。
ルイザが神妙な顔をして私を見る。
「姫様、舞踏会で何かありましたか?」
「何かって、何?」
「その、陛下と何かあったんじゃないですか?」
陛下。その単語を聞いたとたん、私の顔が無意識に赤くなる。
そう、たったそれだけのことで。
それだけのことなのに。
「姫様?」
ルイザの心配する声をよそに、私はいてもたってもいられず、顔を両手で覆うと、そのまま勢いよく床に倒れ込む。目を見開くルイザをよそに私は床をごろごろと転がった。
すぐにはっとしたのか、ルイザの悲鳴が上がる。慌てて私に駆け寄り、転がる私を無理矢理止める。
「ちょ、レティシア様!?何をしているんですか!?」
「もう、本当にそうなのよ!何してるのよ!!」
いや、本当にそう!どうした私!?自分でも自分がおかしいと思う。
それまでとは何かがあきらかに違うのだ!あの日、舞踏会の日、陛下と別れてから私は可笑しくなった。
どうとはうまく言えないけどとにかく変なのだ!
「どうしようルイザ!私、可笑しくなったかも!」
「そ、そうですね!前々から可笑しいと思っていましたが、今は前より可笑しいです!」
「そんな言い方ないでしょう!?酷い!」
とはいえ、言い方は酷いがルイザも心配しているらしい。優しく私の頭をよしよしと撫で、落ち着くようにと言ってくる。
そう、落ち着かないと。そうわかってはいるんだけど。
私の意思とは関係なく、心臓の鼓動はどんどん速くなる。
本当にどうなっているの私!
「ルイザ!私、病気かも!?」
「そうですね!医者に診てもらいますか!?頭の病気に違いありませんよ!」
「そ、そうかも!もう、ね。おかしいのよ!あの日から、やたらと陛下のことを思い出すことが多くなってね!気づくと陛下のことばっかり考えていて!今、どうしているのかなとか、今日は来ないのかなとか、そんなことばっかり考えて!おまけに陛下が私のことをどう思っているのかがすっごく気になるの!わかっているけど!絶対いい印象ないんだけど!でも、何で陛下は……」
別れ際にあんなことをしたのだろうか。
別れ際のキス。
もちろんしたところは額だ。だから恋愛感情からきた行動ではないかもしれない。
で、でも、額にキスって、多少なりとも好意がないとできなくない!?それとも挨拶!?もしかしてこの国ではみんな別れ際の挨拶に額にキスするとか!?
いや、そうだったら、泣くわ!何故かわからないけどそうだったら凄いショック!ショックすぎてしばらく立ち直れないかも!
「もうね。ずっとそんなこと考えているとあっという間に1日が終わるのよ!色々やろうと思ったこととか、やりたいことあったんだけど、いつも気づくともう夜で」
可笑しい。あきらかに可笑しい。今までそんなふうになったことなんて1度もなかったのに。
前世の記憶をいくら思い出してもこんなこと一度もない。
思い悩む私を見て、ルイザは何故か大きなため息をつく。
「なるほど。そういうことですか」
ルイザは何故かすこしほっとしたような様子でそう言う。
「ルイザ?」
「あー、わかりました。医者はいらないですね。うん、姫様が可笑しくなったのもわかります」
ど、どういうこと!?何がわかったって言うの!?
私は起き上がり、ルイザに詰め寄る。
「ルイザ、ねえ!可笑しくなったのがわかるってどういうこと!?」
「えっとですね。つまり陛下と何かあったのでしょう?」
陛下と何かあったか?ありました!確かにありましたよ!
陛下に手をひかれて、ダンスを踊って、抱きしめられて、それで別れ際にき、き、き、きすされましたよおお!
「違うの!!そういう意味じゃないから!」
私はそう言って、ルイザの肩を思わず揺する。う゛っと言うルイザの苦しそうな声が聞こえたが、構っていられない。
「レティシア様!?ちょ、とめ、止めて!」
「違うの!きっと陛下はそういう意味でやったんじゃなくて、そう、仲良くなってきたから、こう友人とか、家族にやる感じでやっただけだから!」
やっぱり、あれは挨拶だったかも!?ほっぺや手にキスとかするし!額だって、するでしょう!?
うん、そう!だからそれに深い意味はないって!全然ないから!だから、これっぽちも陛下は私のこと気にしてなんかなくて。
そう、全然なくて。
「それはそれで嫌なんですけど!!」
「ちょ、レティシア様!?本当に落ち着いて!」
ルイザに無理矢理肩から手を外され、私は頭を抱え、再度床に崩れ落ちる。それをルイザは顔を引きつらせて見下ろす。
「姫様。何があったか知りませんが、とりあえず落ち着いて下さい」
わかっている。そう、落ち着かないと。うん、おち、おち、落ち着けないでしょう!?
頭を抱えてそう嘆く私にルイザはだめだこりゃあと諦めたような顔をする。
「まあ、病気じゃなくて良かったですけど」
「本当に!?大丈夫!?」
「ええ、大丈夫です」
わあわあ騒ぐ私をルイザは呆れた様に見ながらそう言う。ルイザはしばらく私を見下ろしていたが、何を思い立ったのか、ふと衣装ダンスへと向かう。そしてそこから何かを取り出すと、それを持って、私のもとへと帰ってきた。
「姫様。どうせ暴れるならこれを穿いて下さい」
ルイザはそう言って、私に持っていた物を差し出す。差し出されたのはひざ丈までの短いズボンだった。ズボンは白の無地で、普通の令嬢が履くにはいくらなんでも地味すぎる物だ。
私はそれを受取りながら、首を傾げる。
「これって?」
「これをドレスの下に穿いて下さい。そうすれば多少ドレスがひらひらしても気にならないでしょう?」
ルイザのその言葉に私は驚く。あれだけ令嬢はドレスを着るのが当たり前で、できるだけドレスが乱れるようなことはするなと言っていたルイザが。何で。
「これ、ルイザが用意したの?」
「そうです」
「ルイザ?ど、どうしたの?」
「どうとは何ですか?」
「だって、いつもならこんなことしないのに」
ルイザがこんなものを用意するなんて本来だったらあり得ない。どうしてこんなことを急に。そう思ってルイザを見るとその顔が気のせいかうっすらと赤い。
「レティシア様の取り柄は元気なところですから、早く元気になって下さいね」
その一言に私は思わず固まる。つまり私に元気がないことを心配して、わざわざ私が好みそうな物を用意してくれたのだ。私を少しでも元気づけたいと思って。そう思うと嬉しかった。
「ルイザ!!」
私は立ち上がるとルイザに勢いよく抱きつく。ルイザは予想していたのか、私を慣れた様に受け止める。
「ありがとう!!やっぱり持つべきものはルイザよ!」
私は更に強く抱きしめる。それにルイザが慌てだす。
「レティシア様!ちょっと、待って下さい!離れて!」
ルイザのその叫びを無視し、私は更に強く抱きつく。するとぐらりと身体が浮いた。
えっと思う間もなくそのまま倒れこむ。どうやらルイザは私があまりに強く抱きついたせいで支えきれず、倒れてしまったようだ。
「いったあ」
私はそっと起き上る。と同時に顔を青くした。私の下には鬼の様な顔をしたルイザがこちらを静かに見ている。
やってしまった。
そう思った同時にルイザの怒鳴り声が響いた。




