25.人の話はあてにならない
「陛下!ちょっとどこまで行くんですか!?」
私のその問いかけに陛下は答えない。陛下は私を横抱きにしたまま足早に庭の中を歩いて行く。舞踏会の会場があっという間に遠ざかる。
すごい、離宮の中庭と違ってこの庭はこんなに広いんだ、なんてそんなのんきなことを考えている場合じゃない!
「ちょ、陛下聞いてます!?というか何でまた横抱き!?」
好きなの!?横抱きするのが好きなんですか!?
いや、本当に軽々と私を持ち上げて凄いなって思いますけど!でも、やっぱり恥ずかしいから!
もうね、ときめく以上に恥ずかしくてどうにかなりそうだから!私の心臓がもたないから!
とりあえず下ろして!
今日はただでさえいつも以上に格好が素敵で陛下がいつもの倍かっこよく見えるのに、それがこんなことされれば、もう本当に心臓がもたない。
「陛下!!」
何度目か分からない呼びかけにようやく陛下は答えた。足を止め、鬱陶しげに私の方を見る。
いやいや、そんな目で見る!?勝手に陛下がこうしたのに!?それなのにそんな目を私に向ける!?可笑しいでしょう!?
思わずそう言いかけたが私がぐっと我慢し、口を閉じる。
ここでまたケンカでもすればたぶん陛下は私を横抱きにしたままだ。それは避けたい。
というかさっさと降りたい!このままじゃ本当におかしくなっちゃうから!
「なんだ?」
「なんだじゃないですよ!もう、いきなり何ですか!?」
陛下はじっとりした視線を向ける。
え。何。もしかして不機嫌?え、私がいけないの?
「喋るなと言ったはずだが?」
「え?」
いや、そう言えば、そんなこと言われたような。
あー、うん、ちょっと約束やぶっちゃった。うん、ほんのちょっとだけどね。
私はごまかすように笑う。当然陛下がそんなものにごまかされる訳がない。
「面倒ごとを起こすなとも言ったはずだが?」
「うっ!!」
そんなこと言われた気も、いや、わかるよ!確かにやっちゃった!で、でもね、それは全部私が悪いわけじゃないのよ!?
私はそう弁解するが、陛下の目は変わらず冷たい。
あ、これ駄目っぽい。
私はもう、すぐに頭を下げた。ごめんなさいと。うん、もうね。素直は美徳。
これも前世の社会人生活から学んだことだ。とりあえず怒っている相手には謝っておけ。いちよ、謝ることが大事なのよ。
これが効いたのか、陛下の目が僅かに和らぐ。
えっと、少しは許してもらえた?大丈夫だよね?
少し機嫌がよくなったのか、陛下は私をそっと下ろす。
いつもずっと抱いたままなのに!これは嬉しいことだ!よかった!
内心ほっとする。
「何もされていないか?」
「大丈夫です!扇子をちょっと投げられた程度です!」
言ったあとにあっと思う。しまったと思ったが遅い。
陛下は眉をしかめ、私を見る。
「扇子を投げられただと?」
「あ、違います。今のは、ちょっと間違えで、そう何にもなかったです」
私はそう言ってあははと乾いた笑みを浮かべる。それを見て、陛下は静かに言う。
「言っておくが、余に嘘をつくと罪に問われるぞ?」
「ああ!投げられました!ええ、投げられちゃいました!でも、無傷です!大丈夫です!」
陛下の一言に私は慌ててそう答える。こんなことで罪に問われるなんて冗談じゃない。
私のその答えに陛下は顔を厳しくした。
これは、うん、また怒ってそう。せっかく少し機嫌良くなった感じだったのに。
いつも不機嫌な陛下だけど怒るとやっぱりほんのちょっとだけだけど雰囲気が変わる。
こう、本当に近寄りがたいような。まさに今ように。
私はわざと明るめに笑う。
「いや、でも本当に大したことなかったですよ?」
「そういう問題ではない。お前は余が選んで王妃になるのだ。それに手をあげるということは余の言葉に異を唱えると同義だ」
「そ、そうですか」
よくわからないけど。つまり陛下の言葉に逆らったってことで、それが陛下は許せないと、そういうことか。
「なんだ。てっきり私を心配して怒っているのかと思ったのに」
そうだったら陛下のこと見なおしたのに。そう思っていると陛下が私の方を呆れたように見る。
その目がなぜか生暖かい。
「陛下?あ、あの?」
「お前は……本当にわかっていないな」
「え?何をです?」
何がわかっていないんだろう。
そう思って、再度尋ねるが陛下は答えない。ただ呆れた表情をするだけだ。
本当に陛下が何を考えているかわからない。誰かわかる人に通訳してほしい。陛下はそんな私をよそに真面目な顔をする。
「お前は王妃となる者だ。大勢の者はそれを認めているが、当然それを良く思わぬ者もいる。今のあれもそうだ」
「そうですか」
別に予想できたことではある。誰もが私を喜んで迎えるはずがない。
特に国同士が絡むこういう結婚では。そして彼女が側室ならなおさら。
「あの人が側室の方なんですね」
側室。わかっていたことではあるけど。実際それを見ると結構くる。
私は陛下一人だけだけど陛下は違う。だって陛下は王様だから。それが当たり前だから。
そうわかっているのに。何故か胸が痛む。
フランチェスカ様が自分は陛下に愛されていると言っていた。あれは本当なのだろうか。もしかして陛下は前に見せたあの穏やかな笑みを彼女には見せたりするんだろうか。
そう思うと何故か気分がはれない。
何だろう。とても嫌な気がする。とてもとても。
彼女と陛下が笑っているところを想像するととても苛苛して、同時に胸が締め付けられるような感じがする。
どうしたのだろか。
こんなの知らない。こんなの。
「おい」
陛下のその声に私ははっとする。慌てて陛下を見れば、陛下は不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。
「余はまだ側室をもっておらぬ」
「え?」
その返答に私の思考が止まる。
側室を持っていない?え、でも、さっき、彼女は確かに、え?じゃあ、ええ?
私は慌てて陛下を見る。陛下は黙って私を見返す。
その顔は嘘をついているように見えない。ということは。
「嘘ってこと!?ええ!?」
それはいくら何でも痛すぎない!?側室でもないのに側室とか、陛下の寵愛を受けてるとか言っちゃって!?
それはないわ!さすがに痛い!痛すぎる!!
「い、いや、わかっていたけどね!」
確かに陛下があんなご令嬢に心奪われるなんて正直想像がつかない。
陛下は見かけによらず優しい人だ。それがあんな性格の悪い人を愛するなんて、絶対ない。
そうは思っていたけど、思っていたけど。
「でも、まさかあんな堂々と嘘つかれるとか!」
「全てが嘘ではない。あれはいずれ余の側室になるかもしれぬ令嬢だ」
「あ、そ、そうなんですか」
そう言えば彼女、ゆくゆくはとか言っていたっけ。
ああ、なるほど。側室になったら寵愛される予定ってことね。あくまで彼女のなかでって話だけど。
ちらりと陛下の顔を見る。陛下は無表情だ。全く何を思っているのかわからない。
こうなったら仕方ない。
私は意を決して、気になっていること尋ねてみる。
「えっと、ちなみに陛下はフランチェスカ様とその親しかったりします?」
「誰だそれは?」
「え、いや、さっきのご令嬢ですけど!?フランチェスカって自分で名乗っていましたけど!?」
陛下は「そうか」とだけ言う。
あれ、まさか陛下本当に覚えてないの!?え、それはどういうことなの!?
「陛下!側室になる令嬢の名前を覚えてないって、それどうなんです!?」
「公爵家の娘だ。顔は知っているし話したこともある」
いやいや、顔は知っているって、そりゃあそうだろうけど!話しているのに名前も知らない!?
どんだけ相手にしていないのよ!?
「そもそも、何故余が覚える必要がある?」
「え、そこから!?」
本気でさっきまで堂々と陛下に寵愛されているなんて言っていた彼女が可哀そうになってくる。
言ってあげたい。貴方、全く陛下に相手にされてないわよって。言ってあげたい。
たぶん、私が言ったら、めちゃくちゃ怒ると思うけど。
でも、意外だ。陛下は何でもできる人だから、人の名前なんて簡単に覚えられると思っていたんだけど。
実際、私の名前だって、言わないけど覚えていたし。と、いうか、あれ?
「私の名前は覚えていたじゃないですか!?なんでそのご令嬢の名前は憶えていないんです!?」
私の問いかけに陛下は何を言っているという顔をする。
いや、その顔をしたいのはこっちの方なんだけど!
「お前は余の妻になるのだ。妻の名を覚えぬはずがないだろう」
「え?」
陛下のその答えに私は完全に固まった。
今なんて言った?え、妻の名を覚えぬはずがないって?
えっと、それはつまり、私の名前は覚えるけど、他は覚えないってこと?てか、あれ?
私はある事実に気付き、思わず顔が熱くなる。
今、陛下はなんて言った?余の妻になる。妻って、あれ、陛下が私を妻って言った?
確かに私は以前、夫と陛下のことを言ったことがあった。でも陛下はそんなこと当然今まで言うはずなくて、それなのに、こんな突然。
まずい。顔どころか身体も熱い。
せっかくおさまっていた心臓の音がまたうるさくなる。
待って。いや、落ち着いて!たぶん陛下に深い意味はないから!そう、言葉のあやとかそういうのだから!だめ、落ち着いて平常心!平常心で!
「おい、どうした?具合でも悪いのか?」
「どうもしないです!全然元気です!」
「顔が赤いが?」
「そ、それは気のせいです!そ、そうちょっと熱くて!いやあ、今夜は熱いですね!」
「今夜は涼しいと思うが?」
「私は熱いんです!」
私はそう言って火照った顔をなんとか冷まそうとする。しかし赤くなった顔はなかなか治らず、それどころかますます赤くなっている気がする。こんなこと前世は一度もなかった。
ど、どうしよう。どうすればいいのよ!?
パニック寸前になっている私を見て、陛下は小さくため息をつくと酷く落ち着いた声で言う。
「今夜はもう帰れ」
「え、もう!?」
陛下の予想外の言葉に私は慌てる。だってまだ舞踏会は続いている。それなのに主役の私がいなくなるなんて、そんなの。
私の心配をよそに陛下は静かに答える。
「一通りの挨拶はすんだ。もう今夜はよい」
「で、でも!?」
「無理をするな。帰れ」
どうやら陛下は私の体調が悪いと思っているようだ。
有無を言わせぬ陛下の一言に私は押し黙る。いくら大丈夫だと言っても陛下は信じない。帰れと繰り返すのみだ。やがて私も諦めた。




