26.2人だけのダンスパーティー
「うう、わかりましたよ。帰ります」
私はため息をつく。できればもう少しいたかったというのが本音だ。たしかに今日は面倒ごとに巻き込まれて、災難ではあったけど、同時に楽しくもあった。
陛下と一緒に王宮内を歩けて。しかも貴族に挨拶している陛下は離宮にいる時とは少し違って、いつもよりも王様らしく見えた。
そんな新たな一面が見れて、正直嬉しかった。
ふと、かすかに舞踏会の会場から流れてきたと思われる音楽が聞こえる。
そういえば今日は挨拶ばかりしていて踊れなかったなと思い出す。
せっかくルイザやラルフ達につきあってもらったのに。
ちょっとだけもったいない気がする。
「結局、踊らなかったですね」
「踊りたかったのか?」
「そういう訳じゃないですけど、ルイザが散々踊るって言うから特訓してきたのに」
あの鬼の様な特訓はなんだったんだ。
そうルイザに内心で文句を言っていると不意に陛下が私の前に来る。どうしたのかと思い、首をかしげる。
そんなに私に陛下は何も答えず、ただただ私の前に立っている。
本当にどうしたのかと心配になっているとふと陛下が動く。陛下は見惚れるほど綺麗な動作で膝を折る。
そして、私の手をとり、そっと言う。
「一曲、余と踊ってくれるか?」
「へ?」
今なんて言った?私の空耳かな?うん、そうだよね。
だって、あの陛下が私をダンスに誘うなんて、そんな。
私は目の前で跪く陛下を見る。陛下はじっと私を見返す。緑色の瞳が静かに私を映す。
あはは。冗談じゃないぽい。
驚きに固まる私をよそに陛下は焦れたのか立ち上がり、私の返事も待たず腰に手を回す。
そして身体を引き寄せ、私の手をとる。
「ちょ、ちょっと待って!」
「何だ?」
「踊るなんて誰も言ってない!」
「特訓したのだろう?」
「そ、そうだけど!」
「口だけか」
「ちがいます!めちゃくちゃ練習しました!」
「なら、いいな」
「ああ!?」
踊りたいなんて言うんじゃなかった!いや、確かに少しがっかりしていたのは事実だ!
でも内心ほっとしていた部分もある。
だって、今日の陛下は格好のせいか、なんかいつもの陛下と違って、こう調子がくるうというか。
いつもよりどきどきするというか。
そんな状態でダンスなんて踊った日にはどうなるか。
私は慌てて陛下に言う。
「きょ、曲!こんなとこじゃ曲ほとんど聞こえないし!」
「別にかまわん。練習だと思えばいい」
「いやいや、相手が陛下で練習とかないでしょう!?」
「さっさと手を回せ」
「いや、でも」
「命令だ。回せ」
そう言って陛下は私を睨む。
酷い。命令だなんて!
そんなこと言われたらもう逆らえない。私は意を決して陛下を見る。
「陛下、最初に言っておきますけど足踏んでも怒らないで下さい」
「練習したのだろう?」
「練習しました!でも、万が一とかあるでしょう!?」
「わかった。さっさと手を回せ」
そう言うと陛下は黙って、私が手を回すのを待っている。
もう逃げられない。私は深く深呼吸を1回すると陛下の背に手を回した。
更に身体が引き寄せられる。すぐ近くに陛下の端正な顔が見える。そして一瞬の間の後、陛下はゆっくりと最初の足を踏み出す。
散々練習したステップ。身体は自然と動いた。
かすかに舞踏会の会場から音楽が聞こえる。それに合わせて私と陛下は踊る。陛下はやっぱりというか踊るのがうまかった。
おそらく長年にわたり相当練習していたのだろう。動作ひとつひとつが綺麗で目を奪われる。
私だってあんなに練習したというのに、私は陛下に合わせて踊るのがやっとだった。
もはや近いとかそんなこと気にしていられない。こうなったら根性で絶対ミスなく踊ってやる。
くるくると周り、身体が離れ、またくっつく。軽やかに踏まれる陛下のステップに私は必死になってついていく。
あと少し。曲も終盤にさしかかり、あと少しというところで不意に頭上から笑い声が聞こえた。
私は顔を上げる。
すぐそばには陛下の顔がある。そしてその顔を見て思わず足が止まる。
陛下が笑っていた。
あの陛下が。私を見て笑う。
あの時、塔の上で見た時と同じような穏やかな笑みを陛下は浮かべている。
ただ違うのは今その笑みを浮かべているのはあの時のように祖国に対してではない。
私に対してだ。私に陛下は笑っている。
あの穏やかな笑みで。
「あ……」
正直、目を奪われた。だってあの陛下が私に笑いかけているのだ。
当然目も意識もそちらにいく。
そう完全に。
あっと思った時には遅かった。
私は間違ったステップを踏んでいた。陛下はそれをいともたやすくよける。
さすがは陛下だなんて思う暇もない。私はそのままバランスを崩し、倒れ込む。
また、倒れる!
為すすべもなく崩れ落ちる私の身体。そのまま倒れていくはずの身体を陛下は当然というか、慣れた手つきで抱き留め、そしてあろうことかそのまま抱き寄せる。
「なあ!?」
思わず変な声が出る。
え、あれ、今どうなっているの!?何で、何で陛下に抱きしめられて!?
「へ、陛下!?」
声が裏返る。顔が熱い。心臓の音がすごい。
なにこれ。なんでこんなに。こんな。
こんなの知らない。こんなの。
混乱している私の頭上から不意に大きな笑い声が響く。
陛下が笑っていた。声を出して可笑しそうに笑って、私を見ている。
可笑しくてたまらない。そういった顔で私を見る陛下に私は思わず声を上げる。
「ええ!?何で!?」
「お前のその顔は何だ。どれだけ必死な顔をして踊っているのだ」
「ええ!?顔!?」
私、そんなに余裕ない顔してたの!?いや、実際全然余裕なかったけど、でもそれで笑う程って、ええ!?いったいどんな顔してたのよ!?
「わ、笑わなくてもいいじゃないですか!」
「く、いや、そうだな。すまん」
「全然笑いやんでない!」
陛下はまだ笑っている。あの陛下が。
何故かそれが嬉しくて、私もついつられて笑う。
「もう陛下が笑うから私まで可笑しくなってきたじゃないですか!」
「お前があんな顔するからいけないのだろう」
「必死だったんですよ!陛下の足を踏まないように!陛下足踏んだら絶対怒るじゃないですか!」
「その程度で怒る訳ないだろう」
そう言って陛下がまた笑う。私も笑う。
二人して何が可笑しいのかも分からず笑う。
せっかく抱き合っているのにムードとかそんなの全くなくて、全然ロマンチックじゃなくて。それでもこういうのも悪くないかもしれない。
そんなことを思ってしまうぐらいにその訳のわからないやりとりが私は楽しかった。




