21.煌びやかに荒れ狂う舞台へ
「姫様いいですか!?くれぐれも暴走しないでくださいね!陛下に全て任せて、大人しくしていて下さいね!」
「わかってるから」
ルイザは不安げな顔をして私を見る。
もう初めてのお使いに出かける子供じゃないんだから。私がいくら大丈夫だと言ってもルイザの顔は晴れない。
私、どんだけ信用されてないんだろう。さすがに傷つくわ。
今日の舞踏会にルイザはつれていけない。私はラルフ達を連れ、一人で王宮へと向かうことになっている。
王宮では陛下が待っていて、行けばあとは陛下が面倒みてくれると言っていたので、私は特に心配していない。
しかしルイザは違うようだ。先ほどから物凄く不安なのか、ずっと同じことを繰り返し言っている。
「ルイザ、落ち着いて。大丈夫だから」
「本当ですか!?本当に、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だから!」
大丈夫だって。もう気持ちは分かったから、とりあえず落ち着こう。
最初は私だって、もちろん緊張していた。今日という日の為にルイザから地獄のような特訓を受け、なんとか礼儀作法を頭にたたき込んだけど、所詮付け焼き刃。
いつぼろがでてもおかしくない。そう不安に思っていたのだけど、私よりもルイザの方があまりにも不安そうにするので、逆に私の方はだんだん落ち着いてきた。
もう今更どんなに焦ってもしょうがない。まあ、どうにかなるでしょう。
私は顔を上げ、歩き出す。
「じゃあ、行ってくるから」
「はい。レティシア様くれぐれも」
「わかっているから!大人しくするから!」
私はようやく心配でどうにかなりそうなルイザを振り払い、馬車へと向かう。
すぐにラルフ達がついてきた。ラルフは私より少し後ろにつくと私の格好を見て笑う。
「姫様。今日はとてもお美しいですね」
「ありがとう。お世辞でもうれしいわ」
「お世辞なんてめっそうもない。本日はいつにもましてお綺麗ですよ」
それはそうでしょうね。ラルフにそう言われ、私はため息をつく。
確かにいつもとは全然違う。髪も化粧も今夜はこれでもかというほど気合が入っている。
陛下が作ってくれたドレスはいかにも舞踏会といったもので、レースがふんだんに使われた豪華で煌びやかなドレスだった。
ドレスのセンスに関しては、さすがは陛下が選んだだけはある。とても素敵なものになっている。
私が着るにはやや大人びて、少し露出も多い気がするけど、せっかくの舞踏会だし、これぐらいはいいだろう。
ただ一つ文句をつけるとすれば色が赤なことだろうか。
いや、ドレスじたいは赤でとてもよく似合っている。しかし普段なら私は赤なんて目立つ色のドレスは着ない。
この辺は陛下の趣味なのだろう。
「それよりもドレスってどうしてこんなに重いの?」
それほどボリュームのあるドレスではないのだが、何層もレースが重なっている為か、普段の身軽なドレスに比べ3倍以上は重い。
正直動きづらいし、歩くのにも苦労する。
靴もいつもより高いヒールのものを履いているので、油断するとすぐ足元がふらつく。
「こんなんで踊れるのかしら」
「大丈夫ですよ。あれだけ練習しましたから」
ラルフはそう言って、僅かにふらつく私をそっと支えてくれる。
確かに私はこの日のために散々ダンスの練習を行った。
何度足が痛くなったことか。あの時のルイザはまさに鬼だった。どんなに泣き言を言おうとけして、妥協しない。「姫様なら絶対できます」そう言って、何回、何十回、何百回と踊らされた。もう目を閉じたってステップは踏めるくらいだ。
もう当分ダンスの練習はいい。今でも思い出すだけで身震いする。
「ラルフもごめんね。散々練習の相手をさせて」
「いえいえ、姫様のお相手をさせて頂けるなんて光栄ですよ」
ちなみに最初はクライドと踊っていたのだが、あまりのハードな練習にクライドは早々に挫折した。
元々クライドはダンスがあまり得意ではないらしい。ラルフは年齢が上なだけあって、踊り慣れているのか、ダンスも上手だった。
とはいえ、さすがのラルフも後半はばてていたけど。
「それでは行きましょうか姫様」
そう言ってラルフは私から離れ、馬車の扉を開ける。
大丈夫。これだけやったんだから。陛下とだって踊れるはず。
私は大きく深呼吸をするとドレスの裾を軽く持ち、馬車の中へと入った。
「うわあ、すごい」
王宮についてすぐ私は思わず感嘆の声を上げた。
初めて入った王宮は凄かった。まさにファンタジー世界でてくるお城だ。映画の中でしか見たことがない光景が今実際に私の目の前には広がっている。
華やかなで飾り物。煌びやかなシャンデリア。豪勢な室内。
あまりにも見慣れないそれが珍しくて私は思わずきょろきょろと辺りを見てしまう。
奥にはおそらく舞踏会の会場となっている広間があるのだろう。
舞踏会の参加者と思われる派手な衣装に身を包んだ貴族の方々が次々と奥へ向かっていく。
その流れにのって歩いて行こうとするとラルフがそっと止める。
「姫様、このまま2階に上がって下さい」
「え、2階?」
私は思わず首を傾げる。舞踏会の会場への入り口はこのまま奥にあるのにどうしてわざわざ2階にいく必要があるのだろうか。
そんな私の疑問を察してかラルフが答える。
「この舞踏会の会場の入場口は1階と2階にあります。一般の招待客は1階から通常入場していきますが、陛下は2階からの入場となります」
へえ、そうなんだ。陛下は2階からなんだ。やっぱり王様は特別なのね。
そんなことを思いながら、私はあることに気づき、はっとする。
待って。今日は陛下がずっとついているって言っていた。ということはまさか、入場も一緒!?
「私も2階なの!?陛下と一緒に入ってくの!?」
「はい。今夜は陛下が付き添いますので」
「そ、そうなんだ」
ラルフに連れられ、両サイドにあった階段へと案内される。
階段か。この階段をこの格好で登らなきゃいけないのか。見るだけでうんざりしてしまう。
まあ、あの塔の階段に比べれば雲泥の差だけど。
私は気合いを入れ、一段一段ゆっくり上っていく。
本当にドレスが重い。これはやっぱり筋トレして筋肉をつけて正解だ。そうじゃなきゃ、途中で挫折していた。
「やっぱり体力が大事じゃない」
今度みんなにそう言ってやろう。
そう考えながら私はやっとの思いで、階段を登りきる。息を着く間もなく、更に奥へと連れて行かれる。
もう、遠い!どれだけ歩かせるのよ!せめてヒールだけでも今すぐぬぎたい!
そう思っていると、ようやく舞踏会の会場の入り口が見える。
入り口の前には陛下がいつもの不機嫌そうな顔をして待っていた。
顔はいつもと同じだが、やはり格好はいつもより気合いが入っている。華やかな装飾や金色の糸で刺繍がされた豪華な服に身をつつみ、手触りの良さそうな長めマントを羽織っている。
いかにも王様って感じの服を着こみ、陛下はいつにもまして威圧的に見える。
「凄く王様に見えるわ」
陛下のその姿を見て私は思わず、そう呟いてしまった。
しまったと思ったがもう遅い。陛下は顔をしかめ、私を呆れたように見下ろす。
「お前は余をなんだと思っていたのだ」
「もちろんいつだって陛下だって思っていましたよ!?でも、その、今日はいつにまして王様って感じだから、つい!」
「普段からあれで、余を王と思っていたのか?」
何故か陛下は目を細め、僅かに私を責めるように見てくる。
え、あれ?いや、思っていたよ?十分思っていたと思うけど?あれ、もしかして、私また無意識に何かやらかしていた?
心配になってそう尋ねたが陛下は何も答えない。ただ、ため息をついている。
うん、たぶん何かやらかしているんだと思う。
全然自分で考えてもわからないけど。
「えっと、何ですか?もっと王様として扱ってほしいんですか?」
「いや。お前は今のままで良い」
私の問いかけに意外にも陛下はそう答えた。
今のままでいい?それってどういう意味?
そう聞こうと思ったその時、舞踏会の会場からわっと音楽が聞こえだした。
「え、な、何!?」
「そろそろ始まるぞ。もう少ししたら入っていく」
いよいよ始まるらしい。心臓が軽くはねる。
うわあ、やっぱり緊張してきた。会場に入っていく時にこけなければいいけど。
「今日はお前の顔見せだ。皆、お前を見に来ている。いいか堂々としていろ」
「えっと、将来王妃になる人がどんな人か見に来ているってことですか?」
「そうだ。この国の古い習慣で王妃は離宮で半年籠もり、王妃になる準備を整える。その半年間はお前をむやみに外には出せない。公に姿を見せる機会は今回のような夜会や舞踏会のみになる」
「そうなんですね!」
それは初耳だ。どうりで最初何度お願いしても門番の人がかたくなに外出を許してくれなかったはずだ。
私が1人納得していると陛下が訝しむように私を見る。
「最初に来た時そう説明したはずだが?」
「え?」
あ、あれ?そうだっけ?
私は思わず目線をそらす。それに陛下はじっとりと責めるような視線を向ける。
無言のその攻撃に、私の額から冷や汗が流れる。
そんな目で見ないでよ!私のせいじゃないから!その辺の記憶はちょっと曖昧なんだって!
陛下は私を無言で見続ける。耐えきれず、私は必死に笑顔を作り、陛下を見上げる。あははと乾いた笑みを浮かべ、ごまかせば、陛下は大きなため息をついた。
「お前は余の隣にいて、笑っていればいい。いいか、くれぐれも余計なことはするな」
「わかっていますって!」
大丈夫ですよ!散々ルイザに言われていますから!本当にみんなして私を信用してないんだから!
「あと喋るな。お前は喋るとぼろがでる。余の隣に立って笑顔で黙っていろ」
「ええ!?そんな!?」
だって私の顔見せが目的なんでしょう!?ということはある意味主役は私なのに喋るな、なんていくらなんでも酷いんじゃ。
「陛下、私だって挨拶したいです」
「必要ない。余がする」
「でも、ちょっとぐらい」
「命令だ。会場に入ったら一言も喋るな。いいな?」
陛下はそう言って私をじっと睨む。こうなってはお手上げだ。
私はむうと頬を膨らませる。陛下はそれをちらりと見たが、それ以上は何も言わなかった。
そっと陛下が私に腕を差し出す。それを私はとる。そしてすぐに会場の扉が開く。中から大音量の音楽と共に拍手の音があふれ出す。
「ギルベルト陛下、ならびレティシア姫ご入場!」
高らかに言われたそれに私は思わずえっと声を漏らす。それに陛下は顔をしかめ、一瞬だけ私を見た。
慌てて口を紡ぐ。何事もなかったような笑みを浮かべながら内心思う。
陛下ってギルベルトって名前だったんだ。初めて知ったわ。
そう、ここに来て誰も陛下の名前を呼ばない。だから陛下の名前を私は聞いたことがなかったし、知らなかった。
いや、今知って良かった。さすがに夫婦になった後に夫の名前を知らないなんて、そんなこと言ったら間違いなく怒られただろう。
陛下がゆっくりと階段を下りていく。それに合わせて私は一緒に降りていく。




