13.私と陛下の楽しいお茶会その2
なんでこうなったんだろう。
私は厨房を見渡す。いつも使っている広い厨房が今日は狭く思える。人が多いからだろう。
私はちらりと横に立つ陛下を見る。陛下は珍しげに厨房を見ていた。おそらく初めて中に入ったのだろう。
陛下から少し離れた位置に陛下の護衛の騎士とお付きの者が、そしてその後ろに私の騎士である、ラルフとクライドが。そしてその後ろにルイザが立っていた。
厨房の奥には料理人達が並び、頭を下げている。その一番前に立っている料理長の額からは大量の汗が流れおちていた。
料理長、めちゃくちゃびびってるじゃん。
そりゃあ、そうだよね。まさか陛下が厨房に来るなんて、思わないよね。
ごめんと内心料理長に謝る。
本当にどうしてこんなことになったんだろう。私も全然わからない。
でも、こうなってしまったからにはしょうがない。私は気持ちを無理矢理にでも切り替えることにした。
ドレスの腕の裾をめくりあげる。
せっかくのドレスで作るのはどうかと思うが、ここで気にして作らなければ、陛下の不信感はますます強くなるだろう。
それは私だって望むことじゃない。
「これから作りますが、陛下はどのようなものがお好きですか?」
せっかく作るなら、陛下の好みを知りたいところだ。今後何か作るにしても役にたちそうだし。
そう思って話をふれば、陛下は驚いたような顔をする。
「何故、そんなことを聞く?」
「え、そりゃあ、せっかく作るなら陛下のお好きなものがいいかと」
「そうか」
陛下はそう答えたが、それ以上の答えは言わない。
これはだめかなと思っていると陛下がぽつりと言う。
「肉料理だ」
「肉料理ですか!」
やった!私は思わず嬉しくなって手をたたく。
実は今度夕飯に作ろうと思っていたのはなにをかくそう肉料理だったのだ。偶然の一致だが、これはついている。
材料も全てそろっていることを確認し、私はさっそく料理にとりかかる。
まずは付け合わせから作っていく。思い描くのは前世のステーキのようなものだ。この前、ジャガイモによく似たフランボという芋を見つけたから、マッシュポテトを作ってもいいかもしれない。
肉は何の肉かは相変わらずわからないが、牛肉によく似たものを用意してある。そして今回のソースはレトルの実を使用したちょっと変わったソースだ。
これを作るのにも、結構苦労したんだよね。
料理人達と毎日あーでもないこーでもないと話し合い、できたものだ。ここでお披露目できることは実は結構嬉しい。
私は手早く付け合わせを作っていく。陛下はその間、終始無言でそれを見ていた。
付け合わせができたところでメインの肉にとりかかる。肉に切り込みを入れ、塩こしょうをまぶす。そしてフライパンに油をしき、そっと肉を入れる。
陛下は変わらずずっと無言で私が料理をするところを見ている。
そうじっと。私の顔が僅かにひきつる。
いや、いくら珍しいからってずっと無言はやめてよ!しかも不機嫌そうなその顔のままで!怖い!怖い!
なんで睨まれながら料理しなきゃいけないのよ!?もう怖くて陛下の方まともに見られないじゃん!
もうここまできたら勢いだ。
私はほどよく肉が焼き上がったところで用意していた酒を取り出す。そしてそれをフライパンへと入れた。そう、フランベである。しなくてもいいのだが、せっかく料理場面を見せるならちょっとかっこいいところを見せたい。そう思って用意しておいたのだ。
もちろん練習もしっかりとしてあるので問題ない。
酒を入れると、すぐに火があがる。一瞬にして肉が火に包まれる。
よしっと思ったその瞬間、後ろから誰かに強い力で肩をつかまれた。えっと思う暇もなく、すごい力でフライパンから手を離される。
な、何!?
何がどうなっているのかわからない。
慌てて、肩をつかむ誰かを見る。そこには何故か鬼のような形相の陛下が立っていた。
な、なんで?そう口にする前に陛下の怒声が響く。
「お前は阿呆か!何をしている!」
「え、ええ!?」
何を怒っているのだろうか。ただ普通に料理をしていただけなのに。それなのに。
「ラルフ!今後この阿呆を厨房にいれるな!このような危険なまね二度と許さん!!」
陛下はラルフにそう怒鳴ると私の腕をつかみ、そのまま引きずっていく。
あ、腕、腕を捕まれてる。すごい異性に腕をつかまれるなんて!
と感動している場合じゃない!?な、何!?危険なこと!?いったい何がだめだったの!?だって普通に肉を焼いて、それで。
「もしかしてフランベ?」
あれか!あれがだめだったか!確かに火が上がったけどさ!
あ、そう言えば料理長も最初見た時ひどくびっくりして、私に何度も大丈夫かって聞いてきたっけ。あれはもしかしてこういう意味だったの!?
いや、でも火がちょっとふいただけだよ?それで、ここまで大騒ぎするなんて?
ひょっとして、陛下って見かけによらず心配症?いや、それよりも、さっきの言葉はまずい。厨房にいれるなですって!?その通りになったら、もう料理ができなくなる!
ここまでやってきたのに、今更辞められるはずがない!
私は慌てて陛下に声をかける。
「陛下!今のはフランベって言って料理の手法のひとつで別に危険なことでは」
「お前は王妃になるのだ!料理などする必要はない!」
そりゃあ、そうだけどさ!
「で、でも陛下は何をしてもよいと仰ったではないですか!」
「黙れ!余に口答えするな!」
陛下はそう言って、私の腕を強くひく。
口答えするなですって!?歩く速さも早いし、ひく腕も容赦なくて、痛いし!
おまけに私の話をまったく聞こうとしない!料理を食べてもうまいとは言うけど、その他の感想は一切ないし、笑うこともない!
ただただ難しい顔をするだけ!こんな人で本当にいいの!?
確かに私は、前世の私は恋愛に憧れていた。今度こそ幸せな結婚をするのが夢だった。もう結婚相手が決まっているなら、これから思い合っていけばいい。そう思っていたけど。
本当にこれでいいの?本当にこれで幸せになれるの?
私は思いっきり腕を振り払う。
しかし私の腕をつかむ陛下の手は思いの外強く、はずれない。
「陛下!痛いです!はなしてください!」
私ははっきりそう言い、再度腕を払う。陛下の手がようやく離れた。
陛下は足を止め、私の方を凄まじいすごみをもって睨みつける。
お、怒ってる。だけど、もう、今更だ。
私はとりつくろうのを止め、その目をまっすぐと見返した。
「余に口答えする気か?」
「女性の腕をそんなに強くつかむことないでしょう!?見て下さい!あとがのこってるじゃないですか!」
私は腕の部分をめくり、赤くなったところ見せる。それに陛下の眉間のしわがますます深くなる。
「だいたい、なんですか、今のは!仮にも妻になる相手を引きずって歩きます!?」
もう少し対応があるでしょう!?
そう責めるが陛下は何も言わない。私をただまっすぐと睨むだけだ。
もうここまできたら、どうなっても知らない。私も言いたいことを言うまでだ!
「それに先ほどから言っていますが、あれはフランベという料理法です!危険なことではありません!ああすることで肉に香り付けがされて、よりおいしさがひきたつんです!初めて見て、驚かれたのはわかりますが、いきなり、厨房から連れ出す人がいますか!?せっかく焼いたお肉が台無しになるじゃないですか!?」
私の言葉を陛下は黙って聞いている。納得していると言うよりは怒りで何も言えないと言う感じだろう。
顔がすごい怖い。
「せっかくソースをこだわって作ったのに!さっきのレトルの実を使ったソースですよ!散々みんなで考えて作った、最高の一品なのに!それを食べもせず出てくるなんて!」
陛下の顔がますます怖くなっていく。
今更だけど、この人本当に恐ろしい顔をしてるな。せっかく整っている顔も、もはや見る影もない。台無しだ。
「お前は誰に物を言っているのか、本当にわかっているのか?」
激情を押し殺したような冷たい声が響く。
わかっている。相手は王様。下手すれば結婚の取りやめどころか、私を罪にとうことだってできる。
それでも、それでも、ただいいなりになるだけなら、そんなもの私が目指す恋愛ではない。
「わかっています!私は将来王妃になるんでしょう!?そして貴方は私の夫になる人でしょう!?夫に対して妻が物を言って、何がいけないんですか!?」
そう、前世で見た恋愛映画にそんな場面があった。
恋愛とは一方では成り立たない。どちらも赤の他人。わかり合うには話し合うしかない。それで激しい口論になろと、そうしなければわかりあえないなら、そうするしかない。
あの時、見ていた私はそうかなんて思っていたけど、今実際その場面になるとそれが正しいかどうかはわからない。
ただ、一方的にどちらかに従うのは恋愛ではない。例え、陛下が相手であってもだ。
私のこんなばかみたいな言い分がとおるとは思っていない。でも、言わないわけにはいかない。
だって、このままならどうせ私がしたかった恋愛をすることはできないのだから。
すぐに怒鳴り声が返ってくると思っていたけど、陛下は意外にも私のその言葉に何も言い返さなかった。
しばらく重い沈黙が流れる。
こ、怖い。何これ。これだったら言い合っていた方がましじゃない?
すこし離れたところで陛下の護衛やおつきの人、そしてラルフ、クライド、ルイザが固唾をのんで見守っている。
みんな顔色が悪い。ルイザに関しては今にも倒れてしまうほど顔が蒼白だ。
大丈夫かな。そう思っていると陛下が大きなため息をついた。
「やはりお前は阿呆だ」
はい?な、なんでそうなるのよ!?
「さっきから阿呆ってなんですか!?失礼じゃないですか!」
「阿呆を阿呆と呼んで何が悪い!」
陛下は表情一つ変えずにそう言い、私を睨む。
ええ!?私がいけないの!?
そう思ってルイザを見れば、ルイザは青ざめた顔をしながらもしっかりと視線をそらした。
まさか、ルイザも内心そう思っていた訳!?
そう思っていると陛下が歩き出す。
「あの、陛下?」
陛下が歩き出した方向は出口の方ではない。先ほど出て来た厨房に向かう道だ。陛下は黙って来た道を引き返して行く。
「ちょ、どこに行くんです?」
「余に食べさせる為に作ったのだろう」
「はい?」
「さっきそう言っていたではないか」
それってまさか、さっきの怒鳴ったやつのこと言ってます?
思わず私の足が止まる。しかし陛下は足を止めない。
「肉のソースをやたらと考えたのだろう」
「いや、でも、それは、その」
「なんだ。口だけか」
「まさか!めちゃくちゃ真剣に考えましたよ!」
「ならば、食べない訳にはいかないだろう」
「え?」
私は小走りでかけより、陛下の腕をつかむ。陛下の顔が一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに不快そうにこちらを見た。
「お前は本当に誰を相手にしているかわかっていないようだな」
「食べてくれるんですか?」
「なに?」
「料理です!食べてくれるんですか?」
陛下の言葉を遮り、私は確認する。
陛下はばつの悪そうな顔をしながら、しばらく私を睨んでいたが、やがて諦めたように小さく頷いた。
それに私は思わず笑う。
「なんだ!陛下もやっぱり食べたかったんじゃないですか!」
「おい」
「もう最初からそう言えばいいのに!」
陛下はまだ何か言いたげな顔をしていたが、それだけわかればもう十分だ。
私は陛下を追い抜き、厨房へと急いだ。
「待ってて下さい!今焼き直しますから!」
「おい、だから違うと」
「大丈夫です!絶対おいしいですから!」
私が厨房に入ると料理長が今まさに私の作った肉を片付けているところだった。
入ってきた私を見て料理長はぎょっとした顔をしたが、私は気にせず、片付けようとしていた肉を見る。大丈夫こげていない。私がいなくなった後、料理長が上手に仕上げてくれたらしい。
「あ、あの姫様」
「ねえ、あのソースをもってきて!」
「え?」
「ソース!みんなで作ったやつよ!」
私にそう言われ、料理長は慌ててレトルの実で作ったソースをとってきてくれた。それを受け取り、私は肉に仕上げのソースをかける。食べやすいように一口大に切り、付け合わせを添えればステーキの完成だ。
私が振り返ると陛下がちょうど厨房に入ってくるところだった。
私は陛下にできたステーキをひとつ差し出す。
「はい、陛下どうぞ」
「なに?」
陛下は何故か目を見開き、その場に固まる。
しばらくしても、いっこうにステーキを食べようとしない。
あれ?どうしたの?
そう思って「どうしましたか」と陛下に尋ねたけど、陛下は黙ったまま差し出されたステーキを親の敵のように睨みつけている。
そんなに睨まなくても。ステーキが何をしたって言うんですか。
どうして陛下が固まっているのかわからず、首をひねる。
ふと陛下の後ろで陛下と同じように固まっている護衛の騎士の姿が見えた。そう言えばさっきは毒味をしていたなと思い出す。
もしかして毒味してくれるのを待っているとか?もう陛下はしょうがないな。
「待って下さい。今食べますから」
まったく、物ひとつ食べるだけでも自由にできないなんて。王様とはめんどくさいものだ。そう思いつつもそれが常識なら仕方ない。私は差し出していたステーキを口に運ぼうとする。
しかしそれは私の口には入らなかった。
私の口に運ぶ前に陛下の手が動き、私の手に自分の手を重ね、それをとめる。そしてそのまま、自分の口にステーキを運んだ。
何度も噛み、そしてゆっくりと飲み込む。しばらくして陛下は私を見据えながらいつもどおりの言葉をなげる。
「うまいな」
うん、わかってた。
陛下はいつもそう返すものね。でもね。他になにかあるでしょうが!?せっかく苦労して作ったんだからソースの感想とか!肉の柔らかさとか、なにかあるでしょうが!?
そう思いつつ、私はふと自分の手に重ねられた陛下の手を見る。
陛下の手は大きかった。身長だって私より、ずっとずっと高いのだ。当然と言えば当然である。にしても本当に大きい。これじゃあ、子供の手と大人の手だ。それぐらい違う。
そう思って、その手を見ているとふと私は気付く。
あれ、これ、もしかして手つないでいる?厳密に言えば手を重ねてるだけだけど。
というか、それよりも。
私は自分の手を見る。そこにはフォークが。そしてそれを陛下の口に運んだ訳で。いや、厳密には陛下自身が私の手ごと運んだんだけど。
でも、これって、ひょっとして。
ある事実に気付き、私の顔が真っ赤になる。
陛下はそんな私を見ながら「どうした」と聞いてきたが、それどころではない。
「あ、あ……」
も、もしかして、私、やらかした?今陛下に食べさせた?あーんみたいなことしてた?
無意識で、何にも考えずに、やっていたけど、それって、ものすごく恥ずかしいことをしてたんじゃ?
そう思い出すと止まらない。
「どうした?」
「ご、ご」
「おい」
「ごめんなさい!!」
私はいてもたってもいられず。大声でそれだけ言うとステーキを持ったままその場から全速力で逃げ出した。




