20.少しずつわかってきたこと
私は気に入っている身軽なドレスに着替え、作りおきしていたお菓子を手に中庭にあるテラスへと向かう。
陛下は相変わらず偉そうにテラスに座り、私が来るのは待っていた。
まあ、王様だからね。しょうがないって思うようにする。
「はい、どうぞ」
私はお盆いっぱいにのせたそれを陛下の前に出す。陛下は訝しんでそれを見る。
「なんだこれは?」
「クッキーです」
「くっきーだと?」
私が作ったクッキーもどきを陛下は黙ってみる。どうやらこの世界にクッキーはないらしい。小麦粉に似た物があったのでそれと卵とバターを使い、試行錯誤のうえできあがったものだ。
もちろん、こういう時の為に甘くならないように砂糖の量も調節してある。
「毒見しますよ」
「いらん」
どうやら陛下はあの日以来私を信頼してくれているのか、それとも食い意地がはっているだけなのか、毒見をしてから食べようとはしない。
まあ、その方が楽と言えば楽だし、私はいいけど。
本当は駄目なんだろうな。後ろに控える陛下の護衛の騎士達がちょっと困ったような顔をしている。でも陛下の意思は絶対らしく誰も反論はしない。
少しは言ってもいいと私は思うけどね。
陛下はクッキーへ手を伸ばし、指でつまむ。普通の大きさのクッキーだけど陛下がもつとずいぶんと小さく見える。今度はもう少し大きくしてもいいかもしれない。
陛下は黙ってクッキーをしげしげと眺めてから、口に運ぶ。時間をかけて、ゆっくりと咀嚼し、飲み込む。そして少し間を置いてから、陛下は表情を全く変えずに言う。
「うまいな」
はい!またその一言!はいはい、わかってましたよ!
でも、まあいっか。気に入らなかった訳じゃなさそうだし。
陛下はもう一個クッキーをつまみ、口に運ぶ。クッキーを口には運ぶけど、表情はやはり一切変わらない。少しぐらい笑ってくれてもいいのに。
今度はその顔が崩れるくらいのとびっきりの一品を作ってやる。
そう思いながら、私は紅茶をすする。
「それで今日はどうするんですか?塔に行きます?」
「いや、今日は行かない」
なんだ。てっきり前の約束を守りにきたのだと思ったのに。少しだけがっかりしながら、私は陛下を見る。
陛下は黙々とクッキーを食べている。
うん、これはまた完食しそうだわ。
「前の時に言い忘れたことがあった」
「言い忘れたこと?それってなんです?」
「今度、舞踏会が開かれる。お前も出るように」
「はい?」
舞踏会?聞きなれない単語に思わず私は目を見張る。
舞踏会って、あれです?あのすっごい綺麗で派手な衣装をきて、踊る。あの、舞踏会?
え、それ、私が出るんです?私が?他の誰かじゃなくて?
驚く私をよそに陛下は黙々とクッキーを食べている。
いや、ちょっと、クッキー食べる手止めてください!っていうか、こっちを少しは見て!
「えっと、聞いてないんですけど?」
「言っていないからな」
「な、なんでそんな大事なこと言わなかったんです!?」
「前回言おうとしたが、お前が阿呆なことをしていて、忘れた」
そこは忘れちゃ駄目でしょう!?舞踏会でしょう!?え、結構な大ごとじゃないですか!
「何で!?だって、今までは一度もそんなの出るように言われなかったのに!?」
「今回は王妃の顔見せもかねての舞踏会だ。必ずお前は出る必要がある」
「そ、そんな!?」
そんなこといきなり言われても!?だ、大丈夫。たぶんマナーとか踊り方とかはレティシアの記憶にも多少残っている。あとはルイザがたぶん特訓してくれるから。
で、でも、この国の舞踏会は初めてだし、それにレティシアは結構こもりがちな性格だったみたいで、そんなに何回も舞踏会に出た記憶はないし。
焦る私を見かねてか、陛下はやっと手を止め、私を見る。
緑色の瞳がまっすぐと私に向けられる。
「安心しろ。挨拶は全て余が行う。お前は隣にいて、黙って、笑っていればいい」
「そんなこと言われましても!?」
「くれぐれも喋るな。ぼろがでるぞ」
「え、ちょ、その言い方はないじゃないですか!」
いくら私だって大人しくしていますよ。そう言い返したが、陛下の目は冷たい。
うん、まったく信じてないね。まー、いいけどさ!
「でも、舞踏会に着るようなドレスを私は持ってなくて」
「舞踏会着ていくドレスは既に頼んである。明日、仕立て屋が来るから、採寸しろ」
「え!?新しく作るんですか!?」
「当たり前だろう。舞踏会だぞ?」
当たり前なんだ。うわあ、めんどう、あ、ちがった。凄い。
こういうのってきっと全部オーダーメイドで作るんだろうな。うわあ、やっぱり面倒だわ。
そう言えば私、前世でもお洒落とか洋服とかあんまり興味なかったんだよね。
本当、仕事と趣味の運動にしか興味なかったもんな。
そんなことを思っていると陛下は何を思ったのか何故か苦い顔をして視線をそらす。
「陛下?どうしました?」
「余が勝手に作らせたがデザインが気に入らなければ、勝手に作り替えろ」
「え、何をです?」
「ドレスだ!他に何がある!?」
少し苛立ったように陛下はそう答える。
作り替える?私が?前世の友人に散々私服のセンスを疑われた私が?いやいや、無理でしょう!?
私は慌てて言う。
「いえいえ、陛下のセンスでいいです!!」
私にそんなセンスは全くないし、この国の流行りとかもわからないし、作り直せなんて言われても無理!
それに比べ、陛下は服のセンスも悪くなさそうだし、任せていいなら、正直もう全部任せてしまいたい。
「私そういうの全然興味ないので!」
正直にそう答えると陛下は微妙な顔をする。
あれ。ひょっとして駄目だった?いや、でも、私がやるよりは陛下の方がいいと思うよ?
そう思っていると陛下は私の方を見ながらぽつりと言う。
「やはり、お前は変わっている」
「え?」
変わっているって、なに。いや、確かに普通の令嬢とは違うかもしれないけど。
それって、いい方で?それとも悪い方で?
あえて聞く勇気はなかったので、私はもう黙って紅茶を飲むことにした。
紅茶をひたすらすすっていると陛下静かに立ち上がる。
ちらりとクッキーののっていたお盆を見ると空っぽだった。
「余は帰る。くれぐれも大人しくしていろ」
陛下がじいとこっちを見る。いいか、今度問題おこしたら本気怒るからな。そうその顔は言っている。
私は慌てて何度も頷く。それを見て、陛下は私に背を向け、歩き出す。
相変わらず大きい背中だ。この国の全てを背負う人だ。きっと今日だって本当は忙しかっただろうに。
その合間をぬってわざわざこの人はここにやってきたのだ。
そう思うと何故か胸が騒いだ。
「陛下!」
遠ざかるその背に向かい、私は思わず声をかける。陛下が足を止め、振り返る。
相変わらずその顔は不機嫌で、あの時見た笑みはない。不機嫌な顔も確かに陛下らしいと思うけど、でも私はどうせならやっぱりあの笑顔の方が見たい。
「また来て下さい!今度はとびっきりの一品を作って待っていますから!」
私のその言葉に陛下の口角が僅かに上がる。
「そうか。また来る」
そう言って陛下はすぐ表情をいつもの不機嫌なものに戻すと私に再び背を向ける。そしてゆっくりと歩き出した。
遠ざかるその背が見ながら、私は思う。
今度は何を作ろうか。どんなものを作っても、きっと陛下はまたうまいと言って、全部食べてくれるに違いない。
「次が楽しみだな」
わくわくした気分で次のことを考えていると、ルイザが落ち着いた声で私に話しかける。
「姫様」
「何?」
「あの、わかっています?姫様は今度舞踏会に出なきゃいけないのですよ?」
ルイザのその問いかけに私は固まる。
そう言えば、そうだった。
「ど、どうしよう!?忘れてた!?次何作るとかそんな場合じゃなかった!?」
そう舞踏会!陛下と舞踏会!!絶対に失敗できないじゃん!
「レティシア様!」
「はい!」
「今日から特訓ですからね!」
あ、やっぱりそうなるよね。
謎の熱意に燃えるルイザを前に私は額に手をやり、天を仰ぐ。
陛下、ごめんなさい。とびっきりの一品はだいぶ後になりそうです。
心の内で私はそっと陛下に謝った。




