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23.これぞ女同士の争い


 嘘でしょう?こっちに来る!?どうか、私じゃありませんように! 

 私の願いもむねしく、靴音は私の元で止まった。


「あら、これはこれはレティシア様ではないですか」


 名前を呼ばれ、私は観念したように振り返る。そこには3人のご令嬢が立っていた。

 前に1人。そしてその後ろに2人。私に声をかけてきたのはおそらく前にいたご令嬢だ。いかにも貴族のご令嬢という感じである。露出のやや多めのドレスに煌びやかに輝く宝石たち。顔も私よりもずっと美人だ。ルイザと同等もしくはそれ以上、大人の女性として色気を感じさせる顔立ちをしている。

 その後ろにいる2人もご令嬢ではあるだろうが前のご令嬢に比べれば、ドレスも装飾も地味だ。

いわゆる取り巻きという奴だろう。

 3人とも私をあざけ笑うように見ている。つまりこれはあれだ。私はどこぞのご令嬢に絡まれたらしい。

 なんとも面倒くさいことだ。

 私は内心ため息をついた。


「初めまして、私フランチェスカと申します」


 そう言って目の前にいた令嬢がにっこりと笑い、私に挨拶をする。

 私はそれに笑顔で答える。

 この令嬢がどの位の令嬢かは知らないが、陛下の正室になる私よりも位が高いことはないだろう。こちらの名前を知っていたということは紹介もいらない。私は笑って綺麗に礼を返す。

 それに彼女は目を細める。私を品定めするようにじろじろと見て、そしてあろうことか鼻で笑った。それと同時に取り巻きの2人も笑う。

 うわあ。露骨だ。

 その目には明らかな敵意がある。これは本当に面倒なことになりそうだ。

 私は改めて気を引き締める。


「急に話しかけてしまって、申し訳ありません。私、レティシア様と前々からお話したいと思っていたのです」


 私と?何で?

 思わずそう言いそうになったが、言う前に慌てて口を紡ぐ。

 陛下に喋るなと言われていた。

 危ない、危ない。もしもその約束を忘れ、口を開き、面倒ごとを起こしてしまえば、間違いなく陛下に怒られる。

 私はそう思い、黙ってそれを聞く。それをどう受け取ったかは知らないが後ろにいる取り巻きが喋りだす。


「まあ、だんまりですの!?わざわざフランチェスカ様が声をかけていると言うのに」

「本当。他国の姫君だからどんな人かと思えば礼儀作法もまともにできないなんて」

「2人ともおやめなさい。レティシア様は私たちよりもずっと高貴な方。そんな方が私たちなど相手にするはずがないの。ねえ、レティシア様?」


 そう言ってフランチェスカと名乗った令嬢が笑う。ねっとりとこちらを見下すような笑みだ。

 はっきり言って見ているだけで気分がよくない。


「でも、フランチェスカ様はこのアルフガルト王国の公爵令嬢なのに!」

「そうですよ!それにこの国の令嬢の中でも一番陛下にご寵愛を受けているのですよ!それを!」

「え?」


 公爵令嬢?この目の前のご令嬢が?そして、陛下のご寵愛を受けているって?ええ?

 突然言われた事実に目を見開く私にフランチェスカ様はにこりと笑う。


「私、陛下の側妃として迎えられる予定ですの。いずれはレティシア様とお顔を合わせることがあると思いますので、その際はよろしくお願いします」


 側妃?側妃って、つまり側室!?じゃあ、この令嬢が陛下の側室に!?

 というかもう側室いるの!?て、てっきり私が王妃になってからそういうのはできていくと思っていたのに。そんな。

 いや、よくよく考えればそのとおりかもしれない。

 私が王妃候補なら当然もう側妃候補がいてもおかしくない。ということは本当にこのご令嬢は、陛下の側室。

 がらりと何かが崩れる音がする。それが何かはわからない。

 ただ、何故か胸が苦しい感じがする。


「私、いつも陛下からレティシア様のお話を聞いているんです。とても不作法で問題ばかり起こす。そう陛下が呆れたように仰っていましたわ」


 その言葉に私は思わず固まる。

 あの陛下が?あの陛下がそう言っていた?そんなことって。

 私の動揺をよそにフランチェスカ様は続ける。


「姫なんて名ばかりで上品さのかけらもない。この国の王妃としてふさわしくない。陛下はそう嘆いていましたわ。私もお話を聞いていた時はそんなと思っていましたが、今実際にお目にかかると正直陛下の嘆きようも理解できますわ。申し訳ありませんがレティシア様は陛下に並び立つには些かふさわしくないかと思いますもの」


 そう言って彼女はふふふと上品に笑う。それに続けて後ろの取り巻きの令嬢達も笑う。悪意のこもった笑み。こちらを見下すその笑みを私は黙って見返す。

 彼女のその言葉に胸が痛む。だが同時にそれをおかしいと思う自分もいる。

 陛下がそう言った?あの陛下が?優しい陛下がそんなことを本当に言うだろうか?

 確かに自分は姫君としては陛下が求めていた普通の姫君とは違うだろうし、問題もおこしているかもしれない。

 それでもそのことをあの陛下が誰かに愚痴のように言うだろうか?

 そんな姿はとてもじゃないが想像つかない。

 それともこのフランチェスカ様はそれぐらい陛下に信用を寄せられているというのだろうか。

 こんな人を見下すような人を陛下が本当に寵愛するだろうか?

 陛下との今までのやりとりを思い返す。何度考えても私にはどうしてもあの陛下がそんなことするとは思えなかった。


「仕方ないですよね。レティシア様よりもフランチェスカ様の方がとてもお綺麗ですし」

「所詮お飾りの王妃様ですものね。陛下も隣国との同盟の為に仕方なく結んだご婚姻ですし」

「そうでなければ、今頃王妃にはフランチェスカ様がなられていたのに」

「やめさない。貴方達、いくら何でもレティシア様に失礼よ。でも、そうね」


 そう言ってフランチェスカ様は私をじろじろと見る。そして勝ち誇った笑みを浮かべ、得意げに言う。


「これなら、そう言われても仕方ないかしら」


 そう言われ、私はああと思う。やっぱり違う。

 明確な理由はない。でもわかる。このご令嬢を陛下が寵愛することはない。それどころか好ましく思うはずもない。

 だって、こんな、誰かを傷つけることを平気でやってのける人を陛下が思うなんて。

 そんなこと絶対ありえない。


「そう陛下が仰ったんですか?直接、貴方に?」


 私はそっと口を開き、確かめるように聞く。できるだけ冷静な声を出したつもりだけどどうだろう。怒りでちょっと声が震えたかもしれない。

 しかしフランチェスカ様はそれに気づかなかったのか、それとも気づきながらあえて無視したのか、勝ち誇った笑みで答える。


「ええ、もちろん。私は陛下のご寵愛を一心に受けていますから」

「そう。なら陛下のお心もわかると?」

「もちろん!私たちは愛し合っていますから!私は誰よりも陛下を理解しています!」


 何だこれは。茶番だ。全部茶番。

 もはや呆れて何も言えない。何が陛下を理解しているだ。

 本当に理解していたらこんなこと言えないでしょう。

 更に茶番は続く。

 フランチェスカ様はあと大きなため息をつき、わざとらしく肩を落とす。そして嘆くような声を出す。


「こんな王妃の品位のかけらもない方が王妃だなんて。陛下可哀そう。私の方がずっと王妃にふさわしいと言うのに」


 そう言ってフランチェスカ様はにやりと笑う。その笑みを見た途端、ぶちりと何がきれる音がした。

 面倒ごとを起こすな。そう言われたけど、今はいいんじゃないかな?

 だって、これ、怒ってもいいやつでしょう?

 先にケンカを売ったのは相手。なら、買うのが礼儀。一瞬、陛下の顔がよぎったけど、目の前のフランチェスカ様を見て、すぐにそれはかき消えた。

 私にケンカを売るなんていい度胸だ。

 私はにっこりと笑って、ご令嬢たちを見る。僅かに私の雰囲気が変わったのを感じたのか、フランチェスカ様の表情が変わる。


「へえ、陛下がフランチェスカ様にそう仰ったと!ほお、そうですか!それで陛下に私にそう言うように頼まれでもしたんです!?」

「そ、そうよ!何?文句でもありまして?」


 鬱陶し気な顔でフランチェスカ様はこちらを見る。その返答に私は確信した。

 これは嘘だ。そう、彼女が勝手に語った嘘。だって、そうだろう。

 陛下はそんなこと言わない。

 例え万が一陛下が私の悪口を言っていたとしてもそれを当の本人に告げるように言うなどありえない。

 実際、さっき会った宰相だって、私のことをよく思っていないようだったが、露骨な態度を示すことはなかった。それはおそらく陛下に配慮してのことだ。

 陛下は間違いなく、こんな悪意を向けるような事を人に言うことをよしとはしない。だって、陛下は優しいから。

 そんなこと口にすればどうなるかきっとわかる人だから。

 だから陛下はそんなことしない。

 そう分かれば、もはやその言葉を聞いても、胸が痛むことはなかった。それどころか今度はむくむくと胸の内に怒りがわく。

 私に対して文句があるのはわかる。言いたいことがあるのもわかる。でも、それを陛下が言ったことにするなんて。

 陛下はそんなことけして口にするような人じゃないのに。

 そう言ったなんて、そんな陛下を貶めるようなことを言うなんて、そんな彼女が許せなかった。


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